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1 prologue

「レイエス・ベラ。お前との婚約破棄を今この場で告げる!」


 その勇ましい声は、祝賀会に来ていたあらゆる貴族の耳に入った。それは王族であるかの国王にも聴こえたのは言うまでもない。

 その場がざわりと響動(どよ)めき返る中、渦中の私は、フランク王子にそのようなことを公衆の面前で宣言されたというのに精神上は凄く落ち着いたものだった。

 何故このようなことを言われて冷静に居られるのか?

 答えは簡単なこと。

 別に私も彼のことが好きでは無かったから。

 確かに王家の人間である彼は、恐ろしい程に美形で、多くの女性から憧れの的として輝かしい存在と崇められているほど。しかし、私にとっては、そんなことは毛ほどにも興味が無かったのだ。


 普通の女性は、格好良い男性が居れば自然と見入ってしまうものだし、それが王家の血筋を引く若き王子なら尚更のこと。彼のことが好き! もしも彼と添い遂げられれば、そのようなロマンチックな展開を妄想してこそ、正常な女性と言えるであろう。

 しかしながら、私の脳はそのような恋愛脳になれず、お花畑を想像するなど、恥ずかしくて出来ない。


 私はどこまでも現実を愛する。自然体で水平思考なノンフィクションを好むつまらない女なのだ。

 その可笑しな性分の為か、王子から婚約破棄を言い渡されることがあろうとも、特に驚きもせずにすんなりと受け入れた。

 婚約破棄など貴族の世界では日常茶飯事のこと。政略と互いの思惑が交差するこの濁った関係の中でそのようなことは何時だって起こりえるのだ。


 しかしそれが王子には気に食わないようで、


「何故そのように落ち着いて居られる!? お前は今俺から婚約破棄を言い渡されたのだぞ!」


 大いに噛みついてきた。


「はぁ、そうでございますか。それは残念でございますね」


「ちっ、なんだその態度は! 強がっているのか? 分かっているぞ、お前が本当は俺と別れたく無かったことくらい」


 そんな虚言を吐かれたところで、それは間違いなのだから私はどうも言い返せない。

 大した妄想癖だと、関心しつつ、黙って次に吹っ掛けられる言葉を待つ。


 すると今度はなんとも得意気な表情を見せ、周りに聴こえるように敢えて少し音量を上げた声で語り始めた。黙りこくっていたのが、反って王子の勘違いを促進してしまったのかもしれない。


「そうか、悲しくて言葉も出ないか。そうだろうな、なんせ王子の俺との婚約が無かったことになるのだからな。それから俺は同時にここで報告すべきことがまだある!」


 ほう、出鱈目な虚言を吐いていたが、そのあとの報告すべきことが気になってしまい。静かにその言葉を待ってみる。


 しかし、それも王子には私が息を呑んでどんなことを言われるのかと怯えているように見えているようで、軽く鼻息を鳴らしながら、綻んだ口元から次の言葉を繰り出した。


「俺は、今日! ここにカーター・グレイスとの婚約を宣言する!」


 おおっ、それは驚きの報告だ。

 女性との婚約を破棄したその間も無くに次の婚約を宣言するなんて、ある意味スキャンダルになるようなこと。

 堂々とそんな尻軽アピールをされたところで、別にという感じになる。

 

 宣言の直ぐ後、手招きするように貴族が多く居るダンスホールに動作を見せつけると、如何にも王子が好きそうな見た目のご令嬢がひょっこりと姿を表した。

 響動く会場だが、何が驚きなのだろうか?

 等と考えている間にも、そのご令嬢を腕の中にすっぽりと収めたお花畑王子は、こちらに目線を向けて、挑発を繰り返す。


「さぁ、どうだ? 俺は既にお前になど興味が無い。彼女が居れば、この国の素晴らしい国母になることだろう」


「そんな、素晴らしいだなんて……」


 つくづくこの馬鹿王子は脳内がお花畑だと感じる。

 令嬢の方も令嬢で、すっかりと毒されて、頭から現実が飛び出してメルヘンしか残っていない。

 というかこのバカップルのことをみているだけで痛すぎる。

 これで良いのか王国は? なんてことを思いつつも、もう彼らとの茶番に疲れてきたところ。


 早々に終わりにした方が効果的だと理解できた。


「そうですか。別にどうも思いませんが、どうかお幸せに。さようならフランク王子」


 そう淡々と告げて会場を後にしようとするが、ふと誰かに腕首を掴まれていた。振り返るとそこにはこの国の絶対的権力、現国王のヨーク様が蒼白い顔をしながら、必死な感じに引き留めていた。


「どうなさいましたかヨーク様? 私は婚約破棄をされて今から屋敷に帰宅をするところなのですが……」


「待ってくれ! 少し、考え直して欲しい。君が次期国母とならなければ、恐らく国が立ち行かなくなる。それだけは避けたい。あの馬鹿息子は儂が説得するから、せめて待って欲しい」


 そんなすがるような目で見つめられては断れない。

 仕方がない、少しだけ待ちましょうか。


 前のめりに扉の方へ軸を傾けた姿勢から、平常に戻して、国王の方へと振り返る。

 すると、安心したかのような表情を一瞬浮かべて、それから急ぎ足でフランク王子の方へと向かう。

 それで何かを耳打ちしている。何を耳打ちをしているのかと気になったが、やがてフランク王子が激昂(げきこう)したように罵声を挙げているのを見るに、私にとって何か国王が企んでいるという疑惑は晴れた。


 しかし、どうやらフランク王子は理解が出来ていないようで、最後の止めを刺してしまった。


「おい! ベラ! お前とは完全に終わったんだ! 俺はお前なんかよりも、グレイスの方を愛している。この愛は未来永劫(えいごう)変わることの無い真実の愛だ!」


「……失礼します」


「あっ、頼む! 待ってくれ──」


 今度こそ、国王の呼び掛けにも応じずに少し駆け足で馬車に乗り込んだ。

 現実を最後まで見ようとしなかったフランク王子は楽園の花園から抜け出すことが出来ずに、欲望のままに選択をした。

 それは即ち、フランク王子の王位継承権が大きく揺らぎ、第二王子の方が有力候補に変化した瞬間であった。

 


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