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12話


「なんでこんなものがここに…。母さんはこれを読んでしまった?」


 一瞬で頭の中が混乱する。全ての真相を知ってしまった…?母さんはどこにいったのだろう…。


 今までずっと不安定な精神状態だった。最近やっと少しずつ良くなってきたというのに。そんな状態であの本を見てしまった母はどうなってしまうのだろう。どう考えても最悪な結末しか思いつかない。


 早く見つけなければ、慌てて家を飛び出し、辺りを駆けずり回った。

 すれ違う人々に母を見なかったか、片っ端から聞いて回った。

 結果、数人から森がある方角に一人で歩いていく姿を見たという情報を得る事が出来た。

 すぐに証言があった方角へと走って行く。

 酷く取り乱した状態だったのだろう。必死に走っていると唐突に後ろから腕をがっしりと掴まれ、完全に動きを止められてしまった。

 突然の事に驚いて振り返ると近所の鍛冶屋の主人が私を捕らえていた。移り住んできた時から私達親子をよく気にかけてくれる人物だった。

 屈強な腕が私の両肩をがっしりと掴むと真剣な表情で私の目を見て、諭すように口を開いた。


「レイ!どうしたんだ!何があった!しっかりしろ!」


 半ばパニックになっていた私はその言葉で、徐々に正常な思考を取り戻していく。

 

「母さんがいなくなったんだ…よくない事が起きた…。向こうの方向へ歩いていく姿を見たっていう人がいたんだ」


「ローラがいなくなっただと!?とりあえず少し落ち着け。あっちの方角か…まずいな…早く見つけないと…」


「どういう意味ですか!?あの方角に何があるんですか!?」


「あっちの方角には危険な生き物が住み着いている。奴らは獰猛な夜行性の四足獣だ。昼間は行動しないが夜になると動き出す。もうすぐ夕方だ。早く探し出さないと危険だ」


「そんな…!」


 主人の言葉に愕然とした。


「今、人を集めて来る。お前はここに居ろ。少し落ちつけ。いいな、絶対に一人で行くな。ここを動くなよ!」


「はい…」


 そういって鍛冶屋の主人は大急ぎで走っていった。


 あの本を持ってきた人間は誰だ。どうして私達の居場所が分かった?

 様々な疑問がグルグルと頭の中をかけめぐる。

 父の裏切りの塊であるあの小説が、母にどれだけひどい精神的ダメージを与えたのか容易に想像ができた。

 早く母を見つけなければ。気持ちは焦るばかりだった。

 

 しばらくすると鍛冶屋の主人が戻ってきた。後ろには沢山の人を引き連れている。


「レイ!聞いたぞ。心配するな。みんなで探せばすぐに見つかるから」


「ああ、そうだ。きっと大丈夫だ。俺達が来たんだ。もう安心しろ」


 そう言って次々に声をかけてくれる。母を探してくれる人がこんなにも沢山集まってくれた。その事に胸の奥が熱くなる。

 他人であるはずの私達がこの場所で、こんなにも沢山の人に気にかけて貰えていた。驚きと同時に人の暖かさを知り、心から感謝をした。気が付くと私は、彼らに深々と頭を下げていた。


 深い森の中に入って懸命な捜索が始まった。生い茂る草木で前方がよく見えない。徐々に日は傾き始めている。こんな状態で母は本当に見つけられるのか。不可能ではないのか、そんな不安に駆られていると、地面に這い出していた太い木の根っこに足を取られて転んでしまった。


「…痛っ…!」


 咄嗟の事で受け身が取れずに全身を打ち付けてしまった。よろよろと立ち上がろうとしたとき、微かに何か音が聞こえる。辺りはもう薄暗くなりかけていた。

 なにこの音…。不気味な音は次第に近づいてくる。ゆっくりと草を踏みつける音だけがあたりに響いていた。

 ここから早く逃げないと…!後ずさりしながら迫りくる音の方向に注意を注ぐ。その時だった。後ろに引いた右足が地面をとらえる事ができない。なぜ?そう思った瞬間足元から落下していた。

 全身を打ち付けながら落下していく。最後に背中を強打してやっと動きが止まった。しかし激痛で体を動かす事ができない。

 朦朧とした意識の中、ぼやけた視界の先で母が倒れている姿を見つける事ができた。やっと見つけた。

 地面を這いつくばりながら、やっとの思いで母の元にたどり着いた。

 仰向けに倒れている母は全身に酷い怪我をしている。

 咄嗟に母を抱き起して呼びかける。


「母さん、しっかりして!お願い反応して!」


「…今まで…辛い思いをさせて…ごめんね…」


 それだけ言うと生気がない母の体はそのまま動かなくなってしまった。


「ねぇ、あの約束覚えてるでしょ?いつかネモフィラの群生を一緒にみるんだよね?約束したよね?」


どんなに呼びかけても反応はなかった。


 くそっ…!!どうしてこんな事に…!!

 白くなっていく母の顔を見ながら悔しくて悲しくてボロボロと泣いていた。ながした涙は次々と母の白い顔の上に落ちていった。


「…私達が何をしたっていうの…!?許さない…。父も私達を追い込んだ奴らも絶対に許さない!!」


 母に覆いかぶさりながら私の意識も朦朧としていく。落下したときに怪我をしたのだろう。さっきからずっと太ももからの出血が止まらない。

 徐々に視界が狭くなる。あぁ。このままきっと死ぬのだろう。死んだら報われないこの気持ちはどうなるの…。悔しい。苦しくて悲しい。そんな想いだけがこの場所に残るのだろうか。徐々に意識は薄れていく。そうしてついに視界は暗転した。



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