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7.この世界には“出会いイベント”があるらしい






「お邪魔させて頂きます」

「どうぞ!」

いくらか身を強張らせながらも、ロレーナ・マッケンジー嬢の部屋の中に入った。

「うわぁ‥」

思わず声がもれる。

窓は二つ大きなものがあって、噴水がある中庭が見えるようになっている。クリーム色の絹で作られたカーテンがその周りをかこっていた。部屋の真ん中には円いテーブルがあり、ビロード張りの赤い椅子が二脚置いてある。部屋の左側には、金縁の大きな鏡がありその下には暖炉があった。おまけに、これだけではなく部屋のドアがもう二つついている。極めつけは、メイドが一人深々と部屋の隅で礼をしながら立っていた。

この学園は使用人禁止であり、貴族と庶民の差別も禁止になっている。しかし、私が支給された部屋はテーブルと本棚とベットが簡易的においてあるだけ。

やっぱり、差別をしないのは無理らしい。おかしいな、私も一応伯爵令嬢なんだけど。

ひどい。

「れ、レベッカ様?」

「すみなせん、何でもないんです」

それに気づいているのか、きまり悪げな表情で私をのぞきこんでくるロレーナ・マッケンジー嬢にかぶりを振った。

この世界においてそれは当り前のことなのに、今更不満をいうことなんてない。




現在は、やっとクルシュマン先生との授業が終わった放課後。

普段なら、私は部屋にこもっている時間だが。

「あの、本当によろしいんですか?」

「勿論ですわ、私のせいですし。今日はゆっくりと休んでくださいな」

そう言いながら椅子に座れを促してくるのを見て、ありがたく座らせてもらった。

三日前、本棚が倒れ掛かってきて私が下敷きにならずにすんだのはロレーナ・マッケンジー嬢が庇ってくださったおかげだ。ただ、氷魔法で盾を本棚に作ってくださったまでは良いけれど。本棚をもとの位置に戻そうとして作ってくださった(と信じたい)魔法が暴走して部屋を丸ごと氷につけられてしまった。

魔法の解除は、本来ならば本人・もしくはそれ以上の力を持つ同じ属性の人にしかできない。ただし、解除は高度なため最終学年でやっと教わることのできる魔法なのである。

ロレーナ・マッケンジー嬢はまだ私と同じ一年生で私と同学年なため自分かかけた魔法の解除方法は習っていなかった。おまけに、氷属性の先生はちょうど出張に行ったらしく戻るのが来学期になるらしい。

どこまで出張をしに行っているんだという話だ。なんだか、うまいこと話が出来すぎていると感じているのは私だけなんだろうか。

まあともかく、私の部屋は来学期まで氷漬けということだ。とても住めない。

とりあえずこれまでの三日間は寮長の部屋に住まわせていただいたけれど、今日の朝「私協調性ないからもう一緒に住めないわ。もう本当に限界なの。他の人を探してちょうだい」と放りだされてしまった。

しかし、他の空いている部屋を探そうとしても、今年は特に入学する生徒が多かったから空き部屋はゼロ。そして、私を泊めてくれそうな友達もゼロ。

条件がとんとん拍子にそろった私は、ロレーナ・マッケンジー嬢の部屋に泊めてもらうことになった。




一体何を仕掛けられるのか、戦々恐々としながらもロレーナ・マッケンジー嬢を見上げる。ニコニコと、邪気のない笑顔を浮かべてみてくれているが、過去の思い出も疑心もそんなに簡単に消えるものではない。むしろ同じ空間にいるだけで怖い、というか。

「こちらはローズヒップティーとスコーンでございます」

一人で勝手にドキドキしていると、目の前に銀器のティー・カップとティー・ケトル、スコーンが運ばれてきた。ティーカップにお茶を注いでもらうと、良い香りが一気に広がる。

‥‥それにしても、精巧な銀器だな。何の花かは分からないが、花びらは一つ一つ丁寧に彫られてあり、取っ手は蔓をかたどっている。いかにも高そうだ。

「ありがとう、トーリー。もう下がっていいわよ」

「失礼いたします」

あ、ケトルを見てたらメイドさんにお礼を言うタイミングを逃してしまった。口を半開きにして、扉の奥に消えていくメイドさんを見送る。うう、お礼言いたかったのに。

お名前は何なんだろう。

「レベッカ様、彼女はトーリーですよ。本名はトランス・ラーソン」

「ラー‥ソン?」

どこかで聞いたことがある気がする。

「レベッカ様の想像と通りですわ。彼女はラーソン公爵家の生き残りの一人なんです」

ロレーナ・マッケンジー嬢の言葉に息を呑む。

ラーソン公爵家。

五年前までは最強の魔法力を誇る一族だった。この世界は、魔法力が権力に直結する。人より魔法力が強ければ強いほど、王に近い位置に近づくことが出来るのだ。そのため、魔法力の強いラーソン公爵家は栄華を誇っていた。しかし、何らかの事件で一気に失脚し、そのほとんどが処刑されてしまったのだ。

…マッケンジー家の手によって。




「彼女は魔法の才が一切なかったんですの。だから、お父様が私のメイドにと推薦してくださったんですわ」

「そ、そうなん、ですね」

え。それ大丈夫なの?物凄く暗殺されそう。だって、自分の家族を処刑した人の娘でしょ。

私がもしトーリーさんの立場なら、ロレーナ・マッケンジー嬢のメイドなんて死んでも嫌だ。こう、隙があるときにサクッと殺りそう。なんか、「ごめ~ん、手が滑っちゃった~」とかいいながら。

…ロレーナ・マッケンジー嬢って、もしかしたら私よりも死に近いのではないだろうか。

「大丈夫だと思いますわ」

私の疑問を察したのか、ロレーナ・マッケンジー嬢が苦笑いで答えてくれた。

「トーリーのことはレベッカ様がお気になさる必要がございませんわ。それで、レベッカ様は今日一日はどうでしたの?」

「今日一日、ですか」

「攻略対象のことですわ!他に何の話がありますの!」

“これでおしまい”とばかりに話をすり替えられた。気になるといえば気になるのだけれど、踏み込みすぎるのはやめておこう。「お前は知る必要のないことを知ってしまった。死ね!」というような展開になったらとっても困るから。

ただでさえ、私は死にそうな出来事がたくさんあるのにわざわざ自分から危険に首を突っ込んでいく趣味もない。

「そうですね。今日は、初めてリュカ・クレメール様にお会いしました。階段から落ちたのを助けていただいたんです」

「あ、それは“出会いイベント”ですわね!」

「出会い…イベント?」

「ええ!リュカ・クレメール様と出会う、貴重なイベントですのよ!ああ、リュカ・クレメール、その本名はリュカ・ヘイル!庶民であった母を見ごろ、」

「あの、その部分は大丈夫です」

ああ、聞きたくなかった。さっき会ったばかりのほぼ初対面の人の生々しい過去話なんて。それに、何だかその単語の先が大体想像できてしまうのがつらい。

見ごろって。見殺しということなんだろうか。過去が重すぎる!

顔をしかめた私に慌ててロレーナ・マッケンジー嬢が話を中断させた。

「ま、まあともかく。リュカ・クレメール様は飾らないヒロインに興味を持つのですわ。ですので、彼を落とすためには出来るだけ飾らない笑顔、気軽な口調、さりげないボディタッチを心がけてくださいな」

「ぼ、ぼでぃたっち?」

「ああ、ボディタッチとは体を触ったり触れ合ったりすることですわ」

「…いえ、その意味を聞いているのではなくてですね」

「ああ、程度でしたら無邪気を装って抱き着くくらいで充分ですわ」

「…いえ、程度を聞いているわけでもなくってですね‼」

というか、聞いても無理だ。出来るわけがない。

そもそも、いきなりボディタッチすることによって好感度は上がるものなんだろうか。

よく知らないのにいきなり抱き着いてくる女って、怖くない?






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