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明日死ねばいいだけの話  作者: 詩山 漣
一幕
5/7

V 人並みに在りたくて

 数日経って、文化祭の準備が本格的に始動した。


 劇の大道具係はおおよそほとんどの教室を陣取っていた壁新聞やペーパークラフトに払い除けられる形で九畳ほどの少人数教室を利用していた。他の教室より狭いので、材料を多く溜め込むことが出来ない。おまけに、そこは主に体育の授業で使わなくなったマットなどが置かれていたため、低範囲での活動を強いられることになったため、序盤からメンバーのモチベーションは低空飛行になっていた。なにせ大道具係に集まってきた彼らの大半は「他の係より楽にできそうだったから」と言う気の抜けた理由からやってきた人達ばかりで、こうも環境が悪くては元々そこまでなかったやる気を根こそぎ奪われるようなものだ。

 結論をまとめると、大道具係の状態は最悪だった。

 全六人で構成されたメンバーのうち、私を含めて女子は二人、残りの席は男子が占めている。その内まともに作業をしていたのは私と安藤さんと太田くんだけで、残りの三人は積まれたマットに寝転がるなりして時間を持て余していた。ただでさえ狭いこの教室で、そのだらしない姿は下を向いていても視界の隅に入る。それに対して堂々として非難を口にする人は室内にはいなかった。


 私は静かに怒りを手に握った筆に込めて、枠線にそって赤色を走らせる。

 「ちゃんとやってよ……」と小声でぶつくさ文句を言う。隣で黙々と作業を進めていた安藤さんと太田くんは、聞こえなかったのか返事を躊躇ったのか、下を直視したまま何も言わなかった。

 私はきりの良いところで筆を止め、小さく溜め息をついてからナマケモノの三人の方を向いた。一人は身体を丸めて横たわっており、残りの二人はあぐらをかいて、双方とも黒板横の戸棚になおしてあった古びたノートパソコンを囲んでじっと見ていた。微量に発行する画面のせいで青白く照らされた彼らの顔を見て、尚更苛立ってしまう。

 

口をわずかに開き、一度閉じてから、私は意を決して言葉を絞り出した。

 ねえ、と言う私の呼び掛けに、三つの視線が集中する。私は怯む前に早口で続けた。


「ちゃんとやった方が良いんじゃない?」


 まるで他人事のようにそう言った。あたかも、そう思ってるのは私だけではないと、意思表示をしているようだった。自分に自信のない私らしい。

 するとパソコンを膝に乗せていた一人がゆっくりと顔を上げる。彼はしばらくしてから、


「あぁ、名取か」


 漏洩した安堵のような言葉に引っ張られて、私は時間に取り残されたようにピタリと固まる。

 すると今度は画面に向き直ろうとした足立くんが途端に「げっ!」とひきつったような声を出して、ドアの方向を見て固まった。その姿はまるでメドゥーサとでも視線を合わせたかのような、やってしまったと嘆くような顔をしていた。


「おらー、お前らなに遊んでんだー」


 たるんだ声で頭をかいてあちこちに飛び跳ねた髪をくしゃくしゃにしながら、野村先生はドア越しに小さな窓から顔を覗かせてそう言った。ドアを開けようとして取っ手に触れたのか、彼は「何ここ立て付け悪っ」と悪態をつき、引きずるような鈍い音をたててゆっくり横にスライドした。


「いやいや! 先生ってば音響っすよ、音響。ちょっと調べてたんすよ!」

「音響は道具全部完成して時間に余裕あったらって言ったろーが。て言うか遊んでたんだろ?」

「いやいや違うってー!」


 半ば強引に弁解しようとする三人に「いや、なんかユーチューバーの動画見てたっぽいです。音だけ聞こえてたんですけど」と訂正したのは安藤さんだった。……さっきは何も言わなかったくせに。

 足立くんの「はぁ!? おい安藤~、空気読めよお前ぇ」と言う言葉に耳を傾ける気もないようで、彼女はすぐに作業に向き直った。

 



 およそ二時限分の時間を使ったものの、結局作業は進まず、完成品は一つも無かった。見回りに来た野村先生が去った後も、足立くん達はパソコンこそやめたものの、ぺちゃくちゃと話ながら私達の作業を少し離れたところから眺めているばかりで、進み具合は変わらなかった。

 むしろ、パソコンを見ていた時より彼らの口数は増えたため、余計に集中できなかった。しかしそれを許していたリーダーの私にも問題はあるのだろう。

 放課後、劇担当の先生二人からすれ違いざまに注意を受けた。怒られたわけではなかったが、あんなに妄想を掲げておいてこのザマではうつむいた顔も上げるに上げられなかった。


「足立組は不真面目だからねぇ」


 校門を出てしばらくして背後に学校が見えなくなると、川崎さんは付けていたヘアゴムを取り去ってポニーテールを崩した。無防備にも焦げ茶の長髪が肩にだらしなくかかる。取ったゴムを両手の指でもてあそびながら、彼女は私の愚痴に耳を傾ける。


「でも注意しにくいんだよなぁ」

「うそ~、あんな奴いっかいガツンと怒ったら簡単に怯むんだから」


 親目線のような口調でクラスメイトを語る川崎さんは、転校してまだ半年も経っていないと言うのに早々と私を追い越してクラスに馴染みきっていた。それは彼女自身の功績なのだし、私が妬む資格なんてない。

 私と川崎さんは無遠慮に響く下品な笑い声の方向へ、ほぼ同じタイミングで振り向いた。そこには足立くんと他クラスの子(顔は既視感があったが、名前は分からない)が大袈裟なジェスチャーを振り撒きながら歩いていた。


「出~た常習犯」


 川崎さんはわざわざ私に向き直って意地悪そうにほくそ笑みながら、また二人のほうを向いて「おーい!」と手を振る。

 最初に手を振り替えしたのは他クラスの子で、自分の話に熱くなっていた足立くんも彼の行動を見て私達に気付いた。


「おー、ふりょーおんなー!」

「不良じゃねーしぃ!」


 足立くんの無礼な返事にもなんなく対応をしてみせた川崎さんは、すぐにいつもの笑顔に戻った。どんな表情をしていても必ず最後には一つの笑顔に集束する、そんな一種の規則性のような彼女の表情変化は見ていてなんだか楽しい。


「学校だけ真面目にしやがって」


 裏切り者を見るような目で足立くんはそう吐き捨てる。きっとクラスでは綿密に整えている髪型を下校時間になると崩していることを咎めているのだろう。


「ん~、まあ泉ちゃんの前じゃ仕方がないねぇ。あんな人が近くにいたらさすがの私もこうピシッとしちゃいますよ~」


 「泉」とは清水さんの下の名前だ。川崎さんはこよなく彼女を敬愛しているため、何かとクラスでは上品に振る舞うようにしている(らしい)。

 水を差すようなことを言うが、きっと彼女なりに自分を面白い人にしようと取り繕っているのだろう。こんか風にひねくれた事しか思えない私は、彼女よりずっと、自分を良く見せることが下手だった。それが災いしたゆえの今までの人生なのだろうけれど。


「てかマジで安藤真海うぜぇー」

「そうそうコイツさっきからこれしか言わねえんだよ」


 足立くんの炎上した怒りの原因を隣の男の子が笑い話のように端的に説明した。今日の文化祭の準備での事を言っているのだと言う。


「まあ安藤がうぜーってのは、俺も同感だけどな。マジで今年はクラス離れて安心したわ~」


 そう言って彼はふはははと高らかに笑い、「ど~んまいっ」とからかうように足立くんの背中を軽く叩いた。足立くんは「くそがっ」と言って足元にあった小石を思いきり蹴飛ばす。石はでこぼこのアスファルトに何度も叩きつけられた後、まるで丁度いい避難場所を見つけたかのように近くの土手の隙間に入っていった。

 それをぼんやり眺めていると、足立くんは川崎さんを挟んで歩いていた私の方を顔を近づかせて覗き込むと「あぁ、お前だったんだな名取」と吐露した。さっきも思ったが、この人は私と言う一人の人間をそこまで認識していないのだろうか。まあ、こんな奴から意識されなくても何も傷付きはしないけど。

 話を途切らせては気まずいと思い、とりあえず私は「ひどー」とやる気のない返事をした。それで私の役目が終わってくれるならと思っていたのだが、彼は何故かしたり顔で、「てか安藤ウザくね?」と聞いた。


「え? う、う~ん……」

「はぁ? なんだそりゃ」


 私の曖昧な相槌に足立くんは首をかしげる。

 こう言う時、どちらか片寄った意見が出せたなら、私はきっと、これまでもこれからも苦労をすることはなかったのだろう。私は清水さんのように陰湿な悪口を正す勇気もなければ、足立くんのように他人を異端者だと切り捨てる度胸もない。私は中途半端にも、誰からも“良い人”だと思われてほしかったのだ。欲張りなことだ。


 考えてみれば、誰からも愛されて誰からも認められている人なんていない。皆、誰に嫌われるから誰かに好かれるし、誰かが認めないから誰かに認められる。


 だから私は思う。

 人並みに愛されたいと。

 人並みに認められたいと。


 けれど、何が出来るだろうか。意気込んではみたが、所詮はただの大道具リーダーだ。それはスターとはかけ離れている。

 足立くんがここにはいないクラスメイトに届くはずのない罵声を迷惑にも振り撒く傍ら、私は一つの道を見失った。

 川崎さんはどうだろうか。彼女はクラスメイトを守るのだろうか。あるいは、切り捨てるのだろうか。単なる興味を頼りに、私は顔を上げた。


「まあ私も安藤さん好きじゃないわ~。なんか自意識過剰って言うか、この前も……」


 特に何も感じはしなかった。

 川崎さんに落胆するでもなく、安藤さんに同情するでもなく、傍観者のような立ち位置で、ふわふわと浮かびながら空気に溶け込んでいくその言葉をただ眺めていた。




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