5. “神の子”も“こうりゃくたいしょー”の一人らしい
お久しぶりです!
さて、ここで私が通っている『王立アリシア学園』の詳しい説明でもしておこうと思う。
『王立アリシア学園』とは、この国、ウルレーネ王国の首都レニンに位置する魔法学校だ。この国の初代の王が創立した、主に貴族を対象とした学校である。
広大な敷地と施設を誇り、選りすぐりの魔術師と知識が集められたこの学校は、文字通り世界最古にして最大、最高の魔法学校である。5つの属性にわかれて行う“魔法学”の授業のほか、“魔法生物学”、“古代魔法学”、“歴史学”、“古代語学”など様々な授業を受けることができる。入れる人数も限られているが、その分入ればもう将来は約束されているようなものだ。
ゆえに、ウルレーネ王国の貴族だけでなく、毎年必ず各国の有力貴族や王族がこっそり何人か紛れ込んだりしている。そして、学校に通うことのできる年齢が15歳から19歳までのこともあって、入学するすべての男女にとっては格好の結婚相手を探す場所にもなっているのだ。
私は決してそんなつもりで入学したわけではなくーーーーむしろ入学する気すらさらさらなかったーーーーこれからも玉の輿を狙う気はまったくないけど、まあ世間的には認められている。貴族にとって一番重量なのは魔力だが、次に重視されるのは人脈だからだ。
そして一番手っ取り早く人脈を作るには、結婚や婚約がとても有力な手段である。
だから、ロレーナ・マッケンジー嬢がいうような恋愛をするゲームがあっても驚きは、しない。
しない、けど!
「私が“ひろいん”ってのは予想外…………」
おまけに、“ひろいん”が死にやすいゲームだったということも予想外だ。
未だにロレーナ・マッケンジー嬢がつくりだした妄想の世界だという仮説は捨てきれないが、そう決めるにしてはあまりにもおかしなことが起こりすぎている。
自分の部屋では本棚の下敷きにされそうになって(魔法で固定されているはずだった)氷魔法により氷漬けになりかけ、食堂では熱湯を頭から浴びせられそうになり、教室ではいきなり椅子の後ろ足が二つとも外れて頭を打ち付けたり、廊下では滑った先生に首元にしがみつかれて窒息しそうになったり、中庭では頭上に太い折れた枝が落ちてきて首が折れそうになったり…………など、エトセトラ、エトセトラ。
あげればキリがない。ロレーナ・マッケンジー嬢と話をしてから、たった三日しかたっていないのに、こんなに事故が起こっている。
あきらかに何かおかしい。
偶然の事故だと考えるには、あまりにもタイミングが合いすぎていた。だってこんなに死にかけるなんて、今までにはなかったのに。
ということは、やっぱりここはお話の世界…。
ずっと考えていた私は、目の前にある階段を降りかけ。
「っつ、きゃあっ!」
何かに足を滑らせ、体勢を崩して真っ逆さまに落ちた。
本能で頭だけをかばいながらも、体中を打ちながら階段を転がる。
「っ、」
結局、地面に激しく頭を打ち付けることで止まった。
頭だけはなんとか守れたものの、ほかに痛くない場所が体にない。そっと体を起こして自分が足を滑らせたものの正体をみると。
ぺらぺらの紙が一枚。
「…………」
まるで私を滑らせるように置かれたとしか思えない。
とても信じたくはないけど、ロレーナ・マッケンジー嬢の話は全て本当なのかもしれない。それなら、今起こっているのは全て。
「“ひろいん”の宿命…………」
「何ぶつぶつ言ってんの?すごい落ち方だったね?」
遠い目で青い空を眺めていた視界に、唐突に呆れたような表情を浮かべた誰かの顔が映った。
「わっ?!」
慌ててその場から立ち上がる。貴族にこんな場面を見られたらダメだ。
…………そして失敗した。
「いだっ、」
「ちょ、何やってんの?!」
足首に変な方向からの負担がかかり、嫌な音がする。
今度こそ頭を石段に打ち付けようとしたところで、さすがに慌てたらしい彼が手を伸ばして支えてくれた。
ふわりと彼の空色の髪が揺れ、エメラルドような緑色の瞳と目が合う。絵画から抜け出してきた天使のような外見なのに、目だけが虎のような獰猛さを含んでいた。
リュカ・クレメール。
ふわふわの空色の髪に、大きな緑色の瞳、愛くるしい顔立ちの天使みたいな外見を持つ、クレメール侯爵家の長男。約1000年ぶりといわれる、異例の全属性の持ち主。神の子とまで呼ばれるほど魔法力が優れていることで有名だ。
ロレーナ・マッケンジー嬢曰く、
『リュカ・クレメール。いまはやりのツンデレ属性の持ち主ですわ!ヒロインを罵倒しつつもしっかり守ってくれる姿に、とてもとても萌えましたわ!神の子の名は、伊達じゃないのです!』
らしい。
“つんでれ”が何かわからないけど、文句を言いつつも助けてくれるような事かな。今の彼の様子からある程度は想像がついた。
「ねえ、いつまでこの体勢でいる気?重いんだけど」
「ご、ごめんなさい!」
しまった、すっかりぼーっとしてた。
足首が床についた瞬間、痛くて顔をしかめたけれど無視してそのままびっこを引きながらも距離を慌てて取った。
呆れたような視線を避けながら、ロレーナ・マッケンジー嬢が言っていた言葉を思い出す。
『しかし、リュカ・クレメール様が天才なため、このルートはエベレストのように険しい道のりになってしまうのですわ。ヒロインはそれこそひっきりなしに危険に襲われますの。ヒロインの魔力と神の子とのコンビネーションに脅威を感じた隣国から、ひっきりなしに暗殺者が送り込まれてくるのです。学園内では人に襲われ、森にいくと狼の群れに襲われ、町にいけば馬車が突っ込んできますわ。死体さえ残らないほどの完璧さで抹殺されてしまいますの』
勘弁してください。
そんなにひっきりなしに襲われてたら、勉強する時間がなくなっちゃう。
というか、死ぬ。
つまり、この人とこれ以上関わってはいけない。
「やっぱり、頭打ってどっかいかれちゃったんじゃない?保健室は向こうだよ」
「あ、たぶん平気です。ありがとうございます!」
せっかくの好意を申し訳ないながらに見捨てて駆け出す。呆然としている視線が痛かったもの、よろめきながらも全速力でその場から逃げた。