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「お嬢様、何故保留なのですか?」
そんなことを怪訝そうな表情で尋ねてくるのは、メイド服がよく似合うユリア。
私にとって、その保留という選択肢は、二つの選択肢として用意した考えの内、私にとってもっとも良いと思った考えで、流石にお断りは不味いと思って、こうなっただけだ。それに彼女は何故了承しなかったのか? ということに関して聞いているのだろうが、そもそも私はもう誰とも婚約をしようとは思わない。
第一王子との婚約だって、父がどうしてもと土下座で頼み込んで来たからそうしただけ。……あれは、もう忘れられない光景だったなぁ。
なんて考えながら頬を緩ませていると、目が鋭くなっているユリアが視界の端に割り込んできた。
「お・じょ・う・さ・ま? 私の話聞いてますかぁ? 何故保留にしたか聞いてるんですけどぉ?」
顔を直ぐ近く、その距離およそ数センチほどというところまで近付けてきたユリアに対して、少したじろいでしまう。
私に可愛いユリアからの睨みは既にキャパシティを超越して、許容できる範囲をはみ出ていた。
睨むのやめてぇ~~~!!
「はぁ……大体、お嬢様は男性に無関心過ぎます」
等と考えていれば、急激に勢いを無くしたように溜め息混じりの虚脱感満載にそう吐露するユリア。
比較的、彼女の私への当たり方は他の使用人よりも鋭いから仕方無い。けどこんなにも塩らしくなるのもまたユリア。彼女は私と昔からの長い付き合いだから、尚更私を気遣ってくれている。
そう分かっているからこそ、こんな考えで、このような選択肢しか設けていない自分が情けなくなる。
……いや、ごめん。
「ユリア、私がそういう性格なのは貴方が多分一番よく理解しているでしょ? だったらこれも予想出来たんじゃない?」
「そうですけど、王子ですよ、王子。普通は光栄なことだと思うんですけど」
「そうだけど、元々私、第一王子の婚約者だったし」
そうなのだ。私は元第一王子婚約者。
彼の影響力とエルド第二王子の影響力は然程変わらない。
私にしたら、第二王子でも第一王子でもどちらも同じ王子程度にしか感じられないのだ。
それで先日婚約破棄されて、それ故に尚更そういう思考が強くなった。
彼らは正しくインフルエンサーなので、周りに与える影響は凄いものだと感じる。でも、私は微塵も影響を受けなかった。
「何慣れたように語ってるんですかぁ。再び訪れたチャンスじゃないですか。無下にしちゃ駄目でしょ」
「無下にしてないわよ。ほら、ちゃんと保留にして手元に残してるわ」
「そういうこと言ってるんじゃありませんよ……」
こめかみを押さえながら私のことを哀れむような目で見てくる。ユリアは些か心配性なのだ。
「そんなことよりも、この事をお父様、お母様にお話することの方が問題ね。なんて言おうかしら?」
「話がずれてる!?」
私のその返答に、目を点にしたユリアが良いタイミングで突っこみを入れてくる。将来は、そういう方面の仕事で成功出来るんじゃないだろうか。
一々そういう無駄な方面に思考をシフトしているからなのか、ユリアの目付きがまたまた疲れたようなものに変わっている。私のそういう事を考えている時が分かるようになったみたいなので、ユリアは的確な瞬間にそういう顔をする。
「ユリア、そんな目で見ないでよ。なんだか私が悪いみたいじゃない」
「お嬢様が悪いです」
しかし、彼女は今の言葉に柔らかな言葉遣いを混ぜていた為、私は少し安心した。彼女も許してくれたみたいだ。そもそも私は何も間違ったことをしていないと思っているが……。
「それで、ユリア。お父様とお母様が帰ってくるのってどの位かしら?」
「う~ん、本日はロイ様が出張で帰宅は明日以降、ニヒル様は社交界で色々問題があったので、帰っては来ますが、かなり遅い時間かと」
お父様の出張はともかく、お母様のその問題って、
「もしかして、お母様の方は私のせい?」
「いえ、あの場合はフランク第一王子のせいかと」
「分かったわ、私のせいね」
間髪入れずにそう答えると、真顔で答えていたユリアはまたかと言った顔で立ち上がった。
「私は、仕事に戻ります。お嬢様は、何時も通りにしていて下さいね。あと、その自虐も辞めてください。それもお嬢様の悪い癖ですよ」
直ぐそう告げた後、彼女は部屋から出ていった。
「悪い癖か……」
残された私は先程まで居たユリアの場所を見つめながら独り言を呟く。
部屋には現在私一人、始めは第二王子、ユリア、他のメイドや使用人が居たが、第二王子が帰られ、それから使用人が仕事に戻り、ついさっきユリアも出ていった。
まだユリアと話していた余韻に浸りながらも、自身のやるべきことを思いだし、腰掛けていた椅子から立ち上がる。
私のすべきこと、お父様に、お母様に、どのように話して第二王子との婚約をやんわり回避することが出来るのか? 私の頭はその事で一杯だった。