33話
私達は図書館に戻るために歩き出した。
「さっきのあの場所、後で学校に報告するとして、戻ったら応急処置で塞いでおこうと思うのよ。お願い、手伝ってほしいの」
リサが歩きながらそう言って私を見る。
「もちろん。外から侵入できる場所があるのは不用心だからね」
私がそう言い終わると、今度はマシューが口を開く。
「レイだけじゃなくて僕達も頼ってよ。人数が多い方がすぐに終わるしさ」
「手伝ってくれるの?」
マシューの言葉にリサがうれしそうに言葉を返した。
「当然だよ」
マシューはニコニコしながら、リサにそう答えた。
図書館の扉を開けた瞬間、中から子猫が勢いよく飛び出してきて、再びどこかに行ってしまった。ルークは酷く残念そうな表情で子猫が消えて行った方向を見ていたが、マシューに引きずられるように中に引っ張られていった。
それから私達は穴を塞ぐために適当なものを探し始めた。
カウンターのすぐ後ろにある倉庫を探ると、奥の方から、あの空間にすっぽりと入りそうな丁度良い大きさの流木の置物が出てきた。どこかに飾ってあったものだろうかと素朴な疑問が浮かんだが、これ以外にも、何に使っていたのかよく分からない、古くて不思議なものが沢山あったので、あえて口にはしなかった。
「これ、どう?」
私は見つけた流木を指さしながら倉庫内の別の場所を探していたリサを呼んだ。
「いいじゃない!これにしましょう」
駆け付けたリサはそれを見て即答した。
「じゃあ、台車に乗せて持っていくよ」
リサにそう言うと、近くに置いてあった台車に乗せようとしてそれを持ち上げるが、以外にも重さがあって上げられない。
何度か試みるが、私の力ではビクともしなかった。
「代わって」
私の様子を見かねたルークが、あっさりとそれを持ち上げて、あっという間に台車に乗せてしまった。
あんなに重かったものを、いとも簡単に持ち上げてしまった彼の腕力に感心していると、またもや彼はそんな私を怪訝そうな表情で見ている。
「なに?さっきからおかしいけど?」
「あ…。力があるなと思って。手伝ってくれてありがとう」
「本当に変だぞ?熱でもあるのか?」
「普通だって!何でもないって!ほら、元気だから!」
大丈夫だとアピールをするものの、逆にその様子を不信に思ったルークは私のすぐ目の前までやって来る。珍しく心配そうな表情を見せながら私を見つめると、私の額に手を伸ばしてきたのだ。その瞬間、咄嗟の事でどうしていいのか分からなくなって、一瞬にして固まってしまった。顔面が瞬時に熱くなって、ルークの迫りくる手を、どうしていいのか分からなくなっていた。
「よし!じゃあ、あそこまで運ぼう!ルーク、行くぞ!」
唐突にマシューの声が聞こえて、ルークの手が私の目の前で止まった。そんな私達の様子にまったく気が付いていないマシューは、意気揚々と台車を押して倉庫を出て行こうとしていた。
ルークは私に向けていた手を戻して、倉庫の入り口へと歩いていく。その瞬間、力が抜けてひどく安堵している自分に気が付く。心臓の音がいつもよりも早い。今日はどうも調子が狂う。いつもの自分に早く戻りたくて、両手で思いっきり頬を叩くと、またもやルークが不振な様子で振り返りながら私をみていた。
自分でもおかしい事をしている自覚は十分にあったので、彼のそんな視線に苦笑いで返すしかなかった。
「よし、これでいいかな?」
ルークとマシューが二人がかりでその流木の置物を空間の奥に押し込めた後、私とリサで棚に本を戻した。
「これでとりあえずは大丈夫そうね。建物の外にある向こう側の穴も塞いでおかないとね…。でも私はここの番があるし、レイも…」
「任せて!それは僕達が放課後にやっておくよ」
彼が突然そう宣言すると、隣にいるルークの肩をポンと叩いた。
「ありがとう!助かるわ」
リサは嬉しそうにマシューの申し出を受けた。
巻き込まれたルークは隣でデレデレしている男をじろりと睨んでいる。
「じゃあ、そろそろ時間だね。教室に戻ろうか」
ルークの視線から逃げるようにマシューがそういうと、ルークは諦めたように深いため息をついた。
マシューとリサは歩きながら楽しそうに話している。リサが最近読んて面白かった小説の内容を楽しそうに話していると、マシューもそれを興味深く聞いているのだ。
いつも会話の中心にいる彼は案外聞き上手な事に驚く。同時に、短時間でかなり打ち解けている事にも感心する。彼は元々そういう能力が高いのだろう。リサとの相性は良いように思った。しかし、肝心のリサは本以外の事にあまり興味がなさそうなので、これから二人がどうなっていくのかは分からないが、上手くいくことを陰ながら願う事にする。
午後からの授業も全て終わって、今日も放課後は図書館に行く。
残された時間は後4日。今日は母さんに会えるだろうか。早く会いたい。そんな気持ちの一方で、もし会えたなら私は、この世界にいる自分と年が近い母にどう接したらいいのかまだよく分からないでいた。でも、会わない事には進まない。母の性格は私が一番よく心得ているのだから、戸惑う事なんてないんだ。私は少し緊張した面持ちで図書館に向かった。
扉を開けるとカウンターの中に珍しくリサの姿がない。
「あれ?リサ、どこにいるの?」
館内にでもいっているのかと思って、そちらに向かおうとした時だった。
ガタンと音が聞こえて、振り返るとカウンターの隅でリサが頭を抱えながら何かを見ている姿が目に入った。
「リサ、どうしたの?何を真剣に見ているの?」
「…えぇ。これ。あのメモよ。昨日拾ってブレザーのポケットに入れていた事をさっきまで忘れていてね、それを見つけて読んでいたのよ。でも、改めて見ても何が書いてあるのかさっぱり分からなくて」
「僕にも見せてよ」
リサの隣に並んでメモを見せてもらうと、やはり適当に文字がならんでいるようにしか見えない。一応文節があって改行もしてある。そのせいで、並んでいる文字はめちゃめちゃなくせに、ぱっと見ると文章が書いてあるように見えるのだ。
「まともに読んでも無意味な文にしかならないね…」
メモをみながら二人で考えてみてもやっぱりいい考えは浮かばない。
「う~ん…」
無言のまま結構な時間、二人でじっと考えていると、唐突にドアが開いた。
各々、思考に浸っていた私達は無意識にその方向へと顔を向ける。視線の先にはルークとマシューが立っていた。
「向こう側の穴、塞ぎ終わったよ」
「ありがとう!助かったわ」
リサは二人に顔を向けてにこやかにお礼を言う。
「…でさぁ…。レイ?君はどうして、リサちゃんの隣でそんなにくっついているのかな?一体何をしているの?」
マシューは私を恨めしく見ている。
「あぁこれ、ここに書いてある文字が読めなくて」
そのメモ紙を二人に向けると、彼らはそれをじっと見ている。
「読めるよ」
しばらくして唐突にルークが口を開いた。