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22話

 

 父がいた。記憶の中の人物より、もっとずっと若かった。


 その姿を見た瞬間、私が死ぬまでの短い人生の記憶が、より鮮明に思い出されていく。母と二人で苦労をしながら乗り越えた先の幸福な時間は、この男によってすべて叩き潰されたのだ。どれもこれもがこの男によってもたらされた苦通と悲しみだと思うと、憎しみで感情は支配されていった。

 この男のせいで私達はどれほど傷つけられただろう。この男が原因で母は無残な死を遂げた。

 母が息を引き取る瞬間の、あの絶望的な気持ちが鮮明に蘇っていく。


 父は、私がいるすぐ前の棚を歩いている。本の隙間から薄っすらとその姿が見えている。

 じっとりとした私の視線は父の姿から外れる事はなかった。

 父の瞳の色はあの忌々しい本の表紙と同じ浅葱色だった。私の瞳と同じ色だ。珍しい色だとよく言われたその色は、父と私が親子であると証明している。私は確かにこの男の血を引いているのだと実感すると、そんな自分の体さえ忌々しく思えて狂いそうになった。

 ふと、本の隙間から見える父は、私のいる位置から少しだけ進んだ辺りで足を止め、立ち止まった。そうしてこちらに背中を向けて何かを探し始めている。


 無防備に背中を向けている父を見て私は、いっそこのまま、あいつを殺してしまえばいい。そう思った。

 どうせ私は死んでいるのだ。失うものはとうにない。その考えを実行しようとした私は、目の前にある一番厚くて重そうな本を手に取る。向こう側の通路に移動するため、ゆっくりと動き出した。


『待って』


 突然耳元で声がした。


 その声にビクっとなった私はすぐに辺りを見回した。

 一瞬にして冷静になった私は本の隙間から見える父の姿をもう一度見ていた。

 視線の先にいる父は、まだ何かを探している。やがて一冊の本を探し当て、中身を開いた。

 そうして開いたページから小さな紙切れのようなものを取り出して、すぐにそれをポケットにしまうと、急いでその場から立ち去ってしまった。


 父が去ってしばらくすると、徐々に思考は元に戻り始めた。

 あの声は…。あの声が聞こえなければ私は父を手にかけていた。私はこの手で人を殺そうとしたのだ。そう思った瞬間、ガタガタと震えている自分に気が付いた。父の姿を見ただけで感情が暴走してしまった事に愕然としてしまった。


 私の目的はあくまで母と父の婚約破棄だ。

 父は確かに憎い。殺してしまいたいほどに。あんな男でも私が人を殺めてしまったら母は悲しむだろう。それに、当初の目的ではない事をしたら母は救われないのかもしれない。

 

 でも、また次に父を見た時私は、自分の感情は抑えられるだろうか。今回はあの声に救われた。でも次はない。感情をコントロールできるようにしなくてはいけない。

 そうして次に思う事は父が持ち去っていったあの紙切れの事だった。あれはなんだったのだろう。

 そんな事を考えながら、とぼとぼと校舎に続く道を歩いていた。


 教室に戻るとルークとマシューが楽しそうに話をしている姿が目に入った。そんな様子を見ていると、図書館でのグチャグチャとした気持ちが何だか少し和らいでいった。

 マシューは戻って来た私をみるなり声をかけてきた。


「図書館はどうだった。かなり古くて大きいだろう?中も薄暗いし、不気味じゃなかった?」


「あっうん。確かに少しそんな雰囲気があるね」


「でしょ?ひょっとして何か見た?」


「えっ?何かいるの?」


「あそこはね…出るってかなりの噂なんだ…」


 マシューがそれらしい雰囲気を醸し出しだすように静かにそう囁くと、ルークはため息をついて口を開いた。


「…たくっ…。くだらない…」


 そう言うと彼は、呆れるようにマシューを見ている。


「実際、見たやつだっているらしいぞ」


 そんな扱いをされてもなお、食い下がってくるマシューに私はぶっきら棒に答えた。


「へー。そうなんだ」


「ちょっ…!その言い方!棒読みだし!」


「まぁ、その類の話は信用していないしね。そういう点ではルークと同じ意見だな」


 幽霊と呼ばれるものはいるのだろう。私がいい例なのだから。でも、得に今は興味がない。

 それに、マシューのこの話に乗った場合、その後、調子づいた彼の相手をするはめになるのはとても面倒そうなのでこの話題は終わらせたかった。


「つれないなぁ」


 マシューは残念だと言わんばかりに大げさにジェスチャーをして見せる。

 そんな会話をしていると、いつの間にか私の心はすっかり晴れていった。


 それからつつがなく午後の授業も終わり、皆、帰り支度を始めた。

 また明日!そう言って私は二人と別れた。


 ダンの仕事の手伝いをするために早く帰らなくてはいけない。速足で歩を進める。

 朝から今まで、いろんな事があった。校舎を出た途端どっと疲れがこみ上げてきた。

 大人数が集まっている場所はなんだかとても疲れる。

 でも、少しかわっているけど、ルークやマシューは良い奴そうだ。でも…、女の子とも仲良くなりたい。同性で同年代の友達を作ってみたい。でも男装のままだと警戒されて終わるかも…。 

 後はこれから母や父の情報を得よう。二人に近づく為にはどうすればいい?上級生に親しい人物を作る?そんな事をつらつらと考えていると、モリスとダンの家が見えてきた。


「ただいま」


 そういって玄関のドアを開けるとモリスが笑顔で出迎えてくれた。

 部屋に戻って急いで作業着に着替えると、またすぐに玄関に向かった。

 私を見たモリスは、心配そうに口を開いた。


「そんなに慌てなくても大丈夫よ。それに今日は初日で疲れたでしょう?ゆっくりで大丈夫よ?」


「大丈夫。もう準備したから。これから向かうよ。これがダンが今いる作業場の住所だね。すぐに行ってくる」

 

 コルクボードに張られた私宛のメモ紙には今日の作業場の住所が書かれている。

 メモをはがしてポケットに入れると、すぐに駆け出して行った。


 暫く歩くと、メモにかかれた住所付近に到着した。確か住所はこのあたりだけど…。目標物の赤い 屋根を探して歩き回っていた。ふと、視線の先で誰かが何かを探している姿が目に留まった。



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