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37話


「婚約破棄しませんか?」


 真剣な表情でそんな事を言う私をこの世界の母はひどく戸惑った様子で見ている。


「え…?…婚約破棄?レイ。なにを言っているの?」


 すぐそばにいるリサが、私の言った言葉にひどく驚いた様子を見せている。


「あの人、あなたの婚約者でしょ?」


 私は更に言葉を続けた。


「どうして…。どうしてその事を知っているの?」


 母は酷く悲しそうな表情をするとそのまま顔を伏せてしまった。


「このままあの人と結婚したら、あなたはその先取り返しのつかない事になります」


「レイ!いきなりそんな事言い出して失礼よ。ローラさん、困っているじゃない」


 母の様子を見てリサが私を諫める。


「いいのよ。リサさん。レイ君。確かにあの人は私の婚約者よ」


「あの人のあの態度、やっぱり僕はあなたが心配なんです…」


「ありがとう。でも大丈夫よ。心配ないわ。あの人の事はよく分かっているつもりだから」


 伏せていた顔を上げると、母を微笑みながらそんな事をいった。その様子を見て、リサがホッとしているのが分かったが、母のその表情には無理に笑っている時の彼女の癖がよく出ていた。


 微妙な空気が流れるなか、マシューが勢いよく扉を開けて入って来ると、そこで私達の会話は終わってしまった。

 短かい昼休みはあっという間に終わりを迎えて、私達はそれぞれの教室へと戻っていった。


 午後からの授業が全て終わると慌しく教室を出ていく。約束した期限が過ぎたので、この間からダンの仕事の手伝いを再開させていた。機械のようにひたすら足を動かして速足で歩を進めていた。そうしながら頭の中はただ一つの事だけでいっぱいになっていた。


 婚約破棄しませんか。母にそう言ってしまった事を激しく後悔していた。

 どう考えても唐突な言葉過ぎる。母だってきっと、父との婚約がどうにもならない事だと、自分の中で必死に飲み込んでいるのだろうに。


 それでも私は、あんな男とは一刻も早く縁を切って欲しかった。その衝動がどうしても抑えきれなかった。

 その衝動を例えるなら、突然体についてしまった、気味の悪い物体を今すぐにでも振り払いたいという感覚に似ていた。

 

 あの言葉は、もっと彼女と打ち解けてからいうべき言葉だった。それと確実にそれを実行できる手段が見つかった時だ。分かり切った答えを頭の中で何度も何度も繰り返す。同時に婚約者がいる彼女と男装している私がそんな関係を築く事ができるのだろうかという問題も浮かんできた。


『さっきのあれさ、突っ走っりすぎたね。焦りすぎだって』


 唐突にそんな声が聞こえて、すぐに辺りを見回した。

 下げていたカバンの中から真っ白くてかわいらしい子猫がひょっこりと顔をだした。綺麗な翡翠色の瞳が私をじっと見ている。私は驚きでその場に立ち尽くしてしまった。

 すぐに我に返って思わず言葉を発してしまった。


「えぇ!いつのまにそんな所に入っていたの!?」


『うん、さっき。ぼーっとしながら歩いている君を見つけてね。カバンに潜り込んでも全く気が付かないんから逆に驚いたよ。注意力散漫すぎ。そんなんじゃ危ないよ?」


「はい、すいません…」


『落ち込むのも分かるけど。まぁ、やってしまった事は仕方ないよ。反省して次に生かそう』


「あっはい…。ってゆうか、このまま付いてきてどうするんですか!?」


『うん。これから君に面倒見てもらおうと思って。ほら僕、今、か弱い子猫でしょ?』


「…じゃぁ、ルークにお世話になった方がいいですよ?。彼なら確実に大事にしてくれます」


『それは嫌。男だし。君たちがあの穴を塞いだから好きなようにあそこから図書館に出入りできなくなってきついんだよ。閉め出されたら野宿だし、カラスっていう天敵もいるし。それに、あの辺りで一人でいるのは結構寂しんだよ?猫の身一つでこの世界におろされたものだから意外と生活きついんだよ。特殊能力も使えないし』


「えっ?だってあの怪文書、自分で書いたんでしょ?」


「そう、それね。この世界で使える力はあの手紙で全部使ったみたいなんだよね。それ以来びっくりするくらい普通に猫なんだよ。お腹も空くしさ。無情すぎるよねぇ。毎日がサバイバル?みたいな?君の今までの苦労がよく分かったよ。だからさ、お世話してね?』


「突然そんな事言われても!」


『それにほら、もう家に着いたよ?』


 気がつけばすでに見慣れた玄関ドアが目の前にあった。


 タイミングよく玄関のドアが開くと、中からモリスが顔をだした。子猫の彼はモリスを見ると勢いよく挨拶をする。


『こんにちは!はじめまして!これから僕もこちらでお世話になりたいんです!』


 子猫がそういうと、彼女の視線はすぐに、声が聞こえた私のカバンに注がれた。そうして、そこから顔を出している子猫を見つけると彼女の顔からすぐに笑みがこぼれる。


「その子が鳴いていたのね。玄関ドアの向こうで猫の鳴き声が聞こえて、出て見たらあなたが立っていたからびっくりしたわ。おかえりなさい。レイ。その子猫、どうしたの?すごくかわいいじゃない!綺麗な瞳ね」


「うん…。気が付いたらカバンに潜り込んでて、今さっき気が付いたところ」


「まぁ!レイを気に入ったのかしら」


『そうですねぇ。彼女、すぐ突っ走るから心配なんです。見ていないと危なっかしいというか。まぁ、ちょっとした親心?ですかね!』


「ほんとに可愛いわねぇ。飼い主はいないのかしら…」


『いないです!』


「いないみたいだよ」


「そうなの?じゃあ、うちでお世話しましょうよ」


『本当ですか!?助かります!』


「名前は何にしようかしら…」


『僕の名前はミゲラです!』


「白いからシロちゃん?それじゃぁ普通かしら…。じゃあ…。えーと…」


 かみ合っていない会話から、やはり私以外に彼の言葉は子猫が鳴く声にしか聞こえないようだ。


「あなたの名前、今、初めて聞いたよ…。ねぇ、モリス。ミゲラがいい」


「えっ!?レイ、何か言った?ミゲラ?変わった名前ね。でも良いわね!そうしましょう。まぁ私ったら!家にも入れないで玄関先で話し込んじゃって。さぁ中に入って!」


『ありがとうございます。これからお世話になりますね!』


 こんな感じで私の生活に子猫?のミゲラが唐突に加わった。





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