■第三夜やん:敵の名はクッコローネ
「あの、こんなものしかありませんが」
とりあえずオレは、番茶とともに駄菓子をいくつか皿にもってちゃぶ台に置いた。
ラインナップは「きなこ玉」に「みゃーここんぶ」、あと「うますぎる棒」だ。
座敷にはしらじらしい空気が流れる。
ゲンといえば人間不信に陥ったネコみたいに、部屋の隅っこから険のある視線を投げ掛けているし、対するエルフ娘:エリスといえばゲンのワイシャツを羽織っただけの姿で、こちらは完全に人間不信を隠そうともしていない。
「えーと、だな」
貞操を奪われかけた男と、寝言に操られたとはいえ哲学的 雌豹に変じ貞操を奪いかけた女、さらには雌豹と化した女を不本意ながらマッパで仕留めた男が、すべて誤解でした、とすぐにも和解できるわけがない。
「とりあえず、お茶でも、どうだろうかな、ふたりとも」
本来であれば、エリスを撃ったオレ、トビスケが仲裁役というのはどうにも役回りがおかしいのだが、被害者と加害者であるゲンとエリスの間に入ると、どうしてもキャラ性間力学の関係上、そうならざるをえない。
「そんな得体の知れぬモノなど、飲めるかッ! 食べられるかッ!!」
キッ、とアーモンド型の瞳をつり上げてエリスが言った。
「あーまー、わかるんだがな、警戒すんのは。ちょっと事情が聞きてえんだよ。時間も時間だしさ」
オレからすれば、一刻もはやくエルフ娘から事情を聞き出し、状況を把握したかった。
なにしろ、一日の業を終え、心身を慰労すべくゲンとともにおもむいた高架下の赤ちょうちんで、エリスを拾ったことにすべては始まる。
深夜、雪のちらつく暗い道を酔いの回った状態で、軽いほうだとはいえ四十キロはあるだろう意識不明の女を担いで追手をまきながら走った後のことである。
その後に起こった大立ち回りを考えても、すでに余裕で日が変わっており、また、オレもゲンも疲労困ぱいであった。
ゲンはともかく、オレなど家業的には完全にインドア派であり、正直、分配しても二十キロはある荷物を運び終えた肉体はガタガタである。
中年なのだ。
しかも、反射的な行動だったとはいえ、この異邦人のエルフ娘を追っかけてきた連中からすれば、シノギをかっさらっていったトンビのごとき存在だと、オレたちふたりは思われていることだろう。
いや、実際そうなのだから、そこは言い訳しようもないのだが。
とにもかくにも、ヤツらはいま、血眼になってエリスの消息を追っているに違いない。
つまり、オレたちを、だ。
冷静に考えれば、あの赤ちょうちんのおやじが口を割れば、オレたちの人相と愛称くらい秒で割れる。
どう考えても手を打つ必要があり、そのためにも正確な状況把握が必須であった。
つまり、情報がいるのである。
「あー、トビスケ、そんな女に下手にでる必要はねえぞ」
こちらの懐柔策などどこ吹く風。
ゲンのヤツは完全にヘソを曲げ、立ち上がると店へ消えた。
ふー、とオレはため息をつく。
ヤツの性分だからしかたないが、いまはまさに時は金なりであり、オレたちの状況はノーマネーなのだ。
しょうがねえ、とばかりにオレは卓上の「うますぎる棒(ソースヤキソバ味)」のパッケージをむしりとった。
香ばしい粉末ソースの香りがあたりに漂い、青のりとベニショウガのそれが食欲を刺激する。
おでん、という食い物は恐ろしく低カロリーであり、また酒を呑んだあとというのは、どうにも腹が減る。
ともかく、食って気を紛らわそうという目的で、オレは全二十二種類現存する「うますぎる棒」のなかで、三番目に好む味付けのそれを貪り喰った。
くぅ、と可愛らしい音がしたのは、そのときだ。
なにげなく目をやれば、エリスがオレの口元を凝視しているではないか。
オレの視線に気がつくと赤面して顔を逸らしたが、いや、バレバレだぞそれは。
「ハラ、へってんのか?」
「べ、べつにっ」
と、なんだかどこかで見たような反応を返したまではよかったが、くうぅうう、とこんどはもうすこし大きい音が鳴った。
「なんだかんだ言ってもカラダは正直だぜ?」
オレのせりふに、かああああああああ、と耳まで真っ赤にしてエリスが振り返った。
「また! またそんなことをいう! 人間というのは、ほんとうに品性下劣なのかッ!」
涙目で吼えたエリスに、そうかもなあ、とオレはうなずいた。
「たしかに、そうかもしらん。オレも聖人君子とはとてもいえねえ。家業もそうだしな。だけれど、いきなり降ってきた女のコを見捨てたり、寝込みを襲ったり、食いもんに不埒なクスリを盛ったりはしねえ」
言いながら「きなこ玉」を口中に放り込む。
たったいま食べ終わったソース味と黒蜜で練り上げたきな粉が混じりあい、口のなかにカオスが生じるが、まあこれが駄菓子の醍醐味でもある。
番茶で流し込めば、ひとごこちついた。
「すきにたべなよ。あ、オレのオススメは……サラミ味、かな?」
赤いパッケージにあきらかにパチもん感ただようそれを手渡せば、彼女はいぶかしげに棒をながめすがめする。
オレはといえば、「みゃーここんぶ」の封を切り、甘酸っぱい粉にまみれた昆布をしがむことにした。
ホントはタバコが欲しかったが、エルフ相手にタバコはないだろうということで見送った。
「開け方わかんねえなら、かしてみ。開けてやんよ」
「いい。じぶんでできる」
と、拒絶したものの四苦八苦した揚げ句にエリスの開けた棒は、吹き飛び、オレの額に命中した。
「いてっ」
「あ、す、すまない。な、なかなか難しいものだな」
もちろん、反射的に声がでただけで、痛みなど微塵もない。
オレはタタミに落ちたそれを拾い上げ、エリスに渡し直してやった。
「もう一本開けるか……おりょ、ねえな、サラミ味。店から失敬するか」
「よい。これでよい。もったいない」
座敷とはいえ床に落ちた食い物を、エリスはなんの抵抗もなく口にした。
さくり、さくり。
それから、目を真ん丸にしてオレに感想した。
「うまい! うますぎる!」
「はっはっはっ。そりゃあ、そうかもなあ。異世界にゃあ、化学調味料なんざねえだろうし」
「ただ、これはサラミの味ではない」
「ごもっとも」
オレは魚釣りの撒き餌に化学調味料を混ぜる裏技を思い出していた。
化学的に抽出された旨味成分であるアミノ酸は、自然界の生物にとって強烈な吸引力として作用する。
言い方は悪いかもしれないが、麻薬的な旨さ、というやつだ。
エルフという種族が異世界でどういう食生活をしているのかは知らないが、エリスのいまの反応で、彼女が正真正銘、異世界側の存在なのだと納得した。
化学調味料を口にしたことのないヤツが、この時分に、日本にいるほうがファンタジーだ。
「そっちはなんだ?」
「あー、こりゃきなこ玉だ。水飴や黒蜜できな粉を練り上げて造るお菓子さ。この店のは店主のこだわりで黒蜜のヤツなんだ。悪かない」
「お、そうであるな。ははあ、これはわかるぞ。豆だな? それを煎って、臼で挽いたのであろう? そこに糖蜜か。ふむん、これはなんだか懐かしい味だな」
そんなかんじで、エリスがついに「みゃーここんぶ」に手を出し、干した海草に甘酢の粉末がまぶされているという取り合わせの珍奇さに、目を白黒させていたときだった。
むこうから、のそりのそり、とゲンが帰ってきた。
手には「ピッグメン」をふたつ持っている。
ああ、「ピッグメン」というのは、いうなれば駄菓子屋版カップラーメンだ。
ちいさいので小腹を塞ぎたいときに重宝する。
無言でそのひとつからフタを引っぺがすと、すごい勢いで食べ尽くし、ついでにふたつめも腹に収めやがった。
あ、気を効かせてくれたんじゃないのな。
「オレたちはたまさかアンタを拾っただけ。介抱はしたが、寝込みを襲おうとか、そういう不埒はいっさいしちゃいねえ。つか、ニンゲンのオトコなめんな」
汁まで飲み干し、カップをちゃぶ台に叩きつけるように置くと、ひとこと、低い声で言った。
あー、そっち方向で怒っていたんだな。
じつにゲンらしい論理展開だし、カッコいいんだけども。
どっちかというと押し倒されて、貞操を奪われかけた、という前歴がなければ、だ。
あと、アゴに「ピッグメン」の謎カマボコついてるぞ。
だが、その怒りと真摯さは伝わったらしい。
エリスが姿勢を正し、謝罪しようとした。
しかし、それはゲンの問いによって遮られた。
「それで、アンタを襲った連中──そのなまえは」
オレは苦笑するしかない。
本人がどんなに否定しても、コイツはどーしよーもないフェミニストなのだ。
ただ、それが上っ面だけのものではなく筋金入り、というだけで。
謝罪を遮られまごついていたエリスだが、ゲンの態度から、実務を優先させてほしいというこちらの要求をくみ取ったのだろう。
彼女は告げた。
今回、彼女を拉致し、追跡してきた敵の名を。
広域成人指定同人サークル:クッコローネ──と。
2017/05/18、クッコローネをR18指定から成人指定に変更しました。