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3話


 母と二人、生まれ育った街を旅立ってから半年が過ぎた。


 旅をしながらの生活は最初少し不安だった。しかし、人は環境に順応するのだと知る。この生活にもいつしか慣れて行った。

 この生活をして、今まで知らなかった沢山の事を知り、学んだ。旅人同士のコミュニティにも知り合いが増えた。

 どこそこの道は賊が出て危険だ、あの宿屋は安くても安全面はしっかりしているだとか、旅をしていて必要で重要な情報を得る事が出来た。そのおかげで今まで何事もなく旅を続けられてきたのだ。特に女、子供の二人旅は珍しいらしく皆、気にかけてくれては良い情報を沢山くれた。


 旅の合間には元剣士の旅人から私達は護身術の手ほどきを受けたり、万が一の時の為に持っていたメイスの使い方を本格的に習ったりもした。

 血の繋がっていた父や祖父はあんなに冷たかったのに旅先で知り合う人々はみな私達に優しかった。 助け合う事に血の繋がりなんてまったく関係ないのだと知る。


 そんな旅路の途中、再び大きな街にたどり着いた。

 この旅の最初にたどり着いた港町と匹敵するほどの大きさの街だ。


 この街は物流の中心にある為、四方の街や村から物や人の往来が多い。


「あの港町とはまた違った華やかさがある街ね」


 私達の様に旅の格好をしている人も多いが、この辺り特有の織物なのだろう、似た柄の服を着ている人も多い。


 街の雰囲気はとにかく賑やかで明るい。そこら中で音楽が奏でられ、人々は歌い踊っている。

 この時私は街の陽気な雰囲気に気を許していた。完全に油断していたのかもしれない。

 

 いつものように旅人が集まる案内所で街の情報を見つけに行く。そこには宿や食堂など基本的な案内版があるのだ。他には短期や長期で募集している求人などが連絡版に掲載されている。

 また、それらを見に来ている他の旅人とも交流を図れる便利な場所だ。


 案内所につくやいなや他の多くの旅人に紛れて私達をじっと見ている男がいた。その視線はどこかじっとりとした気味の悪いもののように感じられた。

 女、子供で旅をする私達は襲われやすくてとても弱い存在だ。ささいな事にも気を張り廻らせて今までいくつも危機を回避してきたのだ。それでも今日の私は違和を感じたもののそれ以上、危機感を募らせる事はなかった。

 こんなにも人々が明るく陽気な雰囲気の街で危険な事などあまりないのだろうと思い込んでいた。母にもその微かな違和感を覚えた男の存在を伝える事はしなかった。それがいけなかったのだ。後に酷く後悔する事になる。


 その晩は旅仲間に聞いた、特に評判が良い宿に部屋を取る事が出来きた。そうしていつものように何事も無く一日を終えた。


 今日の目的地は東の隣村だ。夕方になる前には到着する予定だ。朝宿の食堂で朝食を済ませると宿を発った。


 朝からすでにこの街には活気がある。人が多いので母と並んで歩く事はできない。

 そのため、私は母のすぐ後ろを歩いた。母とはぐれないように歩く事に必死だったのだ。

 背後になど気にも止めていなかった私は突然後ろから腕を掴まれた。そうしてあっという間に強引に後ろに引かれ、口を塞がれる。

 必死に抵抗するもガッシリと抑えつけられ体は動かす事もできない。

 すぐに裏路地に連れ込まれる。そこはひどく薄暗い場所で人の往来など全くない場所だった。

 表通りは賑やかだが、ひとたび路地に入るとこんなに暗い場所がある事に驚く。


 乱暴に地面に降ろされると無理やり口いっぱいに布を押し込まれる。

 これで完全に声が出せなくなった。しまった。どうしたらいい。焦りはパニックに代わり、完全に混乱していた。

 私の目の前には二人の男がいる。


「おい、こいつだろ?事前に聞いていた情報どうりだな。こいつはいい。この容姿だと高く売れるぞ」


 私の腕を後ろ手に縛りながら男が言う。


「でもそのままうっぱらっちまうのは勿体ないな。ガキだとはいえ、誘うような容姿だ。やってしまうか?」


 もう一人の男が恐ろしい事を言い出した。

 その瞬間ガタガタと体が震える。私はもう完全に恐怖で支配されていて、まともな思考は残っていなかった。


「おい、逃げ出さないように後ろからしっかり抑えていろよ」


 そう言われた男は身動きが取れないほど私を後ろからがっしりと抑え込んだ。


 正面に迫った男はニヤニヤと気味の悪い表情をしながら私の目の前にナイフを向ける。

 そのナイフをゆっくりと私の喉元から胸元に降ろすと私が着ている服のボタンを上からゆっくりと弾き飛ばすように引きはがしていく。

 私はボロボロと涙を流しながらどうする事もできないでいた。

 その時だった。目の前の男が突然崩れ落ちた。


 崩れ落ちた男の後ろのはメイスを持った母が立っていたのだ。その様子を見た私の後ろの男は私を掴む手を一瞬ゆるめた。

 母はその瞬間を見逃さなかった。瞬時に私の腕を引っ張りその場から駆け出した。

 崩れ落ちた男は頭部に手を当てながら何やら叫んでいる。

 すぐに人が多い表通りに出て、ひたすら走り続けた。息も切れ切れに走り続ける。追手が来ていない事を十分に確認して物陰に滑り込んだ。


「ごめんね…。私がしっかりあなたを見ていなかったからだわ。怖い思いをさせてしまった」


 母はボロボロと涙を流して泣いていた。

 恐怖で体の震えはまだ止まっていない。

 母はそれに気が付くとごめんね、ごめんねと何度も言いながら私の手を握ると私の体を引き寄せて抱きしめた。


 一通りして落ち着くと私は徐々に冷静さを取り戻していく。

 しかし次の瞬間、信じられないものを見てしまった。


 母のすぐ後ろには案内所でじっと私達を見ていたあの男が立っていた。あの時みた気味の悪い表情をしている。

 私は再び襲ってくる恐怖で声が出せなかった。







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