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8.この世界には“好感度イベント”があるらしい






「まあ、まだ誰を攻略するか決めていませんから、今のところはボディタッチも何もしなくても大丈夫だと思いますわ。ゲーム自体も、一応もう始まってはいますが、本当の本編は二年生からですので」

「…そ、そうなんですね」

嘘でしょ。今でもこんなに死にかけているのに、まだ本編じゃないなんて。二年生になるのが恐ろしい。

「と、ところで…。他の人とは、お会いになりましたか?たとえば、フランシス・セウェル様とか」

「‥‥いいえ」

「そうですの」

いきなりロレーナ・マッケンジー嬢がもじもじし始めたと思えば、フランシス・セウェル様の話題をはじめた。

フランシス・セウェルといえば、私にとってはある意味因縁の相手だ。いや、本人はとても優しい人なんだけど。私が彼と一瞬話をした後から、ロレーナ・マッケンジー嬢からのイジメが激化したから。

ま、まさかまだフランシス・セウェルのことが好きなんだろうか。この前、というか三日前まで「もう彼のことはお慕いしておりませんわ」って言ってたじゃないか!

でも今、私が会っていないって言った時、とっても安心したような顔になったよね…。これこそ、女心も秋の空っていうやつなのかなあ。

でも、ちょっと望み薄だとしか思えない。ロレーナ・マッケンジー嬢に対する彼の態度を見ていると。というか、今までの関係性を見ていると。

「べ、別にフランシス様とレベッカ様がお会いしたところで何とも思わないですよ!二人が結婚してもとても祝福できます!ちょ、ちょっと気になっただけですわ!」

あわあわと慌てるロレーナ・マッケンジー嬢。

たぶん、諦めたほうが傷が少ないと思います。そう言おうか一瞬迷ったが。

「‥‥」

やめといたほうがいいかも。

頬をほんのり赤らめている彼女を見れば、そんなこと言えなかった。ここで言って機嫌を損ねて氷漬けにされたら困る。私はまだ死にたくない。

今は私のことを傷つけるような素振りはまったくないけれど、まだ油断はできない。だって、この前は私が二言フランシス・セウェル様と話しただけで氷の槍が飛んできたんだもん。あの時、彼が庇ってくれなければ私は串刺しだった。文字通り。

‥‥。

これこそ、“しぼうふらぐ”というやつではないだろうか。

「そういえば、今日はクルシュマン先生の授業を受けました。彼も、その“こうりゃくたいしょー”の一人なんですよね?」

さりげなく話をそらす。

「そうなんですね。どうでしたの?何か、イベントが起こりましたか?」

「いべんと…?」

「好感度をアップさせるような出来事ですわ」

「ええと、授業はほとんどいつも通りでした。どういうのが、イベントに当たるのでしょうか?」

「そう…ですね…」

まずそこが理解できない。

ロレーナ・マッケンジー嬢によれば、さっき、私が転んでリュカ・クレメール様と会ったのは“出会いイベント”だという。でも、クルシュマン先生とは出会いも何もないと思うんだけど。先生と生徒なのに、特別な出会いも何もない。授業をするだけだ。

それに、私としてはあんまりクルシュマン先生の好感度があがるのが想像できない。というか、想像したくない。先生と恋愛なんて、お話の中では面白くても。現実にすると、ちょっと社会的に許されないと思う。

顔をしかめた私の前で、ロレーナ・マッケンジー嬢は少し眉根を寄せて考え込んだ。

「私、このゲームを一通りちゃんとプレイしたはずなんですが、正直ヒロインの死に方や葬式にばっかり気を取られていて、肝心な好感度イベントは思い出せないんですの」

「そうなんですね」

「申し訳ありませんわ、あまりお力になれなくて。でも大丈夫です、頑張って思い出しますわ!」

ぐっと握りこぶしをにぎりしめて、ロレーナ・マッケンジー嬢は勢いよく立ち上がった。

「い、いたっ!」

その際にテーブルに足や腰をぶつけて、悶えている。

衝撃でテーブルの上のものが揺れ、お茶が零れそうになったのをさっとコップを支えることにより回避した。

さっきからちょっと思っていたんだけど、ロレーナ・マッケンジー嬢は天然なのだろうか。それとも、今の彼女には“ミズノ ミライ”という精神が融合しているといっていたから、“ミズノ ミライ”が天然なのだろうか。

「す、すみません!」

「いえ、全然平気です。ロレーナ・マッケンジー様は大丈夫ですか?」

「平気ですわっ!」

リンゴのように顔を赤くしている彼女を生暖かい視線で見つめた。こんな彼女でいてくれるなら、私も怖がらないでいられる。

「あ、あの、それより。そのロレーナ・マッケンジー様という呼び方、変えていただきませんか?」

「気に入りませんでしたか?」

「ええと、少し居心地悪くて。ロレーナ、と呼んでいただけないでしょうか?」

これは明日空から槍が降ってきそうだ。

純粋に驚いて彼女を見つめる。今までは、庶民如きが立ったまま貴族の顔を見るなんて許せない、地面に這いつくばりなさい!という感じだったのに。

こうしてみると、本当に今までとは別人なんだな。

「分かりました。では、これからロレーナと呼ばせてください」

「ありがとうございます!」

「それと、私のこともレベッカと呼んでください。私にだけ様付けなんて、立場がありませんから」

「よろしいんですの?」

「勿論です」

ロレーナ・マッケンジー嬢、改めロレーナはパッと幸せそうな笑顔を浮かべた。いつもは冷たく吊り上がっていたアメジストの目が、ふんわりと緩んでいる。はじめて、ロレーナさんのことを可愛いなと思った。

ずっとこのままでいてくれれば、フランシス・セウェル様を落とすのも可能かもしれない。

…いや、どんなに頑張ってもそれは無理かも!




「すみません、話を逸らしてしまいましたわ。私の記憶を呼び戻すためにも、普段レベッカがどんな風にクルシュマン先生と授業をしているのか教えてくださいな」

「あ、えっと‥」

そういえば、そんな話をしていたな。クルシュマン先生との授業か。

「特に特別なことはしていませんよ。私はまだ属性不明なので、色々な属性の魔法を使えるかどうか試しているところです。今日は、今までの研究結果をまとめました。それから、とりあえず体の中の魔力を集めようとしたんですが…」

「効果はなかったんですね」

「はい」

残念なことに。

「でも、クルシュマン先生はいつも前向きなので。授業はとても楽しいですよ」

「そういえば、あの先生の人物紹介では“研究バカ”と出てましたわ」

「そうだろうと思いました」

あの先生を構成するものなんてそれくらいのものだろう。本当に、研究好きな人だから。

「あ、でもクルシュマン先生には気を付けてくださいな」

「?」

「その、あまり詳しくは思い出せないんですけど。クルシュマン先生のルートでは、何か敵が現れて、そいつがヒロインだけではなく周りの人をみんな巻き込む大量虐殺をしてたような気がしますわ」

「えっ!?」

大量虐殺!?

「そ、その、もう少し詳しい話を‥!思い出せませんか?」

「ええと…。なんか‥‥人にとりつく?化け物?みたいなものが出てきたような…」

「化け物!?」

どういうことなの⁈

ううーんと、眉根を寄せて考えこむロレーナを必死で応援する。お願いだから思い出してくれ!さすがに大量虐殺は見逃せない!

クルシュマン先生とは、出来るだけ関わらないようにしよう。そう、心の中で固く決意した瞬間だった。








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