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21話

 

 二階の一番端にある私達の教室は食堂から遠い。


 教室を出ると廊下はすでに食堂に向かう生徒達でごった返している。


「すごい人だな…」


 おもわず声に出してしまった。それを聞いて隣にいるマシューが口を開く。


「昼時だからね。いつもの光景だよ。レイが前にいた学校はここより生徒は少なかったの?」


「うん…。まぁ…。そうだね」

 

 端切れの悪い返答を特に怪しむ事もなく彼は話を続けた。


「そうなんだ。ここはこの辺り一帯に住んでいる年頃の人間が通っているんだ。身分や地位は関係ないから色んな家柄の生徒がいる。まぁ、さすがに上流階級の上位クラスの人間はいないけど、それに近い階級や富豪の子息や令嬢なんかはいるよ。ちなみに俺はごく普通の一般部類の人間だ。俺も金持ちの家にうまれたかったなぁ。お屋敷ってやつに一度でいいから住んでみたいもんだ」


 そう言いながらマシューは、羨ましいと言わんばかりに深いため息をついた。

 長い廊下を歩きながら彼はさらに会話を続ける。

 ルークは相変わらず無表情で無言のままだが、私達の会話には耳を傾けているようだ。


「ねぇ。レイの好きな食べ物はなに?」


「好きな食べ物…?そうだなぁ…。焼きたてのパン。少し焦げてて硬いやつ」


「何、その微妙なこだわりのパン…。焦げてて硬いやつって…」


「昔、よく作って食べてたんだ。焼きたてのあの匂いも好き」


 マシューにそんな質問をされた私は、孤児院での生活を思い出していた。不格好で何てことないパンだったが笑いながら食べたあのパンの味は私にとって格別だった。焼きたてのパンの匂いはお世話になっていたあのパン屋を思い出す。私にとってパンは、幸せだったいくつもの光景を思い出させてくれるものだった。


「そうか。ここの食堂にもパンはあるよ。君のこだわりが詰まったパンは無いと思うけど。でも、たくさん種類があってどれも美味しいんだ」


「そうなんだ。楽しみだよ」


 そんな事を話しながら私達は、食堂につくまでたわいもない会話を続けた。

 ルークはそんな私達の会話をやはり無言で聞いている。


 食堂の大きな入り口が見えた。

 入り口付近からもうすでに、食欲を刺激するいい匂いが漂っている。

 食堂に入ると、たくさんの生徒達が集まっていて混雑していた。きっとこの場所に母や父も来ているはずだ。

 私は終始辺りを見回してその姿を探すが、混雑しているこの場所で人を探している余裕などない。


 「何キョロキョロしてるんだ。人にぶつかるぞ」


 ルークに服を引っ張られて配膳をしているカウンターに連れて行かれる。


「そこに積んであるトレーを持って、あのカウンターに並んでいる料理を取っていく。好きなものを好きなだけ取っていいけど、食べきれる量を取るようにね」


 マシューが説明をしてくれるが、何だかその言い方は先生みたいだ。


「随分偉そうな言い方だな。マシュー」


 無表情のままルークが口を開く。


「お前の普段の言動よりましだよ」


 マシューがお道化るように言い返すとルークも負けずに言い返してくる。


「これで普通だ」


「はーい」


 マシューは面倒くさそうにそう言ってルークとの会話を終わらせると、カウンターに並んでいる料理を見極めている。随分迷っているようだ。


 一方でルークは一切迷う事なく次々とトレーの上の皿に料理を取っていく。

 私も彼の後に続く。朝からこれまで色々あったせいか、とてもお腹が空いていた。食べきれる量だがいつも食べている量より多めに取ってしまった。


 悩んでいるマシューを一人カウンターに残してルークと二人で空いている席を探した。

 いくつも並んでいる長テーブルの中に、ちょうど3席だけ開いている場所があった。そこに彼と向かい合わせで座ると、ほどなくしてマシューもやってきて、私の隣の席に座った。


 どの料理もおいしくて、お腹もずいぶん満たされた。


「君、細いのによく食べるね。実は鍛えていて脱いだらすごいタイプ?」


 お茶を飲んでいた私はマシューの言葉にせき込んでしまった。


「べ…別に鍛えていない。だから脱いでもすごくないし!それに量だって普通でしょう?」


「俺よりも食べてるじゃん」


「そっそんな事ないよ」


 地味に大食いを指摘され、なんだか無性に恥ずかしい。


「そんなに顔を真っ赤にして弁解する事でもないぞ?」


 ルークが至極冷静に突っ込みを入れる。


「そっそうだ!。僕、図書館に行ってくるよ。じゃぁ、また後で!」


 そういって私は慌てて席を立った。


 食堂からすぐに外に出られる出入口から私は図書館に向かった。

 

 この学校の構内は広い。校舎の他に温室や校庭、実習施設や資料館など建物がいくつも点在している。

 少し歩くと、こげ茶色のレンガ作りで大きな建物が見えてきた。

 あの建物か…。

 ダンと来た時に遠くから見ていたあの建物があった。

 近くで見るとより一層大きい。

 重そうな扉をゆっくりと開けるとすぐに、貸出返却窓口と書かれたプレートにカウンターがあった。

 図書係の女性生徒が一人、窓口に座っている。入ってきた私を一瞥するとすぐに視線を外して本の整理を始めた。


 カウンター窓口のすぐ横から中に入ると少し薄暗くて広い空間が広がっていた。

 手前には書見台がいくつも並んでいてガランとしていた。天井まで伸びる本棚の壁にはぎっしりと本が詰まっている。

 床には無数にいくつも均等に並んでいる本棚があって、結構な高さと長さがある。棚と棚の間は長い通路のようになっていて、各所には脚立が置いてある。これに登って上の棚にある本を探すのは結構勇気がいるだろう。

 歩き出してみると自分の足音が室内に響き渡った。怖いくらいに静かだ。

 私以外に人の気配はまったくしない。誰もいないようだ。


 おもむろに立ち止まり、目の前の棚から一冊、本を取り出す。そうしてゆっくりと表紙をめくろうとした時、遠くで足音が聞こえた。誰か来たようだ。足跡はどんどんこちらに近づいてくる。


 その人物は私のいる棚のすぐ前の通路を歩いているようだ。

 本棚の隙間から向こう側がわずかに見える事に気がつくと、なんとなくどんな人物か気になってしまって、本の隙間からこっそり覗いてみた。


「!!」


 おもわず声が出そうになった。

 この世で一番憎い人間がそこにいるのが見えた。



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