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■第五夜やん:おかしくも、やがてかなしき、くっころ

 

「人間に──憧れていたことが、ある」


 悲痛な声音でとつとつと語られるエリス嬢の回想を、オレは針のムシロの上に正座させられているような心持ちで聞いた。

 

 たしかに、恥ずべきことであった。

 いかに、純粋な、あくまで純粋な知的好奇心の充足を目的とした、完全に、まったくの学術的目的とはいえ、秘匿してきた愛蔵書のタイトルを言い当てられ、あまつさえ、そのショックで周辺域にあたる書籍群を相当量所蔵していることを、オレは自白してしまったのだから。

 この気持ちを、男性諸氏にあっては、きっと共有してもらえるものだと信じている。

 

異世界あっちにも、人間はいるのか」


 ひっそりと涙を流すオレを尻目に、ゲンはエリスへの事情聴取を始めた。

 ちなみにだが、さすが元プロの寝言屋だ。

 その質問はかなり鋭いところを突いている。

 異世界に人間はいるのか。

 この問い掛けは「アンタ、将棋を指したことがあるか?」という質問に近い。

 つまり、同じルールで話ができるのか、という前提確認だ。


「いや、いない。もう、いない、というべきか。創造神の似姿として生まれた人間は、神々が世界を去ったあと、潮が引くように境界線の向こうへと行ってしまったという。彼らの優れた文明とともに」

「ああ、異世界側じゃ、人間はもう衰退したんだな」

「神話の向こう側に去った、というべきだろうな」


 どういうキャラ性間力学が働いたのかわからないが、驚くべきことに、ゲンとエリスは知的な会話を交わしている。

 貞操を奪い合いそうになった間柄が、このように短時間でまとまったというのは、ひとえにオレのショック療法というか、ショックandオウ作戦というか、とにかくそういう感じの策がキマったからに、ほかならない。

 つまり、共通の敵としての広域成年指定同人サークル:クッコローネの存在と、現実の脅威としての具体例──オレの愛蔵書が与えた脅威、というやつだ。

 ツッコミはわかるが、そういうことにしておいてくれ。

 

 いいなあ、と輪の外でオレは思う。


 しかも、冷静に話を分析すれば、驚くべき設定がさらり、と出てきているではないか。

 なるほど、エリスたちの世界にはもう人間はいない、らしい。

 オレたちの思い描く異世界の多くが「人類世界前提」であること自体が、すでに先入観的な誤りの第一歩だと、思い知らされる。

 そんな感じで知的な会話にオレは交じりたい。


 だが、現実のオレ、トビスケはというと完全に痴的生命体の烙印を押され、ふたりに背を向けるようにうなだれたまま、暗い駄菓子屋店内を眺め、ラムネをあおっている。

 目元が濡れるのが止まらない。

 もしかして、オレ、泣いているの?

 ふたりの会話は続く。

 

「ずいぶん、昔に去ってしまった種族、か。だが、なんでエルフのお嬢様が、人間なんぞに憧れを抱いたりしたんだ」

「まず、神話があった。神々の似姿だぞ? 興味を持たない方がおかしい。……それから、出会いがあった。本、いや、物語、というべきかな」


 物語、という単語の登場に、ゲンが興味を持ったのがわかった。

 コイツはむかし、物書きを目指していたことがある。

 すこしばかりだが、同人活動をかじった経験もあるらしい。

 なんとか、というサイトに投稿してた時代もあったそうな。

 もちろん、異世界が激突してくる前の話だ。


「本? どんな」

「う、ん……その、だな、人間の騎士とエルフの娘が種族の壁を超えて、愛を育むという、だな。あ、あと、人間たちの機械文明も出てきた。空を鳥のように飛ぶ機械とか、空中要塞とか」

「ふむん。古代文明に関わる神話かなんかか」


 ちらっと、エリス嬢の態度に照れが乗ったのが不思議に感じたオレだったが、いまくちばしを突っ込むとろくなことにならない予想があった。

 ここはゲンに任せ、スルーすることにする。

 いたずらに相手の羞恥心に手を突っ込むと、元も子もなくす。

 キャラ間の関係性というのは、むずかしいのだ。


「どうだろうか。それらは新たに発見されたのだ。破壊された祖先の墓所の奥から。いや、正確には、突如として我々の世界に現われた、というのが正しいのではないか──激突してきた こちらの・・・・世界観から、放り込まれたのではないかとわたしたちは見ている」

「世界観衝突──か。おい、だな、トビスケ」

「なんだよ聞いてるよ、それより変なんだよ、涙が止まらねえんだよ」


 いや、オレだってプロだ、泣きながらだって話は聞いている。

 異世界あっち側に放り込まれた現実こっち側の物語フィクション

 そういうことだってあるだろうな、とは予測は立ててきた。

 つまり、かつてオレたちの世界に溢れていた物語フィクションに、まったく予備知識のない状態で異星、あるいは異世界の知的生命体が接触したとき、はたして、オレたちの文明はどのように伝わるのか。

 あるいは、伝わらないのか。

 さらには伝播された情報が、それら異種知的生命体とその文明に「いったいどのような変化を起こすのか」について、だ。

 情報はウィルスのように対象に感染し、その思考を変化させるものだからだ。

 

 エリスのいうところの原本が手元にあれば、もっとはっきりしたことが言えるのだが……ともかくも、それら一連の事件が、世界線上のエイプリルフールとオレたちが呼ぶ、世界観同士の衝突によって引き起こされたことには間違いがないだろう。

 

 じつは、異世界がオレたちの現実に追突してきたあの日──追突してきた側は、ではどうなったのかという問いかけは、長い間、世界中の科学者や宗教家たちが観測と仮説、推論をぶつけ合ってきた、まさしく世界最大の謎だった。

 

「やっぱり異世界あっち側でも事件が起きていたんだな」

「世界法則の乱れ。怪異現象の頻発。それが年を追うごとに頻度を増してきている。ふたつの世界は衝突後もその距離を縮めあおうとし、互いの世界観を侵食しあっている、というのが我々のエルフを始めとする賢人会議が導き出した答えだ」

「賢人会議」

「なんだバカにするのか」

「逆で。オレたちの政府みたいに、ろくな調査も手も打たず右往左往しながら九年も過ぎちまった例もあるのにな、って話でね。感心したのさ」

「それでも判明したことは微々たるものだ。互いの世界が衝突したのも、侵食が止まらないのも、それを望む心が、引力に《ちから》を与えているからなのではないか、という仮説に辿り着いたにすぎん」

「異世界の侵食を望む心、か。仮説にしても、そりゃあ、ずいぶんとブッ飛んだ話だな。だが、寝言と一蹴するには、リアリティがありすぎる。なにしろ、異世界はすでに激突していまってんだからな。なあ、トビスケ、どう思うよ。いつまでも泣いてるなよ」

「うるせえっ。もう泣いてねえよ!」

「泣いてんだろ。ホレ、ティッシュ」

「うん、あんがとね。いや、そうじゃなっくてな! あー、たしかに、そいつは盲点だったかもしれねーな。なるほど。異世界の侵食を、だれか、しかし、大勢が望んでる、と」


 オレは盛大に鼻をかみながら、話の流れを肯定した。

 ありえる話だなあ、と。

 ゲンのやつも鼻を鳴らす。

 

「こころあたりが、あるのか?」


 まだ警戒心を解いたわけではないが、専門家としてのオレの能力は認めてくれているんだろうエリス嬢が向き直って訊いてきた。

 オレはラムネを飲み干すと、懐古趣味的なガラス瓶のなかのビー玉を見つめながら言った。

 

「たしかに、あのころのオレたちの現実は、異世界あっち側へ逃げ出したくなるほど、キツかった、てのはあるかもしれないな。娯楽にあらわれる指向性が、世相の反映だってんなら。社畜なんて単語は、世界のどこ探したって、ここにしかねえかんな」

「社畜?」

「民主主義の法治国家に生きていたはずなのに、家畜や奴隷みたいな人生だ、って自嘲の言葉さ──異世界が衝突してくれたおかげで、たしかに、その言葉は、オレたちの世界からは消えてなくなった。旧い社会を維持する意味がなくなったからだ」


 まあ、それはともかく、とオレは立ち上がり、土間に据えられた水冷式冷蔵庫から人数分のラムネを確保しなおすと、エリスに向きなおり、言った。

 

「だとしたら、エリス嬢、アンタがこちら側に召喚された理由ってのも、そこに関係があるかもだ」と。


 どういうことだ、とエリスは、急き込んだ様子で、ようやくオレと正対して言葉にした。

 オレは歩み寄り、ラムネを置くと、たたきに腰掛けてまた背を向ける。

 まあ聞きなさい、とどっかの民俗学の真祖めいて促した。

 

「アンタがたエルフが辿り着いた仮説というか、推論というのはね、案外と的を射ているんじゃあないかと、オレは思うわけさ」

 背中を向けたまま、首だけを巡らしてオレは言った。

「つまり、わたしがこちらに来てしまった理由と、わたしたちの世界とおまえたちの世界が、結びつきをより深めようとしている現状と、という意味か。異世界を望む心が、世界を衝突させた、という仮説をか」

 つりこまれるように、エリスが返す。

「あたり。まあ、飲みなよ」


 言いながらオレはラムネの栓であるビー玉を押し込んだ。

 じゅわっ、と掌を甘みを含んだ炭酸の飛沫が濡らす。

 

 あー、もしかしたらだが、若いヒトのなかには、このタイプのラムネをしらねえヒトもいるかもだ。

 だから、ちょっとだけ説明しよう。

 昔のラムネは総ガラス製の瓶に入っていて、その栓の役目はビー玉と呼称される球体が務めていた。

 こいつを椎茸を潰したみたいな形状の道具で「ラムネのなかに」押し込んで、栓を開けたんだ。

 がこり、という音とともにしゅわわわっ、と強い炭酸の泡が青味を帯びたガラス瓶のなかを駆け上がってくる様は、なんというか、言葉にできない清涼感を与えてくれたもんさ。

 まあ、いま、まさにシーズンは厳冬期なんだけどな、オーサカ。

 ホントは酒が欲しかったが、このあとの展開を考えると、これ以上アルコールは入れられない。

 どーでもいいが、さむっ。

 

「オレたちの側の連中が、異世界を・・・・切望している・・・・・・というのは、たぶん、間違いないのさ。なんというか、あの出口のなかった現実に風穴を開けてくれ、という願望は、《ねがい》は、さ。ミサイルでもなんでもかまやしない、洗いざらい更地にしてくれ、ってな。間違いなかった。……おっと、身内の恥を聞かせちまったな」

「身内の……恥?」

「オレたちのくにに暮らしてた何割かの人間は、たしかに世界に穴を開けて欲しい、って願ってたのは間違いないって話だよ。まあ、もっと言うとさ。オレを始めとして、こちら側の人間には、アンタがたエルフの皆さんに尊敬してもらったり、憧れてもらったりする資格のある連中は、ほとんどいなかった、って話さ。そして、それを内心にしろ知ってて、恥じていた。そういう時代だったんだ」


 ただね、だからこそ、さ。

 やれやれ、とオレは自身の性癖を笑う。

 こうやって語り始めると、止まらなくなるんだよね。


「ただ、だからこそ。オレたちには、そんな資格がないと内心にしても知ればこそ──強く願うココロは《ちから》になる。つまり、すべてをゼロに戻して、リスタートできたなら、こんどこそ巧くやってみせる、っていうな。だから、すべてをリセットしてくれ、っていうな」


 ゴクリ、と喉を鳴らしたエリス嬢の心の動きが、オレにはよくわかった。


「どーしても、どーしても、アンタらが欲しい・・・。そういう想いが、もしかしたら、異世界あっち現実こっちを繋げちまったのかもな」


 オレたちニンゲンの願望が、エリスたちの世界をムリヤリこちらと繋いじまった、だなんて、そりゃあ本物のエルフであるエリスにしてみれば、ホラー以外のなんでもないだろう。

 ただ、オレには、いま、自分自身が語る推論が真実を穿っているのではないか、という確信がこのとき、たしかにあったのだ。

 

 怪談めいたオレの語りに、喉が渇いたのだろう。

 エリスがラムネを傾けた。

 だが、ひとくちふたくち飲んだところで、ぐ、っと喉を詰まらせたように瓶を離す。

 

「ははっ、ビー玉を詰めたな? そいつはアレだよ、瓶のなかに、こう、なんというんだ、ふたご山めいた出っ張りがあるっしょ? 双丘っていうの、詩的表現では? それに玉をひっかけて……おっと、こいつはいけなかったか?」


 つまるところ、飲みたいと願っても、うまいことコントロールするやつがいなきゃ、《通路》つうのは繋がらねえって、話でね。

 

「賢人会議のみなさんの推論や、オレの仮説が正しかったとしても、どっかでこの《通路》をコントロールする術が無けりゃ、簡単にはいかん、とオレは思うのさ」


「トビスケよ。仮説と推論も重要なんだが……もうちょっと具体的な話を聞きてえな、オレとしては」


 荒事を担当するゲンからすれば、興味はあれど、この手の話は雲を掴むように思えるところもあったのだろう。

 たしかに、現状を把握するという意味でその主張は正しかった。

 

「どうやってそれを可能にしたのかは、さておき。エリスの嬢ちゃんよ、結局、連中がアンタを召喚したところの目的ってーのはなんなんだ?」


 ずい、と身を乗り出してゲンが訊いた。

 たしかに。

 それを把握しているかどうかで、こちらの手の打ち方も変わってくる。

 詰まるとこと全面対決なのか、対話・交渉可能なのか。

 そこんところをはっきりさせなければ、いかに旧体制は崩壊したといってもまだギリギリ社会性のなかに生きているオレたちとしては、生存の術がない。

 

「じつは、よく……わたしにもわからないのだ。ただ、その、なんというか、カルト的な、宗教儀式めいたなにかに参加を強要された」

「カルト、と来たか」


 むう、とゲンは唸り、やっかいな、とオレも漏らす。

 じつのところ寝言と宗教の相性は恐ろしいくらい、よい。

 対象の頭のなかに物語を送り込み自在に操る。

 しかも、物理的証拠は一切残さない。

 そういう手管が、勧誘や集会において使用されたらどうなるか。

 

 まあじっさい、昔々、バブルなんて言葉が現実のものだったころは、一流どころの企業もずいぶんとこのノウハウを使って社員を「教育」していたという現実がある。

 

 あんまりツッコミすぎると、別の話になっちまうんで割愛するが、そういう時代にもオレたちの仕事はあったって話だ。

 

「それで……話しにくかったら無理にとはいわねえが……お嬢がなにされたのか、聞かせちゃもらえまいか」


 お嬢、とエリスを呼んで、ゲンがズバリ、本質へと切り込んだ。

 相手のプライバシーにも配慮しなければならないが、回り道をしている時間がオレたちにはない。

 それにもし、あるキーワードをきっかけに発動する潜伏型の寝言をエリスが仕掛けられていた場合、事態は最悪の方向へ転がることとなる。

 恐ろしく手間と費用のかかることだが、事例がなくはない。

 なんとしても、そのあたりは把握したいというのが本音だった。

 

「その、まず……着せられた!」

「「き、着せられたッ?!」」


 あまりに意表を突いた展開に、オレもゲンも急き込んでおうむ返しに訊いた。

 カルトめいた怪しい儀式、そこに来て「着せられた」とは?!

 

「な、なにを?」

 なにか、あれか? エッチな方面か? そうであればゾーニングの措置を講じなければならないオレである。

 だが、エリスの答えはその百八十度反対側にカッ飛んでいた。

 

「重甲冑をだ! それもあろうことか、冷たい鉄製の!」

「おうふ」


 冷たい鉄、というなんともノスタルジーを掻き立てる単語の登場に、思わずオレもゲンも声にならない呻きを上げた。

 

「ひさしぶりに聞いたぜ」

「やっぱいいな、ファンタジーは」 

「本場の冷たい鉄はひと味違うよな」

「???」

「ああ、話の腰を折って済まなかった。ところで、異世界のエルフにとって冷たい鉄、というのはやっぱり」


 忌み嫌うようなエリスの表現から薄々感じ取ってはいたが、やはり確かめずにはいられない。

 オレは素朴な質問をぶつけて見た。

 

「魔法の使用を阻害したり、とか、あるんだろうか?」

「もちろんだ。我々が身に付けていて魔法行使の妨げにならない金属は、銀か真銀ミスリルのみ」

「おうふ、ミスリル」


 怪訝なものを見るような目で、オレたちふたりを見て、エリスが口元を押さえた。

 

「おうい、出てきたぞ、架空金属が」

「ばっか、おめえ、エルフがいるんだ、ミスリルだってあんだろが」

「原子番号何番よ。元素記号どんなんよ」

「なんだか、クッコローネの連中の狙いがわからんでもなくなってきたぞ。そりゃあ、ミスリルやらアダマンティンやらヒヒイロカネが実在するなら、こりゃあ、あらゆる分野で産業革命が起こんぞ!」

「薬もッ! 魔法のおクスリもッ!!」

 

 いけないカンジにヒートアップしたオレたちの姿に、恐怖を覚えたのだろう。

 エリスが後退るのが目の端に留まった。

 

「や、まってまって、いまのなし。つか、そうじゃなくて、これはオレたちの職業病で。ね?」

「オマエたち人間は……やっぱり、そういう種族なのか?」

「や、うーん、否定するのはむずかしいんだけどさ……なんていうか、エリス嬢の話には、スゲー希望があるんですよ」

「侵略と略奪の言い換えとしての希望・・だろう」


 冷たい声で言い返したエリスに、反論したのはゲンだった。

 

「最終的判断は、アンタにまかせるが……行きずりの成り行きで、ヤバすぎるヤマを踏むことになったオレたちとしては、ちょっとぐらい夢を見たい、ってだけの話でね。オレたちがむかし憧れた異世界、ファンタジー世界が実在して、その住人が話してくれてるんだ。興奮したことを否定はしない。あとまあ、実際のところ、ヤバいヤマに見合った現実的な報酬は、欲しい。単なる人助けという線を、コイツはもう、踏み越えちまってるんだ。だが、最初に言ったようにオレたちは、すくなくともアンタに危害を加えたりはしない。それから……なんとかしてやりたいとも思っている」


 だから、話してくれねえか。

 いったいオレたちがどうしなけりゃならないのか。

 そして、アンタがどうしたいのか。

 それをハッキリさせるためにも。

 

「頼むよ」


 そう言って頭を下げたゲンの態度に、かたくなになりかけたエリスの心も、すこしほぐれたのだろう。

 すこしずつ、言葉をたぐり寄せるようにして、エリスは語りを再開した。

 

「ともかく、わたしたちエルフにとって、鋼鉄製の甲冑は防具ではなく拘束具のようなものだ。力を奪われるし、魔法も動きも阻害される。実際にそれを着るよう強要されたわたしは、祭壇のうえで、身じろぎするのが精一杯だった。それから」

「それから」


 簡潔にオレたちは先を促す。

 よけいな合いの手は、互いの不信感を助長するだけだ。

 だが、聞き出さなければならない。

 クッコローネの連中が、華奢な美貌のエルフに鋼鉄製の甲冑を着せたあげくに、いったいなにをしたのか、だ。

 だって、話が進まないじゃない

 

「それから──読まされた」

「よ、読まされた? なにを?」 

「本だ」

「本?」

「すごく薄かった」

「すごく薄い本?!」


 オレたちは顔を見合わせる。

 薄い本といったら、オレたちの業界では、それはひとつしかない。

 ダメすぎる予感しかない。

 

「まさか」

「何冊も、何冊も、わたしたちエルフの姫騎士が陥落する話を、毎日、毎日……」

「その後は」

「それだけだ。奇妙な煙の立ちこめる祭壇とその周りを十重二十重に囲んだ黒いローブ姿の連中が、奇妙な祝詞をあげる場で、音読を強要されたッ!」


 げはあ、とオレは架空の血を吐いた。

 なんてこった、とゲンのやつもそらを仰ぐ。 

 

「それで、耳の穴のタイトルを知ってたんだなあ」

「やめてくれるよう頼んだのだ。それなのに、奴らは! それで、耐えきれなくなって!」

「それはなんというか、お察しします。人類を代表して、謝罪します」

「もう死んだほうがマシだと思って。殺せッ、と言ったこともある。だのに、それなのに! やつらは、ますます、興奮してッ!!」


 ぽろぽろと涙をこぼしながら主張するエリスに、オレの胸は罪悪感でいっぱいになってしまった。

 それでも訊かざるを得ない、このキャラ配置を恨んだ。

 そう、やはり訊かなければならないのだ。

 それが宿命なのだ。

 だから、オレは訊いた。

 エルフを、姫騎士を愛する、すべての人々のために。

 

「ぐ、具体的には、どういう感じでおっしゃられたのでしょうか?」と。


 そして、もちろん、エリスもまた、運命に導かれていた。

 だから、答えはもちろん、あった。

 つまり、

 

「決まっているッ! くっ、殺せッ!」と。




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