28話
その日の夕食の席でダンに相談をした。放課後少しの間、時間がほしいとダンにお願いをすると、彼は快く了解をしてくれた。明日から5日間仕事の休みをくれたのだ。
理由を言おうとしたところ、特に聞く必要がないから大丈夫だと笑顔で止められてしまった。
「学生なんだから今しか出来ない事もある。好きな事をしなさい。俺の仕事の手伝いの為に放課後の時間を縛って申し訳ない」
「お世話になっているんだから、そんな事当然なんだよ」
「君を世話するくらいどうってことないんだよ。それに、君が来てくれたおかげで我が家は明るくなった。俺の隣の彼女が毎日とても嬉しそうなんだ。なぁ、モリス」
「ええ、そうね。レイが家に来てくれて私は毎日とても楽しいわ」
モリスは穏やかに笑いながらそう言った。
「それに、レイが仕事の手伝いをしてくれるおかげで、俺自身、とても助かっているんだ。改めてお礼を言うよ。いつもありがとう。今度から用事がある時は遠慮なく言ってほしいんだ。レイが言うように本当に5日だけでいいのかい?」
「それで十分だよ。ありがとう」
二人と出会えて本当によかったと心の底から思った。
5日という期間にしたのは、それ以上お休みをもらうのも気が引けたという理由もあるが、母が図書館に現れるまで、それだけあれば確実だろうと予想したからだ。
その後いつも通り3人で和やかに食卓を囲み、穏やかな気持ちのままベッドに入って眠る事ができた。
翌日の昼休みからリサとの特訓が始まった。
どんな事をするのか朝から少し不安だった。なにせ本を開こうとすると、とても気分が悪くなるのだ。
昼休みになって、私は恐る恐る図書館に向かった。
建物のドアを開けた瞬間、リサの声が聞こえた。
「早速きたわね!さぁ!始めるわよ!」
「う…うん。よろしくお願いします。で…何から始めるの?」
「これを読んで」
「えっ?これ?」
渡された物はびっしりと文字が書かれた紙の束だった。
「そうよ、これ」
「えーっと…。これ、何?」
「読めばわかるわ。さあ!」
リサの気迫に負けて、おもわず紙の束を受け取ってしまった。
「これ、ひょっとして君が書いたの?」
「そうよ。私が書いた小説。ただの紙の束なら読めるんじゃないかと思って」
「でもこれ、すごい分厚いよ…」
「うん、そうよ。だって大作だもの。だから今日から少しずつ読んで感想を聞かせてほしいの。それが特訓よ」
「はぁ~!?えっ!?この量を?一体何日かかるんだよ!」
「はい。文句言わない。どう?問題なく読めるでしょ?だってただの紙だもの。私が書いたこの小説で少しずつ慣れていきましょうね!」
「う…。うん。そうだね…。本の形をしていないから開けないっていうか、もう全面に文字が先に見えているしね…」
「でしょう!?もちろん、今日それを全部読めとは言わないわ。今日から少しずつ読んでね。じゃぁ、早速読んでいていいわよ。あっ、ここのカウンタ―の中で読んでいてもいいわ。あまり人も来ないしね。でも…。どうしていつも誰もここに来ないのかしら…やっぱり幽霊が出るって噂のせいかしら…」
「そういえば僕の友達がここ、幽霊がでるって有名だっていっていたよ。リサはここでそういうの見た事はないの?」
「はぁ!?何言ってるのよ。私、毎日ここにいるけど。一度もみた事なんてないわよ!そんなものがいるなら、是非見てみたいものだわ。そういう君は幽霊って信じるの?」
「僕?えぇと…。さぁどうだろう?…でも実はね…僕、一度死んでるんだ。本当の僕はずっと先の未来で生まれてそこで死んで、時間をさかのぼって、今ここに存在している。僕自身が幽霊みたいなものだっていったらリサは信じる?」
それらしい雰囲気をだして冗談ぽく本当の事を話してみる。どこかでいつか全てを理解してくれる味方がほしかったのかもしれない。この世界で沢山の人に助けられて救われているのに、心のどこかではやっぱり少し心細いようだ。でもそんな願望は到底叶う事はない。それがよく分かっている分、少し寂しい。
「いやいや、そんなはずないでしょう。あなた何言っているのよ。レイは今ちゃんと生きてるじゃない。質問で質問を返さないでよ」
「そうだね、ごめんね。僕は今、ちゃんと生きている。ちょっと揶揄っただけだよ」
「も~。まぁいいわ。許してあげる。私、このカウンターのすぐ後ろにある書庫で本の整理をしてるから。人が来たら呼んでね。ほら、すぐそこに扉あるでしょう?あそこが書庫」
そういうとリサは書庫に入っていこうとした。その瞬間、何かを思い出したように立ち止まってポツリと話を始めた。
「そういえば…。返却された本を点検していたら、隙間からメモが落ちてきたの。アレはなんだったのかしら…」
「メモ?そう…。文字がバラバラに並んでいてまったく意味不明の文章だったわ。なんだかとても気味が悪かったの」
「そのメモ、まだある?」
「ええ。持ち主がとりに来るかもしれないと思って大事に保管してあるわ。確かここ…。あれ?ない…どうして?」
リサはカウンターの下にある引き出しを開けて困惑している。
「なくなっているの?」
「ええ、そう。私以外ここに入ってはいないはずだけど…。後で学校には一応報告しておかないと…。まぁいいわ。忘れて。私作業に行くわね」
メモ…。父のあの一件でその事がひどく気になっていた。
リサは何事もなかったかのように書庫に入っていくと、辺りは急に静かになった。いくつもある天窓からの光の柱が規則正しく並んで床を射している。その光の柱が何だかキラキラ輝いて見えていて、どこか別世界にきたような、一瞬、そんな不思議な空間にいる気がした。
カウンターの中にある丸椅子に座ると、彼女に渡された紙の束に目を通す。可愛らしく丸みがかった文字が目に入ると、友達から届いた手紙を読んでいるような楽しい気分になった。
あらすじ書きがないので、ジャンルもどんな内容なのかもまったく分からないが、どうやら今のところ恋愛小説のようだ。ひょっとしたら、どこかのページで突然人が殺されて、ミステリー小説になるのかもしれないし、主人公が異世界に転移するのかもしれない。ある意味とてもドキドキする物語で、すぐにその小説の世界に入り込んでいた。
読み進めているとリサから声をかけられた。
「おーい。もう時間よ。一緒に校舎に戻りましょう」
そういうと彼女は館内に人がいない事を確認して鍵を閉めた。私達は一緒に校舎へと歩きはじめた。
教室がある二階に行く階段を上がって、二人で廊下を歩いていた。
「放課後も来るんでしょう?例の人に会いに」
「うん、もちろん行くよ」
「じゃあ、また放課後に会えるのね。待ってるから!」
リサは笑顔で自分の教室に向かって去って行った。
笑顔で彼女に手を振っていると不意に後ろから気配がして声が聞こえた。
「レイ…?今の女子は誰だ?放課後って何?例の人って?」
運悪くマシューが近くにいて、奴に会話を聞かれてしまっていたようだ。
あぁ…。また面倒な事になる。私は深くため息をついた。