和也と健
「ごちそうさま。」
朝食はご飯に味噌汁、鮭の切り身の焼き魚に生卵と旅館のようなメニューだった。朝食はパンではなく、ご飯がいい。これは和也が結婚する前に恵子に言ったことで、和也のこだわりだ。だから恵子や健がどうしてもパンが食べたい時には我が家では一緒の食卓でも和食と洋食が並ぶことになる。いや、最早パンは洋食という認識が薄れている気がする程に朝の定番となっている気がするが。たまに連休などの時には前日に和也も一緒に買い物に行ったりすると、明日はパンにしようか、などと言い家族3人朝食がパンになる。これは和也がパンを望んだ、と言うよりは休みの日にまでご飯とパンを用意しなければならない可能性を無くすための和也なりの気遣いと言うやつだ。
「ごちそうさまでした。」
続いて健も手を合わせてお辞儀をする。今日はタケルもご飯食で、生卵の代わりに卵焼きが用意されていた。
「はい、お粗末様でした。」
恵子はあまり朝食をしっかりと摂る習慣が無く、健と2人ならなるべく一緒に食べるが、和也がタケルと食べられる日には一緒に食卓についてもコーヒーや紅茶だけと言った具合だ。
「お粗末様って、恵子は意外と古い言葉を使うんだな。」
「あら、【ご馳走様】に対する返事って他にあるの?」
「いや、【お粗末様でした】と言うのは確か、粗末なものを出しました。と言うとてもへりくだった謙遜の言葉だった筈だよ。僕や健は恵子の作った食事をとても美味しく頂いている。そんなに謙遜しなくていいんだよ。」
「変なことを言うのね。そんなつもりで使っているわけじゃ無いのよ。ただ、【ご馳走様】に対して【どういたしまして】って意味で使っているだけよ。そんなこと気にされたら気軽に返事も出来ないわ。それこそ、【いただきます】や【ご馳走様】って、どう言う意味なの。」
本当に唐突に変なことを言うものねと、ばかりに呆れた顔をしながら和也に微笑みかけた。
「【いただきます】って言うのは昔から食と言うのは命を食べる事だろう。野菜にしたって、鳥や豚にしたってね。その命に対しての感謝の気持ちを表した言葉だったはずだよ。【ご馳走様】って言うのは【馳】も【走】もどちらも走るって意味だろう。食材を集める為に走り、作る為に、並べる為に忙しく走り回ってくれることへの感謝の言葉なんだよ。」
たぶん。と、小さく最後に付け足し少し満足気に恵子を見た。
「あのね、それこそ古い言葉じゃない。料理をすることに感謝してくれているって言うのは嬉しいわ。それに命に感謝して食べるって言うのも良いことね。健の教育にも良さそうだから是非講釈してあげてね。でも、私は食材を集めに走り回っていないし、日曜日の朝からそんなにバタバタと忙しくもしてないわよ。現にコーヒーを飲みながらゆっくりと和也の有難いお話を聞かせて貰ってるからね。」
満足気な顔をした和也に対して満足気な笑顔で言葉を返す。またしても健は2人の寸劇を笑顔で見守っている。
「うーん、朝からいい話を出来たと思ったんだけれどね。どうも決まらないな。」
頭を掻きながら参りましたとばかりに大袈裟に頭を垂れた。ちょっと難しい話だったようで、健が恵子にどう言う話だったのかと尋ねている。恵子は少し困った顔で健のお父さんは難しい事をいっぱい知っているんだけどお母さんには勝てないって言うお話よ、なんて健に伝えている。あれでは分かりやすく噛み砕いて説明しているのではなく、噛み砕いてもう一度組み立てようとしたら元の形と全然違う建物が出来上がったようなものだ。それこそ、東京タワーを分解して、もう一度組み立てたらスカイツリーになった。なんてものではなく、東京タワーを分解して、もう一度組み立てたら姫路城が出来た。そのくらいの違いがある気がする。共通点は人工物であることくらいしか見出せない。まぁ、良い、俺が恵子に勝てないってことだけは嘘ではないのだから。和也は困ったな、と言う顔をして2人を眺めていた。