23話
赤い屋根の家を探しながら、住宅街を歩いていた。石畳で綺麗に整備された歩道の真ん中で、半泣きになりながら懸命に何かを探している女の子がいる。8歳くらいだろうか。可愛らしい顔立ちをしている。薄いピンク色のワンピースの上に、白いカーディガンを羽織っている。
黙って通り過ぎる事もできず、近づいて声をかける。
「どうしたの?何か探しているの?」
かがみながら懸命に何かを探している女の子は、私の声に驚いた様子で顔を上げた。
「大事な物、落としちゃったの」
ダンがいる作業場に早く行かなくてはいけないと思いつつも、泣きそうな顔でこちらを見てくるその子を、そのままの状態で放っておけなくなった。
「そうなんだ。大事な物なんだね。一緒に探してあげるよ。一体何を探しているの?」
私のその言葉に女の子はすぐに笑顔になると、自分の着ているカーディガンのボタンに指をさして言った。
「あのね、この服のボタン。さっきまでついていたのに無くなっちゃったの。とっても大切な服なのに」
「それと同じ、ピンク色のボタンだね。一緒に探そう。そのボタンが服についているのを最後に見たのはどこの辺りか覚えている?」
「うん、覚えてる」
女の子は少し遠くにぼんやり見える黄色の看板を指さした。
「あの看板のあたりだよ。風で葉っぱが飛ばされてきて、服についたから払ったの。その時、ボタンが取れそうになっている事に気が付いて、早く帰って直してもらわなきゃって思ったの」
「そう。じゃあ、地面をよく見ながらあそこまで戻ってみよう。僕は道路側を見るから君は逆側を探してね」
「でも見つかるかなぁ…」
「探す前からそんな事を言っていても仕方ないだろう?大丈夫。僕も一緒に探すから。一人で探すより二人で探した方が見つけやすいよ。一緒に頑張ろう」
「うん!頑張る。ありがとう!」
私達は二手に分かれて丁寧に地面を見ながら探し始めた。
しばらくの間、中腰になって目を凝らしながら地面を見ていると、石畳のタイルの隙間にピンク色で丸い物が挟まっている事に気が付いた。
「あった!!これ!?」
私の声を聞いて、少し後ろを探していた女の子は、すぐにこちらに駆け寄ってきた。
「わあ!これ!見つかった!!ありがとう!」
私の手の平からそのボタンを受け取ると嬉しそうにそれを眺めている。
「見つかって良かったね。じゃあ、僕はもう行くね。あっ…。そうだ。この辺りで赤い屋根の家はない?道に迷っちゃってね」
「お兄ちゃんも探し物をしてたんだね。赤い屋根の家?私の家は赤い屋根だよ」
「えっ!?そうなの?」
「うん、一緒に行こうよ。案内するから。私、アルマ。アルって呼んで」
「助かるよ、ありがとう、アル。僕はレイだよ。レイって呼んで。よろしくね」
そういうとアルマは、にっこり笑ってうなずいた。
たわいもにないおしゃべりをしながら歩いていると、彼女は突然立ち止まって少し先を指さした。
「あそこ。あの家だよ」
彼女が指をさす方向には確かに赤い屋根の家があった。
近づいてよく見るとダンのメモに書かれた特徴にそっくりだった。この街では一般的な大きさの家だ。白い壁に赤い屋根、少し古そうな建物たが手入れが行き届いていて綺麗な外装だ。周りにある緑と調和していて上品な印象の家だった。
女の子は家に続く道を走って行ってしまった。少し遠くで、ただいま!という元気な女の子の声が聞こえる。
その家のすぐそばで作業をしていたダンが見えた。私に気が付いて手を振っている。私はダンの元へ急いだ。
「レイ。学校はどうだった?ここまでくるのに迷っただろう。俺のメモ、分かりにくくてすまない」
「大丈夫。学校の方は問題なく過ごしたよ。遅れてごめんさない。確かに少し迷ってしまったけど、女の子の探し物を手伝っていたんだ。そうしたらその子が偶然ここの家の子で、ここまで連れてきてもらったんだよ」
「そうだったのか!それはすごい偶然だな。探し物は見つかったのか?」
「うん、無事に見つけられたよ。来るのが遅れてしまったからさ、早く仕事に取り掛かろう」
そういうと持ってきた荷物の中から腰に巻くベルトを取り出して道具を装備していく。
「あの…。あなたが妹の探しものを手伝ってくれた方ですか?」
私の後ろから男性の声がした。
腰に皮ベルトを巻きながら振り返ると、私と同じくらいの年齢の男性が、アルマと並んで立っていた。とても整った顔立ちをしている。声とそのたたずまいから、物静で凛とした印象を受けた。
「僕はこの子の兄で、エルドと言います。妹がお世話になりました。探し物を手伝ってもらって、ありがとうございます」
私の顔を見た彼は、一瞬だけとても驚いた表情をした。どこかで会っただろうか?彼の奇妙な反応に少し戸惑いながら、返答をした。
「僕はレイと言います。無事に探し物が見つかって良かったです。それに、ここまで案内してくれて助かりました。まさか今日、作業をするお宅の子だったとは驚きました」
「そうだったのですね。それはすごい偶然でしたね」
そういうと彼は穏やかに笑った。
ふと、彼の隣に立っているアルマを見ると、自分の手のひらにあるボタンを、少し困った顔で眺めていた。
その様子に気が付いた私は女の子にどうしたのかと尋ねる。
「どうしたの?うかない顔をしているけど」
「うん…。また無くすと困るから早く服につけたいんだけど、お母さんが戻ってくるまでもう少しかかるの…お兄ちゃんも不器用だからボタン、つけられなくて…」
「針と糸ありますか?」
アルマの話を聞いた私はエルドにそう声をかける。
彼は急いで家に入って行くと、すぐに小さな裁縫箱を持って戻って来た。
その裁縫箱を受け取った私は、アルマにカーディガンを脱いでもらって受けると、手早くボタンを付けてあげた。
裁縫をするのは久しぶりだった、ふと、ドレスを縫っていた頃を思い出した。もう一度服をつくってみたいな。ボタンを縫い付けながらそんな事をぼんやりと考えていた。
「わぁ!すごい!ありがとう。レイは器用だね」
「こらっ、アル!年上の人を呼び捨てにしてはいけないよ!」
エルドは咄嗟にアルマをたしなめている。
エルドに叱られたアルマは彼に見つからないようにそっぽを向いてこっそり舌を出している。
「いいんです。僕がそう呼ぶように言ったんですよ」
「そうですか。何から何まですいません…。ありがとうございます」
エルドは申し訳なさそうにしながらお礼を言った。
「そんなに恐縮しないでください。たいした事はしていません。それじゃあ、これから庭木の作業をさせてもらいますね」
私は彼らに笑顔でそういうと、ダンの指示で庭木の剪定を始めた。
順調に作業は終わり、帰り支度をしていると今度は、二人の母親が出てきた。手には綺麗な模様の紙袋を持っている。
小柄で、上品な印象のとても綺麗な人だった。
「今日は色々ありがとうございました。これはほんのお礼です。先ほど焼いたクッキーですのでよかったら食べてください」
そういって手に持っていた紙袋を私の目の前に差し出してきた。
貰ってしまっていいものなのか戸惑っているとダンが口を開いた。
「レイ、もらっておきなさい」
ダンにそう言われて受け取ると、手のひらの紙袋はまだ少し暖かかった。
帰り際、声が聞こえて振り返ると、家の外にはアルマとエルドが立っていた。元気に手を振っているアルマの隣にいるエルドは、無表情でじっと私を見ている。その視線が妙に気になって、やはり彼とどこかで会った事があるだろうかと記憶をたどってみるが、やはり思い出せない。不思議に思いながらダンと話をして歩いていると、そんな事はすっかり忘れてしまっていた。
家に戻ると、いつものようにモリスが笑顔で出迎えてくれて、食卓にはすでに夕食が並んでいる。
夕食の席ではモリスに質問攻めにされて少し困ったが、楽しく食事を終えて部屋に戻った。
たった一日で色んな事があった日だなと思いながら、今日あった出来事を思い出していた。疲れていた体をベッドの上へ放り出して寝転がると、徐々に意識は遠のいていった。