■第三二夜やん:共闘するボディ
「……だれ?」
「……ナニ?」
「……痴女?」
窓をブチ破って突如として現れた女体を見上げ発せられた男たちのつぶやき。
どれがだれの発言なのかについては記述を端折ろう。
どれがだれのものであっても、だいたい大差ないからだ。
だが、その場に居合わせた全員が、すぐに気がついた。
いろいろヒロイン的なメイクは施していても、だ。
「もしかして……ムロキ?」
だれともなく、正体を言い当たのも当然だろう。
コイツのツラは、ここにいる全員がしってるからな?
しん、と静まり返った沈黙が場に流れる。
こりゃあれだ、天使が通った、ってやつだ。
いっぽうで、階上のテラスに陣取った痴女(ムロキ)はキリキリキリッ、と目尻をつり上げ訂正した。
「キューティー・バニー仮面ッ!!」
「いやおまえ……さっき捨てたじゃんか……仮面」
もはやどこからツッこめばいいのかわからないが、オーサカ人的には、そこは礼儀だ。
痴女(ムロキ)の下唇がとんがって、あの特徴的な表情になる。
いや、どうみたって本人だろ、コレ?
「そーいや、もしかしてだけど……さっき渡り廊下で狙撃してくれたの、オマエか?」
「いかにも! 義によって助太刀いたしましたですます!」
「助かったぜ、あんがとな、ムロキ」
「どういたしまして……ではなーい! キューティー・バニー仮面でボディ!!」
「ボディ」
トビスケに同定してもらわねえとよくわかんねえが、こりゃ誤字に違いない。
絶対本人だ。
つか、おめえ、ついさっき別れたばかりじゃねーか。
いくらなんでも見間違えねえぞ。
オレがどう反応したものか迷っていると、当の痴女は二階のテラスから「とうっ」という掛け声とともに跳躍して、降り立った。
「ともかく……柔毛ダイスケ……この場は義によって助太刀するボディです!!」
見事な着地と同時に距離を一気に縮めてきた痴女の発言に、どーする? という表情でヤロジマンふたりがオレを見た。
マテ。
オレもいま状況把握が追いついてねえんだってばよ。
だが、常識の外からの来訪者、すなわち痴女の理屈は常にオレたちの想像の上を行く。
「さあっ、柔毛ダイスケ!! キューティー・バニー仮面とともに戦おうではありませんかッ!!」
促され、オレはちょっとだけ考えた。
物理時間にして、だいたい二秒くらい。
痴女から共闘を申し込まれるというのは、人生でもなかなかあることじゃねーからな。
このことトビスケは知ってるんだろーか?
自分の妹分が、土壇場にあって発露させたこの……なんというか……すごい趣味性のことを。
そんでもって、どうしたって死地なこの戦場に自ら乗り込んできたことを。
いや、どうしたって知らねえだろ。
だとしたら、オレ、コイツは追い返すべきなんじゃねえか、全力で?
だが、オレのそんな葛藤などものともせず、痴女は言うのだ。
「さあっ、レッツ共闘ッ!! ボディ?」
「アッハイ」
そういうことになった。
※
グァッシャーンッ!! どハデな音がどこかでした。
ありゃあ、けっこうな重量物がでかい窓ガラスをブチ割る音だ。
「いててて、ちきしょう、この乗り込み方、やっぱ無理があったぞ」
よう、オレだ、トビスケだ。
オレはいま、ゲンのやつが派手にばらまいた段ボールのなかから抜け出し中だ。
カチコミの鉄砲玉よろしく命を省みない特攻を自分らの中枢が受けてる最中に、だれもばらまかれた段ボール箱なんざ目もくれねえよ、という発想まではよかった。
これ、ヤロジマン謹製のボディアーマーを着てなかったら、完全に死んでたヤツだろ。
オレはズキズキ痛む全身をさすりながら這いずり、中庭を移動すると、めちゃくちゃに破壊された木立に身を潜めた。
ゲンの奇襲によって中庭は即興的な黒歴史の朗読会となり、哀れにもなんの対策も講じずにヤツを出迎えたクッコローネの兵隊たちは、頭をかきむしりながら絶叫し、転げ回るハメに陥った。
この業界に関わった以上、この手の傷のないヤツなんていやしねえからな。
しかし、その混乱も徐々に収まりつつある。
指揮系統を把握し直した上役たちが精神注入棒を振るい、手下たちを統率する。
あ、精神注入棒ってのは寝言の刻まれたハリセンのことな?
高レベルのものになると状態異常全般に効果があるってーのは、某有名ブランドのゲームでも実証されている霊験あらたかな代物だ。
ただ……あんまり市場に出回っているもんじゃない。
寝言の素人さんは存在を知らないことのほうが多い。
やっぱり、このクッコローネを率いる萌杉って男は、かなり寝言に精通していると見たほうが良さそうだ。
「くっ殺してやるッ!!」
「「「くっ殺してやるッ!!」」」
「くっ殺してやるッ!!」
「「「くっ殺してやるッ!!」」」
「よーし、いいぞうオマエたち! 敵はいま、大広間にいる! ヤロジマンのおふたりが応戦中だッ!! 加勢するぞッ!! 不届きなヤローを、くっ殺せッ!!」
「「「くっ殺せッ!!」」」
シャオラアアアアアアアアアアッ、という上役の叫びに呼応して冬の寒空に響き渡る手下たちの「くっ殺せッ!!」コール。
いや、使い方まちがってんぞ、ヲイ! と突っ込みたかったが、さすがは兵隊をまとめる指揮官クラスだ。
玄人、いわゆるこのスジの連中が使う掛け声や蛮声の類いを、オレたち寝言師は「カタパルト言語」と呼称・分類する。
掛け声そのものに意味はほとんどないが、いや、ないからこそ精神に直接作用し、やたらと感情を揺さぶる言語のことだ。
相手は意味がわからないことで余計に激昂するし、味方からすればとにかく盛り上がるならなんでもいい、というわけだ。
ヘタに意味がある言葉は、頭に理解を求めてくるから、ワンクッションある。
そこを省略する煽り言葉、ってわけだ。
そして、その意味で「くっ殺せッ!!」なる掛け声の効果はバツグンだった。
クッコローネの兵隊たちが志気を取り戻し、その瞳が凶暴な色を帯びていくのが離れていてもありありとうかがえた。
「やべえぞ、こりゃあ。いそがねえと」
オレはかさばるボディアーマーを脱ぎ捨て、足早に潜入口を目指した。
混乱が起きている間に、なんとしてもエリスの身柄を確保しなけりゃ——ゲンは犬死にだ。
ゲンがエリスから聞き出したという抜け道に、オレは急ぐ。




