■第九夜やん:俺たちがヤロジマン
「「うおおおおおおおおおおおおっ!!」」
オレとゲンは吼えながら先を争うようにして出口に向かった。
ゲンが叩き込んだ言弾は、オレのトランクにしまいこまれてた寝言満載の呪符やらノートやらを数百枚貫通、綴られた物語をめちゃめちゃにしながら消滅した。
そのあと巻き起こった大爆発は、だから、黒づくめどもが行った部屋の破壊など、比べ物にならない威力を持っていた。
なにしろオレが抱えてた全弾頭と、ゲンの言弾が化学反応を起こしたのだ。
オレたちの業界では、こういう言語闘争とその暴走現象を「売り言葉に買い言葉」と表現することがある。
とにかく、書きつけられていた強力な寝言を、ゲンの弾が貫通しながら破壊して、それが連鎖反応を起こし、周囲の現実を爆発的に侵食したのだ。
オレが憶えているのは、ゲンが廊下の手すりを飛び越えた瞬間と、そこに呼応するようにドリフトかましながらめちゃくちゃな運転で突込んでくるくろがね四起の姿──そして、背後から押し寄せる圧倒的な光の幻覚だけだった。
ドンッ──と寝言に負けた現実が爆ぜ、世界がホワイトアウトした。
遅れて、無数の、異化した、そして強力な寝言の破片が背中や頭に突き立つのを、オレは感じた。
※
「あー? クロウたちがやられたあああ? オメーなにいってんだ? たかだかオッサンのひとりやふたり──ちゃんと奇襲したんだろな? ああ? 臨界崩壊? チッ、なんだ、やつら廃人になっちまったのか」
スーツ姿の報告に、ヘヴィデューティな軍用ブーツに身を固めた男はぞんざいに答えると、床に唾を吐き捨てた。
フード付きのパーカーをまとった男に、スーツ姿がポラロイド写真を渡す。
現場ですぐに現像可能なこの使い捨て型カメラは、現在のオーサカにおける撮影物の主流を占めていた。
インスタント、と呼ばれていたこともある。
そして、そこに写っていたのは、強力な言語化装甲を貫かれ、無数の寝言に侵食汚染されたふたりの男たちの、掲載不可能な……そのう……姿であった。
「どうした、ガイ。なにがあった?」
分厚いマホガニーのテーブルのうえで寝言銃をバラし、点検を行っていた男が訊いた。
かたわらに置かれたウィスキーグラスのなかで溶けた氷が、からん、と音を立てる。
ダブルどころかトリプルほども注がれたその中身は、ウーロン茶のストレート。
通称:漢たちのバンカー。
いくらあおっても泥酔しない、ハードボイルドを演出したい男たちの友だ。
なぜか、部屋のなかを白い鳩が数匹うろついているのは、男のこだわりかもしれなかった。
「いや、なに。失敗したらしいぜ、クロウのやろう」
数枚の粒子の粗いポラロイド写真をテーブルに滑らせ、ガイと呼ばれた男は、また吐き捨てた。
全身に漫画の描かれた言語化装甲をまとった男たちが、とても描写不可能な姿で、寝言に貫かれ写っている。
「ぷっ。たしかに、こりゃあ掲載不可能だ。再起不能だな、クロウのやつ」
ガイが思わず吹き出した。
「ふん。だから、侮るなといったのに。クライアントの言うままに、安い弾を使うからだ。オッサンとはいえ、相手は寝言師だぞ。それに……あの柔毛ダイスケの相棒だ。……舐めるからそうなる」
冷静に分析すると、男は漢たちのバンカーをちろり、と舐めた。
効くな、やっぱり、コイツは。
そうひとりごちる。
「クロウのマヌケやろうが。ケッ、オレたちヤロジマンの顔に泥ぬりやがって。……で、どーすんだよ、タツヒコ」
「萌杉にはオレのほうから話は通しておく。〆切りを伸ばしてもらおう。……もちろんこのまま済ませるわけには、いかねえさ。オレたちの稼業じゃあ、メンツというのは信用と同義だからな。ナメられたまま、済ませるわけねーだろが」
「そー言うと思ったぜ。俺たち地下同人組織:ヤロジマンの看板に傷をつけてくれたんだ……オトシマエはキッチリつけてもらうぜ」
言いながら、ガイと呼ばれた男は腰にぶら下げたホルスターから、目にも留まらぬ速さで得物を引き抜いた。
そこには彼専用にカスタマイズされた、特異なシルエットを持つ 笑かし棒がある。
十手を思わせる形状のそれを、男──交奇知ガイはぺろり、と舐めた。
その間にも、タツヒコは卓上のトランシーバーに手を伸ばし、クライアントたる萌杉に連絡を取る。
「ええ、ああ、そうです。報告があったとは思いますが、うちの若いのがふたり、ええ、やられました。ドーゾー」
「話は聞いているよ……タツヒコ君。不手際だったな。ドーゾー」
年齢的にトランシーバーなる機材がなにか、よくわからない人類たちに軽く説明しておくと、これはいわば携帯電話、スマホの前身、あるいは先輩といえる機材である。
厳密にいうと別系統樹に当たるテクノロジーなのだが、現在のオーサカにおいて、遠隔連絡手段としてこれほど優れたものはない、というのが実情であった。
特徴として送信側と受信側を切り替える必要があり、それはタツヒコと萌杉が会話の最後につける「ドーゾー」によって融通しあうように、確認を取り合いながら交互に行うのが、通例であり礼節であるとされた。
ちなみにだが、現在、ふたりの男が扱うトランシーバーは軍用のものではなく、異世界衝突当時に、雑誌付録として使われた技術が応用されており、送受信範囲が強化されたバージョンであった。
「ええ、ですから……今回のこの不始末の尻拭いは、こちらがします。ですがね、萌杉さん。わたしが最初に言ったように、弾をけちるべきではなかったんですよ。……やつらはあなたの想像以上なんです。こんどは完全にウチの流儀でやらせてもらいたい。ドーゾー」
「それは構わんが、絶対にあの娘──エルフを傷つけてはならん。今回のような世界観侵食事故に発展するようではならん。確約できるのか。ドーゾー」
「もちろんですよ。こんどはわたしたちも本気だ。こちらの流儀でさせてもらえるというのならね。ですが、そのためには、少し部数を上乗せしてもらわなきゃならんかもです。一〇〇〇部とは言わない。しかし八〇〇は。ドーゾー」
「高すぎる。五〇〇で手打ちだな。ドーゾー」
「いいでしょう。七〇〇ですね? ドーゾー」
タツヒコの駆け引きに、舌打ちひとつ、声だけの存在る萌杉は了承を伝えると、通話を切った。
ちなみに、トランシーバーの送受信領域はどれほど強化されているといっても百メートルくらいである。
つまり、そのへんにいるのだ。
でてこい。
そんなタツヒコの心中の悪態が聞こえたのかどうか。
ガイが唇の端を歪めて言った。
「話はついたみてーだな。臨時ボーナスありかよ! へっ。なあ、タツヒコ。こんどは俺たちでヤろうぜ。この仕事、正直退屈すぎてキョーミなかったんだが、気が変わった。オッサンども、なかなかやるじゃねーか。俺の笑かし棒が疼いてしかたねえ」
「ふふ、火がついたようだな、ガイ。そうさ、ヤツらはハンパじゃない。見ろ、俺の胸に刻まれたこの落書きを。くくく、柔毛ダイスケ、まってろよ──おまえにも書き込んでやるぜ……この屈辱をよ」
言いながら、胸元をはだけて見せる男の名は──厄紋タツヒコ。
そして、その言葉どおり、男の胸には無残な落書きのあとが、クッキリと残されていた。
おそらくは特殊な水性ペンによって記されていたのあろうそれは、数年経ったいまでも、ハッキリと筆跡のわかる文字で、こう書かれていた。
──彼女つくれよ、と。
「忘れるわけがねえだろが……あの日の勝負をよ」
小さく囁く男の背後で、パタタタタッ、と鳩が舞う。
なんと、すべてはこの演出のための仕込みであったか。
謀略に長けた同人のプロ、それも地下活動を主とする男の本性が垣間見える。
地下同人集団:ヤロジマンを率いる男:厄紋タツヒコ。
彼女いない歴=年齢。
ただいま、絶賛彼女募集中の男であった。




