9.呪い
「リカルド王子、よくぞご無事で!」
目の前に現れた煌びやかな鎧を着た男性は、リカルド様を見るや否や、膝をつき頭を下げる。それに習って後ろの兵士たちも同じように膝をついた。
「頭を上げてくれ、レインズ。お前には心配をかけてしまった」
「いえ、私など、シリカ様に比べたら何ともありません」
「そうだ、シリカの容態はどうだ? 良くなったのか?」
リカルド様は、レインズという将軍に詰め寄りますが、レインズ将軍は、悲しげに首を横に振るだけです。話の流れからして、シリカ様というのが、リカルド様の妹様なのでしょう。
「わかった。シリカの部屋は向かおう。例の物を何とか手に入れる事が出来たんだ」
「それは本当なのですか!?」
「ああ、さぁ、行こう!」
リカルド様とレインズ将軍はそれだけ言うと、歩き始めました。兵士たちは後についていくようなので、私もついて行きます。
兵士たちは怪しげに見て来ますが、私はしれっとついて行きます。リカルド様の側にいて、リカルド様も何も言わないので、兵士たちも何も言ってきません。このまま行けるかと思ったのですが
「リカルド様、後ろについて来る女性はどなたでしょうか?」
流石に、将軍は私の事を放っておけなかったのでしょう、リカルド様に確認しています。
「彼女はシルエット殿と言って、私の命の恩人だ。ここまで、私を連れて来てくれた」
連れて来たというよりも私がついて来たのですが。まあ、今は関係ありませんね。私は見て来るレインズ将軍たちへと頭を下げます。
兵士たちは私を見て、にへらっと笑っていますが、レインズ将軍だけは、額から汗を流して私を見ていました。どうしたのでしょうか?
「レインズ、シリカの容態はどうなんだ?」
「あ、はい、シリカ様の容態は芳しくありません。ここ数日は食事も喉を通らず、水を飲むばかりになっています。もう自力で体を動かす事も難しく、毎日朝昼晩と侍女に体が固まらないよう筋肉を動かしてもらっている状況です。医者が言うには、このままでは……」
「わかっている! だが、それも今日までだ。月光花さえあればシリカは治る。久しぶりにシリカの笑顔を見れる」
そこからは、リカルド様は無言で進んでいく。足早になるのは仕方がありません。妹様の事を早く治して上げたいのでしょう。
そして歩く事数分。リカルド様たちはとある部屋の前で止まりました。扉の前には護衛のように女性の兵士さんが立っており、リカルド様を見ると驚きの表情を浮かべ、涙も浮かべていました。この方たちもリカルド様の味方のようです。
その侍女たちが扉を開けると、直ぐにリカルド様は部屋へと入ります。中に続くのは私とレインズ将軍のみ。兵士たちは外に待機だそうです。
そのまま中へと入っていくと、中には窓際に大きなベッドが1つあり、その側で赤髪の女性が、ベッドで眠る金髪の女の子のお世話をしておりました。
……これは。何日も食事をしていないので、痩せこけた頰や、衰えた筋肉のせいで、皮と骨だけになった手足。髪の毛も艶がなくなり、病弱しきって……ん? これは……
「リカルド様! ご無事で何よりです」
「心配をかけてしまったな、セシル。それから、ずっとシリカを見守ってくれてありがとう」
「いえ、これが私の仕事ですから」
「全く。だけど、これがあればようやくシリカを助ける事が出来る!」
リカルド様はそう言い、自身の持つ鞄から大切に保管してあった箱を取り出します。箱を開けると中から蒼く輝く月光花が出て来ました。その幻想的な花に、レインズ将軍とセシル様は感嘆の声をあげます。しかし
「リカルド様」
「ん? どうした、シルエット殿?」
「月光花ではシリカ様を助ける事は出来ません」
私の言葉にぼかぁーん、とした表情をする3人。無理もありませんね。唯一の希望だったものが効かないと聞かされたのですから。
1番初めに気を取り戻したのはリカルド様。リカルド様は、私に詰め寄ります。
「い、一体どう言う事だ? どうしてシリカを助けられないんだ!?」
「それはシリカ様に罹っているものが病では無いからです。月光花はほとんどの病を治す事が出来ます。しかし、病以外に対しては、何の効果もありません」
私の言葉にどういう事かわからないという風に皆様は見て来ます。答えは簡単です。
「シリカ様が罹っているのは病では無く、呪いです」
「な、なに?」
「セシル様。シリカ様の体のどこかに痣のようなものが無かったですか?」
「あ、痣ですか? ……そういえば腕に痣のような痕があったような。てっきりどこかにぶつけてしまったものだと……」
セシル様の話が終わる前に私はシリカ様の布団をめくります。リカルド様たちがいるところでこんな事はしたくはありませんが、今は許して下さい。
まず右腕の袖を捲ります……無いですね。反対側に回って左腕の袖を捲ると……ありました。花が咲いたように広がる痣。8分咲きといったところでしょうか。
「そ、それが呪いなのか?」
「はい。しかもただの呪いでは無く、人を生贄にして、他者へと呪う厄介なものです。あと数日でシリカ様は亡くなるでしょう」
「なっ!?」
私の遠慮無しの言葉に、リカルド様は膝をついてしまいます。レインズ将軍は悔しそうに拳を握り、セシル様は涙を流しています……あれ? どうしてこんな暗い雰囲気に? 話には続きがあるのですが。
少し話しづらくなった雰囲気に足踏みをしていると、リカルド様は私を見て来ます。
「シルエット殿、どうかシリカを助ける事は出来ないだろうか!? 頼む! 私に出来る事は何でもする! だから……」
「出来ますよ」
「シリカを助……えっ?」
「皆様、下がっていて下さい。いきます、セイントリフレクション」
私が魔術を発動すると、聖なる光がシリカ様を包みます。光がシリカ様を覆い尽くすと、パリンッ! と何かが砕ける音がして、光の中には黒い靄が包まれていました。そしてその光は何処かへと飛んでいってしまいした。
「な、何が起きたのだ?」
「私の魔術で、呪いを術者に返しました。しかも、シリカ様にかかっていたものより効果を重くして。これで術者は解呪しない限り、出てこないでしょう」
それから私は、シリカ様に色々と魔術をかけていきます。体力を回復させる魔術など色々と。
「あ、あなたは一体……」
リカルド様たちは、困惑とした表情で私を見て来ます。私ですか? 私はただの田舎者ですよ。




