■第八夜やん:震える棒
※
「ねえ……ゲン」
「どうした? 震えてんのか? 寒いなら、毛布に包まってろ」
「ううん、そうじゃなくて……なんだろう……悪い予感……悪寒がするの」
よう、オレだ、ゲンだ。
トビスケの野郎がメインカメラなら、オレはどちらかというと場面の裏方を担当する。
つまるところ、トビスケのヤローが画面にいないときの補助カメラの役割だ。
むかし、なんとかって映画監督がそういう試みをずいぶんしてたんだが、忘れちまった。
ユー、ダイスケ、ノーミソタランティーノ?
じゃっかっしいわ!
相棒:トビスケのミソよりは足りてるよ。
それでまあ、どういう因果の巡り合わせか、エルフの娘っ子:エリスを拾ったオレたちは、真冬の、雪降りしきる阿倍野アベニューの路肩に愛車を止めて、ドンパチの道具を取りにいったトビスケを待っていた。
ちなみにココ、むかしは魔法的な商店街があったんだぜ?
信じられるかよ?
ともかく、走破性とか機動性は抜群の我らがくろがね四起だが……ちっと、真冬の路上駐車で待機には向かないマシンだ。
暖房も、ない。
エリスが震えてんのは、そのせいか、とも思ったんだが。
「悪い予感?」
「うん……これ、わたしたちの世界でも感じるヤツだ」
「異世界側で、だと?」
両肩を抱いて、震えながら言うエリスをバックミラーに認めたオレは、すぐに異常に気がついた。
ハンパではない汗が、蒼白になったエリスの額に吹き出していた。
「どうした、すごい汗だぞ? 熱でもあるのか?」
振り向き声をかけたオレに、エリスは噛みつくように言ったんだ。
「ゲン! トビスケが危ないわ! これ、この感じ──黒歴史よ!」と。
※
「うおっ」
喉から獣じみた咆哮が迸る。
オレは扉を開けて現われた二体目の黒づくめが振った斬撃を転がりながら躱した。
寝言銃を放つヒマはない。
ゲンならともかく、オレは寝言の専門家であって、荒事のそれではない。
高速振動する刀身が鼻先を掠めすぎていった。
「笑かし棒……かッ?!」
言いながら必死に転がるオレに対し、二体の黒づくめは確実に獲物を捕らえる猟師めいて、両手に震える凶器を構え、ゆっくりと包囲を狭めてきた。
高速振動剣、という単語でピンと来たヤツはたぶんSF者だと思う。
超高速で刀身が振動し、その振動で相手の武器や装甲を切断し、大ダメージを与える兵器だ。
ものによっては振動によって摩擦熱を発生させ、それによって対象を融解させる、なんて設定もあったな。
そしていま、オレの眼前を掠めすぎたいった笑かし棒は、ある意味で、その架空兵器の一種と言えた。
内臓バッテリーにより起動。
刀身表面に施された起毛と練りつけられた寝言がそれによって反応し、凄まじい笑撃力に変換される。
起動時には、高速で震える刀身……いや、正確には刃はなくて、棒状の装置なんだが……がまるでモザイクがかかったように、視認を困難にする。
もともとはジョークグッズから発展した……とここでピンと来るヤツは、もしかしたらSM者かもしれない。
いいんだ、カミングアウトする必要は、ない。
それでつまり、その架空兵器めいてヴヴヴッ、と唸りを上げる凶器はしかし、ジョークでは済まされない威力を備えていた。
笑撃力、と字面だけみると失笑してしまうような単語だが、じつのところべしゃり(※注:ここでは喋り、程度の意。寝言師たちの隠語)を生業とするオレたち寝言師にとって相性は最悪といってよい武器だった。
なにしろ、コイツを叩き込まれると、あまりの笑撃力に笑いが止められなくなり、まともに喋ることなど不可能になる。
正面から喰らえば、床で笑い転げ、当たり悪ければ悶絶、最悪、呼吸困難にさえなりかねない。
非殺傷兵器に分類はされていても、オレたち寝言師にとっては致命的過ぎる得物だったのである。
「くそっ、こいつら……対言語闘争のプロかッ?!」
言論を封じる、というのはオレたち寝言師を相手にするときの基本戦術だが、ここまで徹底してくる相手はそうはいない。
こりゃあ、どっちかっていうと同人サークルよりも戦争屋のやり口だ。
つう、と脇の下を季節外れの冷汗が流れていった。
笑かし棒。
そして、ゲンの大口径寝言弾を凌ぐ言語化装甲……これは。
「おまえら……まさか……黒歴史側の人間か」
とオレが唸り、それを聞いた奴らが一瞬、嘲笑うように構えを変えた瞬間だった。
ダダダダッ、という足音とともに何者かが部屋に飛び込んできた。
そして、間髪入れずに銃声が鳴り響く。
二発、三発、四発──。
頭上で大口径の寝言銃ガンの発射音が鳴り響き、頼もしい援軍が駆けつけてくれた。
「トビスケッ!! トランク拾えッ!!」
ドア付近の一体にダブルタップをかまし、オレを守るようにもう一体の黒づくめとの間に肉体を差し入れると、移動しながら一発、さらにもう一発、撃ち込みながらゲンが飛び込んできた。
「だいじょうぶかッ?! やられてねえか?!」
ふー、とゲンが息をつく。
真っ白な呼気が、真冬の室内にもやを作った。
ふつうだったら、この的確すぎる反撃で黒づくめたちは全滅。
オレは「おせーんだよ、バカ」とか言いながら、タバコに火をつけていたことだろう。
だが、今夜の相手はそんなに甘くなかった。
「ゲンッ、まだだッ、そいつら、動くぞッ!!」
叫ぶが早いか、オレはゲンの脇の下を抜けるように寝言銃を放った。
ギャヒイッ、と漫画の効果音そっくりに火花を散らし、ゲンの背後で立ち上がりかけた黒づくめがよろける。
「なんだあ?! こいつらッ?!」
「黒歴史だッ!! こいつらの武装はッ!! 理論武装だッ!! 間違いねえッ!」
「黒歴史だああ?! そりゃあ、禁忌のはずだろッ?!」
「口論してるヒマはねえッ!! こいつらッ! 同人のッ!! プロだよッ!!」
ゲンとカラダを交差させながら、オレは振われる笑かし棒を銃把で受け止める。
くっそっ、手元で振動してるの見てるだけで、口元が笑いのカタチになっちまうッ!
自分の言弾が通じなかったことに気がついたゲンは突き込まれたそれを掻い潜り、敵を投げる。
「トビスケッ! ずらかるぞッ!」
「ちっきしょう、しょうがねえええええッ!!」
互いの連携が造り出した隙をオレたちは逃さなかった。
ゲンが至近距離で、立ちふさがる黒づくめに一発食らわせる。
さすがの衝撃に、ぐらり、とよろめいた黒づくめに跳び蹴り一発、オレは活路を切り開いた。
「もったいねえが──許せよ」
そして振り向きざま、持ち物のトランクにありったけの弾を叩き込む。
物質にはまったく効果を発揮しない寝言だが、寝言による錠前は話は別だ。
残弾すべてを叩き込まれたトランクの錠が弾け、その内側にしまいこまれてきたオレの手持ちの言語兵器すべてが露になった。
「ゲン、やれッ、かまわねえから、叩き込めッ!!」
廊下に転がり出るオレとゲン。
至近距離での直撃弾を喰らったにも関わらず追撃を諦めようともしない二体の黒づくめが入口に殺到してくるのと、ゲンの寝言銃が咆哮を上げるのは、同時だった。
あの……いろいろスミマセン。
フィクションなんで、その、あの……すみません