閑話 1
「私達、幸せね」
僕の肩にしな垂れかかった彼女は、うっとりとした表情でそう呟く。
月明りに照らされた二人のシルエットは重なり合い、静寂の中、二人の息遣いだけが聞こえている。
ずっとこうしたかった。もっとずっと前から。僕達はそれぞれ望まない結婚をした。残酷な運命が二人を引き離した。運命の糸が二人を手繰り寄せて、僕達は再び巡り合い結ばれた。
とても長い時間がかかってしまった。
あの女さえいなければ…。無理やり結婚されられた相手の女。
僕に気に入られようと、聞き分けの良いふりをして、しおらしくしていた。あの女のそんな性根が気に食わなかった。どうせなら、態度が悪い僕に暴言を吐き散らして怒ればいいに。僕を見るあの悲しそうな顔は、まるで僕が悪者みたいに思えてイライラした。とにかく、全てが気に食わなかった。
それでも、父の命令で仕方なく子供を作った。でも、生まれてきたのは男児ではなく、跡取りにならない女児だった。つくづく役に立たない女だと僕は辟易した。
生まれた子にも興味がなかった。どうせあの女に似て、何も出来ない無能な存在なのだ。だから、あの子をどう扱うおうと、僕に何かしてくる事はきっとないだろう。
僕がいなくなった後は、僕より優秀な親戚が後を継ぐ。だからきっと、二人は父によって元の家に帰されるだろう。出戻りの娘とその子供を女の家がどう扱うのかは知らない。僕にはもう関係のない事だから。
あの時、あの瞬間に戻れるなら、この世界の全ての人間を敵に回したとしても、僕は迷わず今隣にいる彼女を選ぶ。離れていた時間が惜しい。あの女との結婚生活に費やしてしまった自分の愚かさが憎い。あの女さえいなければ僕達はもっとずっと前から幸せでいられたのに。あの女さえいなければ…。
それからしばらくして僕は、小説を書いた。悲恋の末、結ばれた感動のラブストーリーだ。
僕達の邪魔をしたあの女もしっかり登場させた。悪役令嬢として。僕にとってあの女は悪役に他ならなかったからだ。
書きあがった作品は素晴らしいものになり、沢山の人々に読まれ、愛された。そうして、僕の名は瞬く間に一世を風靡していった。
やがて僕と彼女は時の人になり、この世で一番幸せな夫婦になった。
全てがこわいくらい順調で完璧だった。
僕はこの幸せがずっと続くと信じていた。