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あなたに投げて、わたしは溶ける

作者: トキタケイ

 チョコボール。

 1965年、前身である「チョコレートボール」が発売され、その後1967年に親しみやすさを目的として現在の「チョコボール」へ改名 1)。この時「ピーナッツボール」、「チョコレートボール」、「カラーボール」が発売され、イメージキャラクターであるキョロちゃんがパッケージに登場(キョロちゃんという名前がパッケージに印刷されたのは1991年から)。2)

 1973年にチョコボールのレギュラーフレーバーとしてピーナッツとキャラメルが選ばれ、以後、幅広い層から支持を得て約50年のロングセラー商品となる。 3)ちなみにチョコボールの開け口がくちばし型となったのもこの頃からであり、それは現在まで続いている。

 余談だが、私は密かないちご味のファンでもあり、これは1994年に「カラーボール」の復刻と共に発売 4)されて以降、ピーナッツ、キャラメルに並ぶ定番商品となっている。

 「カラーボール」の動向については、お察しの通り――。



 

 小箱のくちばし部分(・・・・・・)を開け、それを傾けた。

 思いがけず掌へ転がり込んできた二粒の一つを、私は摘まみ上げる。

 それ、と正面へ放ると、粒は緩やかな放物線を描き田中後輩の口のなかへと吸い込まれた。


 「がっ!」

 大口を開けて眠っていた田中は喉に粒を詰まらせ、溺れるように飛び起きる。


 「何です!?」

 「おはよう。」

 愛らしくも慌てふためく田中へ、私は言った。

 「駄目じゃない、ちゃんと創作をしないと。せめてサークル活動中は起きていなさい」

 「先輩だってお菓子食べてただけじゃないんですか。小説の進捗なら僕のほうが上なんですからね」

 田中は生意気にも私に反論してみせた。


 机の上に置かれた私のノートPCは、真っ白なテキスト画面を映している。

 「学祭で出すアンソロジー、間に合うんですか?」

 「……それはそうと。」

 

 部室の壁を覆う本棚を眺めて余裕を演出しつつ、私は話題を切り替える。

 「また美味しくなったわよね、チョコボール。」

 「驚いて、味わう前に飲み込んじゃいましたよ。」

 「しょうがない。ほら、もう一度いくわよ。」

 「普通に手渡しで頂けませんか。」


 机ごしに伸ばされた田中の手へチョコボールを一つ乗せる。

 彼はそれを口に入れ、今度はよく噛んで味わった。


 「昔と同じじゃないですか?」

 「はあ……。」


 田中は知らない。

 森永製菓はチョコボール一つとっても日々美味しさを求め、時代に合わせた度重なる改良を加えていることを。

 それは“活性化”と呼ばれ 5)、一見なんでもないただのチョコレート菓子が現在まで人気商品であり続けるのは、そうした陰ながらの企業努力の賜物であるのだ。


 「それをあなたは。」

 「なんかすみません。失望させちゃって。」

 「感動しているのよ。この一粒から私たちが学ぶことは多いわ。継続の力、驕らない心、ひたむきな努力。我々学生に必要なことだと思わない?」

 「そうですね。」

 「同時に寂しくもあるの。」


 田中が口をへの字に堅く結んだ。

 彼がそうするのは特に返すべき言葉を持たない時だ。もしくは興味の無い話題をやり過ごす場合。

 私は続ける。


 「カラーボールの存在よ。」

 「カラーボール?」

 「ほらね知らない。一度は忘れ去られ、そして復刻しつつも人気商品へ返り咲くことが出来なかったカラーボール。私はね、森永の並々ならぬ執念をカラーボールに感じずにはいられないの。それは深い愛でもあるわ。不出来な弟子を想う先生の気持ちとでも表現するべきか、そんな感じ。」

 「成程。」

 田中は相槌を打ち、再び口を噤んだ。


 「私はカラーボールを救いたい。このチョコボールがあるのは、カラーボールのおかげかもしれないんだもの。カラーボールの死が、チョコボール大人気な世界線へと導いたのだわ。」

 「良く分からないですけど、チョコレートならダースが一番好きです、僕。」

 

 ――――。


 窓の外で小鳥が鳴いた。

 気が付けば陽は傾き、差し込む橙色の光が部室を染める。




 「カラーボールを主人公にした小説を書こうかしら。」

 「誰も読まないでしょう。」

 「流行に迎合するのよ。『市場から追放されたカラーボール、実はめちゃくちゃ美味しくて世界最高クラスの完全栄養食品でした』。とか。」

 「嘘を書くんですか?」

 「ファンタジーなら許されるわ。簡単なプロットが出来次第、一話目をなろうに投稿するからすぐにポイントを入れるのよ。」

 「本気ですか。」

 「そんなわけないじゃない。」

 「……。」


 ――静寂。

 もう少し引き延ばせただろうか。


 その時、田中が立ち上がる。

 「僕もう帰りますね。今日は彼女がバイト終わったら家に来ることになっているので、綺麗にしておかなくちゃ。」

 「そう。前にも言ったけど、その彼女と別れたらちゃんと私に報告するのよ。」

 「それでは失礼します。」

 そう言って田中は足早に部室から去って行き、私は一人になった。



 

 目の前には依然として真っ白な画面。

 私はそこに「田中はダースが好き」と入力し、そして消した。

読んで頂きありがとうございます。



1)森永製菓,チョコボールヒストリー,https://www.morinaga.co.jp/kyorochan/history/(最終検索日:2020年5月14日)

2)、3)、4)同上。

5)Bizコンパス,「チョコボールは発売50年を越えてもなお進化し続けていた」,https://www.bizcompass.jp/factory/019.html(最終検索日:2020年5月14日)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『その彼女と別れたらちゃんと私に報告するのよ』 やっぱりここですよね。一気に話が甘酸っぱくなりました。 [気になる点] 流行に迎合するのよ。『市場から追放されたカラーボール、実はめちゃく…
[良い点] ほんのり恋愛ものだった。 田中モテモテ。恋愛とチョコレートは相性良いですね。 自分はピーナツにはまっていたことがあります。イチゴ味もホッとする味だと思う。キャラメルは歯にくっつきますが美…
[良い点] くっそー田中めうらやまけしからん! 私はキャラメル味が大好きです! 一時期毎日ひと箱食べてました!!
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