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■第三一夜やん:棒ミーツガール


 すこしでも時間を稼ぐためオレは大広間の扉を閉め、カギをかけた。

 いざというときは篭城するためのこしらえなのか。

 扉もカギもすこぶる頑丈そうだ。

 退路を塞ぐ状態になってしまうが……後先を考えていられる状況じゃねえ。

 いまでこそ奇襲と黒歴史朗読の混乱で蜂の巣をつついたような騒ぎだが、オレたちはふたり、向こうの兵隊はどんなにすくなくても二〇〇はいる。

 一〇〇倍という戦力差は、どんな無理でも通さなくちゃ万にひとつの勝機も見込めない戦いだ。

 

 それに——いま、秘密裏に潜入しているトビスケの負担を減らすには、オレは玉砕覚悟の鉄砲玉を演じなければならない。

 つまり、オレ自身が、本物の言弾ことだまにならなきゃならねえんだ。


 そんなときだった。

 大広間の向こうのドアが開いてヤツが姿を現したのは。

 

 大仰な時代遅れのサングラスに、これも時代掛かった帽子、そして、特徴的な大口径オートマチックの二丁拳銃——。

 

「だれ?」

「おおおおおおおおお、オレだよオレッ!! まだ六時間もたってねーだろ! 忘れたのかッ?!」

「すまねえ、いま、ちょっと言弾ことだま喰らったから……キャラが安定してなくてさ」


 キャラが不安定だと、記憶も曖昧あいまいになりがちだ。

 目の前のちょっとアゴが長い男の顔色が赤、青、白、そして赤の順に変わってから、もう一度普通のツラに戻った。

 

「信号機かよ」

「なんだとっ」


 どーも、オレはコイツと因縁がアルらしいんだが……くそう、思い出せねえ。


「めんどくせえな……なんでもいいから、かかってこいよ」

厄紋ヤクモンだ」

「あ?」

厄紋ヤクモンタツヒコ!」

「ああ……あああ?」

「もういーぜ、タツヒコ、やっちまおう。このおっさんの芸風には飽き飽き、だぜ」


 続いて現れたふたりめが、両手に構えた笑かし棒ラフィング・ボーを振って促した。

 

「てめえ……たしか、交奇知マヂキチガイだったな……相棒の妹分にずいぶんなことをしてくれた……礼をしなくちゃならねえと思っていたところだ」

「あ、憶えてくれてるじゃん?」

「なぜオレだけ忘れるーッ?!」


 男の魂の叫びが大広間にこだまし、階下から響いてくる黒歴史の朗読会とそれにともなう阿鼻叫喚の地獄が場を満たした。

 

 らめええ、ららめえええ、読んじゃらめええええええ——屋外は、いままさにとんでもない修羅場だ。


 そして、あー、なんだかいまのやりとりの間に、だんだん思い出してきた。

 そうだ。

 コイツがヤロジマンの首領:厄紋ヤクモンタツヒコだ。

 

「思い出した」

「お? そう来なくちゃな、あらためて、だぜ。柔毛にこげんダイ、」


 ドンッドンッ、とオレは相手の挨拶を無視して立て続けに二発放った。

 悠長にコイツの長い自己紹介を聞いているヒマはない。

 太陽の歩く塔のときはそれでひどい目にあったんだからな。

 

 あぶねええええっ、とタツヒコが不思議な踊りめいて超回避を見せる。

 構わずもう二発。

 だが、そのままなら確実に相手を仕留めていたはずの弾丸は、ぎゃひいいいい、と音を立てて受け止められた。

 交差された笑かし棒ラフィング・ボー

 高速振動剣ヴァイブロブレードを彷彿とさせる刀身のヴァイブレーションを持って、強力な言弾ことだまの直撃を凌いだのだ。

 

「やるじゃねえか」

「でもねえぜ?」


 ぼきり、と二刀に構えたガイの笑かし棒ラフィング・ボーが半ばで折れた。

 

「これほどの獲物とは思わなかったよ、おっさん——柔毛にこげんダイスケッ!!」


 蛇のような舌先でぺろり、とガイが己の唇を舐めた。

 と、思った瞬間だった。

 隙を見逃さず叩き込んだはずのオレの残弾を掻い潜り、一瞬でガイは間合いを詰めて来たのだ。

 

「縮地かッ?!」

「それだけじゃねえぜ?!」


 折れた獲物が、いつの間にか新しい刀身に生え変わっている?!

 いやちがう。

 瞬きほどの間に、ガイは使い物にならなくなった笑かし棒ラフィング・ボーを投げ捨て、新たな二刀を居合めいて引き抜いたのだ。

 

 絶妙の時間差で振るわれた一刀を銃把で、もう一方の腕を靴底で受け止める。

 だが、そんなものはこの間合いでは一瞬の交錯に過ぎない。

 風を切り振るわれた攻撃が胸元に貼り付けたバカみたいな言論闘争防御=バカの壁を掠め散らしていく。

 

 男からはタバコではない独特な煙の香りがした。

 おそらくは細かく刻んだ漫画、それも極めて厨二性の高い品種のものだろう。

 これを寝言の呪符フダで巻き吸引することで、超常的な戦闘能力を得ようとする一派がある、と聞き及んだことがある。

 オレやトビスケ、つまり本家の寝言師たちさえからも禁忌とされた黒歴史に端を発する連中だ。

 副作用として日常的な会話に自然と厨二的な単語が頻出するようになり、幻の痛みに瞳や腕が疼いたりようになるらしい。

 恐ろしい話だ。

 その常習者に特徴的な匂い——厨二臭が、ガイからはした。


「てめえ、命知らずかッ!! とりかえしのつかねえことになるぞ、そのままじゃッ! 厨二やめますか? 人間やめますか? だッ!!」

「うるせーんだよ、おっさん。どーせもうこのくにはダメなんだ。太く短く楽しく生きなきゃよおおおおッ!!」

「くっ」


 ほとばしる若き厨二力ちゅうにちからに押され、オレは防戦一方だ。

 再装填リロードのヒマもねえ。

 かろうじて空薬きょうを排出することだけはできたが——そんなもんで転んでくれるようなタマでもねえ。

 そして、なによりも恐ろしいのは、コイツの相方である寝言銃ネミー・ガン使い:タツヒコが完全なフリーになってしまうことだ。

 

「やっちまえよ、タツヒコ」

「ちっ、ふたりがかりってーのは気に入らねえが……あんたが悪いんだぜ、ダイスケ……オレを思い出さねえから」


 ドンッ、という銃声とともに、装填しかけた言弾ことだまにタツヒコの放った一発が命中し、対消滅の炎を上げた。

 

「ぐっ」


 オレとしたことがそのせいで銃を取り落としてしまう。

 

「じゃあな、おっさん——なかなかたのしめたぜ? こんどは死ぬまで、アンタが笑ってくれよな?」


 そして、その一瞬を見逃さず、ガイが間合いを詰めた。

 生死去来せいしのきょらいするところ棚頭傀儡ほうとうのかいらいたり一線断時いっせんたゆるとき落落磊磊らくらくらいらい——世阿弥ぜあみの言葉が脳裏を過ったそのときだった。

 

 二階を基底とし、三階まで吹き抜けで造られた大広間の上層部はテラスのようになっている。

 カテドラルのステンドグラスを思わせる窓ガラスはすべて総萌キャラ作りで、相当な痛さを誇っている。

 影はそのキャラクターの笑顔をぶち抜いて現れた。

 大広間の天井付近を華麗に舞い、対岸に着地する。

 

 その夜、天使は舞い降りた——とでもオレは形容すべきだったか?

 

 だが、轟音とともに降り注ぐガラスの雨に互いに間合いを外したオレたち全員が、いっせいに天井を見上げたとき見たのは……天使ではありえなかった。

 

 ものすごいハイレグな、神社みたいな色彩のバニースーツ。

 ご丁寧に鈴みたいな装飾が施されて。

 室町時代のヤツみたいなごっつい鞘尻のくっついた太刀は大業物。

 すこしは恥じらいがあったのか、リップはピンクで無難に。

 むかしのアニメで見たことある炎を模した仮面みたいなドでかいミラーシェード。


「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ、嵐を起こせと我を呼ぶ——」

 

 大広間に響き渡る大音声。

 呆気に取られる男三人を見下ろしたソイツは。


「兄さんがコソコソ隠した同人誌——ポリコレ棒に泣くヒトの、夢を叶える月夜のバニーッ!! 月で変わっておしおきしたりする寝言のくにのマジカルヒロインッ!! ヒト呼んで、その名は——」


 仮面をなげすて、ノリッノリで名乗りをあげたソイツは、あきらかに。

 

「キューティー・バニー仮面ッ!!」


 控えめに言って——痴女ちじょだった。






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