建と恵子と和也
「ただいま!」
玄関から大きな声が聞こえた。一昨年に建てたばかりの新築、まだ綺麗なリビングでお絵描き遊びをしていた健の目が輝いた。お父さんが帰ってきた!と、誰に伝えるでも無く声を張り上げた。キッチンでは母親が健と一緒に済ませた食事の後片付けをしている。エアコンの効いたリビングのドアが開けられ、もう一度、ただいまと言った。
「おかえりなさい!お父さん!」
夏の太陽の元に輝いていた昼間の笑顔に負けない笑顔だ。
「健、ただいま。今日も暑かったな。ご飯はもう食べたのか?」
「うん、もう食べたよ。お風呂も入った。」
「おかえり。今日は早かったのね。言ってくれたら待っていたのに。」
エプロンで濡れた手を拭いながら妻が声を掛けた。
「恵子、ただいま。良いんだよ。早いったって7時は過ぎてるんだから。健がお腹を空かして待ってると思う方が辛いからね。それに、明日は休みだから一日中一緒にご飯も食べられるんだし。」
屈託無く笑うとカバンを4人掛けのテーブルの椅子に置き、ネクタイを緩めた。
「ちょっと、和也、疲れているのは分かるけどちゃんと部屋に荷物を置いてよね。」
ごめんごめんとカバンを持ち直した。このやり取りは飽きるほどに何度も何度もやっているのに飽きることが無いのか何度も何度も繰り返す。それを見ている健もまるで飽きない寸劇を観るように笑顔を浮かべていた。
「あ、そうそう、今日ね、お昼に健と公園に行ったの。途中でね、健が転んじゃったんだけど泣かなかったのよ。」
健の顔と和也の顔を交互に見やりながらまるで自分の自慢話のように言う。当の健は少し恥ずかしいような表情で和也を見ていた。
「おお、そうか!健は強いな!怪我はしなかったか?」
和也は大袈裟に驚きを表す仕草をして健を見た。自分の予想していた通りの反応だったのだろうか、健は大丈夫だよ、と胸を張った。そうかそうか、と和也が健の頭を撫でた。そして健の描いている絵に視線を落として何を描いているのかと次の会話に移った時に、ご飯にするからお風呂に入って来てと恵子に促された。じゃあまた後で見せてな、と健に言い残しリビングを後にした。