■第二七夜やん:アーティスティック・エクスプロージョン(下)
「時間だ。さあ、エルフのお姫さま。こちらへ——ガイ、そっちのお嬢さんを離してやれ」
タツヒコの無情な声が、雪のバンパク記念公園に響き渡った。
突き飛ばされ雪に這いつくばったムロキをエリスが助け起こす。
もしかしたら、なにごとかふたりは言葉を交わしたかもしれない。
しかし、それも一瞬。
一ダースを超えて突きつけられる銃口に、幸運なハプニングなどどこにも無いように思えた。
「よーし、いいコだ、アンタ、エリス」
フラフラと雪上を歩いてきたムロキに羽織っていたインヴァネスをオレがまとわせるのと、エリスがヤロジマンたちの手中に収まるのは同時だった。
「約束です……彼らを解放して。無傷で」
「あー、わかってますよ、プリンセス——おい、連れて行けッ!!」
慇懃な口調から一転、部下に命じるとエリスの身柄を確保させたタツヒコは口角をつり上げて嗤いながら振り返った。
「さて……それでは友情を結べたところで解散——と行きたい所なんだかがね、オレとしては。クライアントのオーダーには逆らえない。傭兵稼業の悲しいところってヤツだ」
構えろ——タツヒコの合図とともに、銃口がオレとゲン、そして安心したのかぐったりと身体を預けてくるムロキに向けられた。
「これだけの重寝言をくらったら、もとの人格がどうなるかわからねえが掲載不可能は確実だろうな。残念だったよ、ゲン。オマエとはサシでケリをつけたかった。もし人格と記憶を取り戻すようなことがあったら——もう一度勝負しよう」
まあ、それは無理な相談だろうがな。
そうつぶやいたタツヒコに連れ去られながらエリスが食ってかかった。
「卑怯者ッ!! 助けると言っておきながら!」
「あー、スミマセンねえ、プリンセス。こいつがどうにもならねえ渡世の事情ってやつで」
芝居がかってタツヒコが帽子を直す。
その瞬間だった。
びょう、とそれまで静かだった公園に一陣の風が巻き起こった。
それは前触れだったのだ。
ビョオオオオオオオオオオオオオオオオッ!! と突然の嵐が雪のバンパク記念公園を襲った。
それはエルフの王女を護るため、幸運のお守りに封じられた颶風の呪。
時ならぬ嵐は、降雪と積雪を巻き込み、並み居る者すべてを覆い隠していく。
真っ白な雪の帯が幾本もまるで竜のように舞うのをオレは見た。
そして、その瞬間を待っていた男がいた。
ゲンだ。
ガォン、ゴォン、と立て続けに四発、銃声がした。
それはエリスを連れ去ろうとしていた護衛たちに命中。
だが、奴らが着込むボディアーマーは“黒歴史”によって加工された特別製。
言弾が通用しないことは、前回、オレの住み処を襲撃した連中の手口からわかっていた。
だから、効かなかったはずだ。
ゲンの放った弾が、これまで道理の通常弾頭ならな。
ビタンッ、と独特な音がした。
銃弾を受けた男たちが、まさか、という様子で振り返る。
それから、もがき苦しむようにしてフェイスガードを外し——叫びはじめた。
「や、や、や、やめろおおおおおおお、聞かせるなあああああ、それは、その設定わあアアあああああ、なかったことにしてくれええええええええ!!!!」
南無三。
自分でこしらえておいてなんだが、恐ろしい効果をゲンの放った言弾は発揮した。
詠唱系弾頭。
通称:歌ってもらうぞ弾。
効果対象に秘密をしゃべらせるときに使う特殊弾頭をオレは対黒歴史戦用に転用した。
普通のボディアーマーを擦り抜ける寝言を、黒歴史化によって強化された防具ははじき返す。
その理屈は以前説明したから繰り返さないが、要するに過去への激しい羞恥と後悔が圧倒的な怨念と化して黒歴史に《ちから》を与えている。
頑なさ、という《ちから》を、だ。
であれば、そこに寝言を打ち込んでなんとかしようとするのは間違いだ。
ヒトの意見になどもはや耳を貸せない状態に、結末を変えたくても変えられない状態に、それらはあるのだから。
そこでオレは発想を転換した。
ならば、と。
ならば開放すればよい。
読み上げてやればよい。
読了してやればよいのだ。
高らかに読み上げてやればよい。
そうすることで、物語は縛鎖から解き放たれる。
これが、供養だ。
ただし、それを間近で聞かされる人間の精神は……保証できない。
共感性羞恥、という言葉に聞き憶えはないか?
だれかが恥をかくシーンや物語の場面に遭遇すると、我がことではないのに同じく恥を感じてしまう人間の共感力のことだ。
奴ら、ヤロジマンたちがまとう黒歴史を利用したボディーアーマーは、言うなれば恥の塊だ。
すくなくともそうだと、奴らは思っている。
だからこそ実際に効果を上げる。
では、それを読み上げられたならば……どうなる?
衆人環視の状態で?
阿鼻叫喚の地獄が巻き起こった。
「やめろおおおお!!! 読むな、読むんじゃねえええええええ!!! おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
吹きすさぶ雪嵐を圧して、とても掲載できないような設定群が自動的に詠唱されていく!
そして、その声から逃れるように——ヤロジマンの精鋭たちが悶え苦しみ、寝言銃を乱射し、同士打ちまで始めたではないか!
これが急性悪性超人病とも言われる厨二病の末期症状だ!
「自分の仕業ながら——震えが来るな」
オレのつぶやきが聞こえたのかどうかわからないが、たぶんゲンの頬が赤く染まっているのは寒さだけのせいではないはずだ。
だれにだって墓場まで持っていきたい記憶のひとつやふたつある。
そう言って最後までこの戦法に難色を示していたのはこの男なのだ。
やさしいヤツなのである。
あるいは、もしかしたらヤロジマンたちが上げる黒歴史への絶叫に、共感するところがあったのかもしれない。
そして、飛び交う寝言の只中を掻い潜り、エリスが駆けてくるのが見えた。
嵐は王女であるエリスを護る。
横合いから鋼鉄の精神力を発揮したタツヒコとガイの二人組が追いすがるが……この世に顕現した本物の魔法の威力には適わない。
だから、エリスの奪還は成るはずだった。
強力な嵐を切り裂いて、その真っ白なヴェールの向こうからそれが姿を現すまでは。
太陽の歩く塔——その内部に偉大なる芸術家:タロウの《魂》を宿すオーサカ最強・最大のアート神が立ちふさがりしなければ。
ウロロロロロロォオオオオオオオオオオオオオオオオッ——と、巨体が叫び唸りを上げた。
そのときオレたちが陥った恐慌と混乱がわかるか?
体高七十メートルを越える巨体と、その戦闘機動が巻き起こす激震。
吹き荒れる嵐をものともせず振るわれる巨腕。
なによりも金色に光る頭頂部パラボナ型顔面眼窩より放たれるアーティスティック・エクスプロージョン光線(通称:アイエー砲)の威力を。
びゅっ、と有無を言わせぬ火線が走り、まだ喚いていたヤロジマンたちを通過する!
おそろしいことがおきた。
いや、正確にはおきなかった。
光線は素通りした。
彼らと、彼らがまとう黒歴史の鎧を。
しかし、そのことが副次的に引き起こした現象は目を背けたくなるような惨状だった。
「ああああああああああああああ、ダメなんだああああ、どうせ、どうせオレたちわあああああああ、やっぱりりいいいいいいい!!!!」
そうアーティスティック・エクスプロージョン光線(通称:アイエー砲)は真のアートにのみ反応して、大爆発を起こす。
逆説的に言えば、この光線を浴びても無事であるということは……すまない、これ以上は場末に生きる寝言師とはいえ、文筆業に携わるものとして言葉にはできない。
胸を掻きむしり悶え苦しむヤロジマンの兵卒たちを見限ると、太陽の歩く塔はこちらを向いた。
いや——正確には、地震によろめきながらも、こちらを目指して駆けてくるエリスに。
ドン、という銃声と光線と、どちらが先だったのか。
オレがうまく思いだせないのは、そのあと起こった大爆発だけのせいではない。
太陽の歩く塔が次なる標的をエリスと定めるのと同時でなければ、それは絶対に間に合わなかったはずだ。
結果としてゲンの判断がオレたちを、そしてエリスを救う。
音速にもまったく届かない拳銃弾と同等の速度しか持たない言弾など、光の速さで飛来するレーザー光線に対しては、止まっているのと同義だ。
その射線上に弾丸を置いておくには、圧倒的な未来予測が必要だ。
しかもドングリほどもない大きさの弾頭を。
吹き荒れ視界をふさぐ嵐と、跳び上がるほどの地震のなかで。
奇跡というのは、たぐり寄せるものなんだと他人はいうけれど。
オレは相棒の才能に震えた。
ゲンは迎撃したのだ。
アーティスティック・エクスプロージョン光線(通称:アイエー砲)を。
弾倉に残されていた最後の弾丸——エリスを異世界へ還すための切り札——オレたちが心血を注いで作り上げたあの一発で。
そうでなければ、消し飛んでいたのはエリスだった。
アート神のジャッジなど待つべくもない。
必ずそうなっていただろう。
ゲンはそれを防いだ。
ドンッ、という爆発を白い閃光としか感じられないまま、オレは吹き飛び、意識を失った。




