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 あれから約二日が過ぎた。

 今日はお父様もお母様も予定の無い日。つまり、家に居る日なのである。

 第二王子からの求婚を迫られて、どうやって断ってやろうかと考えて、両親にも上手く説明しようと考えていたのだが、実のところ、全く良い案が浮かんでいない。

 どうしたものかと唸り、ついさっき捻り出したフラッシュアイデアは、


「お父様が認めるくらいにちゃんとしたプレゼンをするしか無いのかしら?」


「何、訳の分からない事をぶつぶつ言っているんですか? お嬢様、もうロイ様とニヒル様が待っていますよ」


 結局のところ、何も問題は解決しなかったのだった。

 ユリアからのその死刑判決に似た報告を耳に掛けると、なんだか先が思いやられると言うか、憂わしい気分に沈んでいくと言うか、とにかくあまり良い心理状態では無かった。


 優先度的には先の高い壁を打破してなんとか、即婚約にならないよう立ち回ること。

 その後、お父様に婚約を断るように手回しして貰うということ。お母様に関しては、私のことを全面的にバックアップしてくれるので問題は無い。

 問題はお父様で、仕事中はかなり厳しいことで有名。それに加えて、この婚約は公爵家が王家から庇護を優先して受けることが出来る良い機会。このような頃合いに黙って了承を受け付けて貰えるかと言えば微妙だ。


 私はお父様に厳しく何かを言われたりはあまり無かったが、唯一公爵家の名前を背負う以上は、それらしく振る舞えと言われてきた。

 つまり、この第二王子からの求婚をお父様がどう捉えているかによって変わってくる。

 ……あれ? 私って選択の余地が無い気が……。


 そう思ったとしても、もう口には出せない。

 既に私は、親子の待つリビングの前に立っているのだから。


ガチャ!


 私は戸惑いなくその扉を開け放った。




◆◆◆




 「失礼します」


 使用人であるユリアは、早々に扉の前でそう挨拶をすると、私に頑張れと目で示して、そのまま扉の向こうに消える。

 部屋を見ると、当然ながらお父様が一番奥の椅子にお母様がその直ぐ側の椅子に、それから何故か弟のアルが私の席の隣でお利口に座っていた。


「なんでアルが居るの?」


「お姉様が大事な話をするとお父様が言うので気になって来ちゃった」


 てへっ、と舌を出しながら可愛い弟はあざとくアピールしてきた。くっ、可愛いから許す。


「アルちゃん、ベラちゃんが困っているでしょう。旦那様とのお話も有るのだから邪魔しちゃ駄目よ」

 

 お母様が急かさず注意するが、当の本人は特に堪えた様子もない。


「ベラ、アルは構わないから、本題を聞かせろ」


「はい、お父様」


 威厳たっぷりのお父様がひくいこえでそう告げる。その声には流石のアルも怯んだ様子を垣間見せた。


「それで、話とは何だ?」


「はい、実は二日前にエルド第二王子から婚約を申し込まれました」


「……ほう」


「私はつい数日前に婚約破棄されたばかり、ですからこの話には、どうしても同意しきれないのです。ですから保留という形に納めましたが……」

 

 歯切れの悪いところで言葉に詰まるベラ。

 ふぅっ、と息を吐き、一口珈琲を啜ったロイは、目線をベラに向けながら話す。


「なら、無理をすることは無い。お前も色々と思うところがあるだろう」


「「「えっ、良いの?」」」


 声がハモったのは、言うまでもなく、ベラ、アル、ニヒル。これほどまでにあっさりと物言いをしたロイに対して三人は驚愕の表情を作っていた。


「ん? 何か可笑しいことでも言ったか?」


「いえ、その……もっと反対されるかと思っていました。王子との婚約は、家にとっても良いことだろうし」


「僕も父さんなら多少抵抗があると思ったよ」


 アルの言葉を聞いたニヒルも加えて語る。


「私も、貴方なら猛反発するかと思っておりました。ふふっ、貴方は熟娘に甘いですね」


「そ、そんなことは無い。飽くまで俺がそう判断しただけだ、決して娘が可愛いからついつい言うことを聞いてしまったとかでは無い!」


 ロイの焦り様、それはつまり、図星を突かれた時の反応そのものであった。

 家族三人、顔を見合わせて苦笑する。当の本人は釈然としない顔をしていた。


「まぁ、俺としてはそんな感じだ。ベラのしたいようにすればいい。今までは、散々俺の都合に付き合わせてしまったからな」


「……はい、お父様。ありがとうございます!」


 久々に親子の会話。

 こんなにもお父様と話すのは何時以来だろうか? それすらも覚えてない程にその会話は新鮮だった。


「ベラちゃん、私も勿論ベラちゃんの意思を尊重するから。好きなことをしちゃいなさい。今しか出来ないことだってあるのだから。私は──、いえ、何でも無いわ」


 続いてお母様の優しい言葉が私の心を包み込む。

 それから、何だろうか。お母様の言葉には、どこか含みがあり、それでいて、ズッシリと心に響いた。


「お母様は、したいこと……あったのですか?」


「ええ、あったわ。でも出来なかったから……ベラにはそういう後悔をして欲しくないの。だから、後で後悔しないようにちゃんと自分で選ぶのよ。婚約も、何でも、貴女の人生なのだから」


「はい」


 その声には、清清しい位に透き通った優しいものが含まれていた。


「ほら、話が終わったのなら早く扉の前にくっついているユリアに報告でもしてこい。かなり心配してるぞ」


「えっ!?」


 いきなりのお父様の発言に驚く。

 お父様の言う通り、扉を開けると、聞き耳を立てていたのか、ユリアが倒れるようにして部屋に入ってきた。

 その顔は、不味いと言ったような渋い顔であった。


「なんで、居るのよ……」


「い、いや……ついつい……」


 何か言い訳を探しているときの顔をしている。

 

「気になったの?」


「えっと、いえ……別にそういう訳では……」


 うん、目を逸らしたので、気になっていたのだろう。長年一緒に居れば、ユリアが私のことをよく分かるように、私もユリアのことを理解している。

 

 再びユリアに聞き返すと、あっさり認めたので、この設問はこれにて終了。

 あっさりと私にとって大きく感じた重要案件は片付き、自室にユリアと共に帰還した。




◆◆◆




 肩の荷が降りて安心したからか、何時もよりもリラックスして自室の椅子に腰掛ける。

 横からは、ユリアがティーカップを丁寧に手渡してきた。


「どうぞ」


「ありがとう……うん、美味しいわ!」


 コトリと音を立てながら、直ぐ側にある机にカップを置いた。


「あの、それでどうでしたか?」


 ユリアの聞いていることは、正しく先程お父様、お母様にした会話の内容、それからお父様の出した答えのことだろう。

 

「心配しないで、お父様も婚約は保留でも良いって」


「本当に!? それは良かった。お嬢様はフランク王子と婚約している時、死んだコボルトみたいな目で元気が無くなっていたからそれを聞いて安心しました」


「ねぇ、それって貶してるわよね?」


「いえ、婚約するとお嬢様は魂が抜けかけるから安心しているんですよ!」


 ええ、それって本当に心配してくれているのは分かったけど、ユリアが私のことをそんな風に見ているとは思わなかった。

 主に、死んだコボルトって……まんま犬の死骸って言われてるものじゃない!


 内心でため息を吐くが、裏腹に何時も心配してくれているユリアには感謝の念で絶えない。


「ユリア」


「なんでしょうか? お嬢様」




「明日は二人で買い物にでも行かない?」



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