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■第十八夜やん:アオイハルは群青色の



「おいっ、そこのふたりッ!! こっちを向けッ!!」


 背後からかけられた制止の声に、オレは従わなかった。

 ただ、走り出したりもしない。

 いままでと変わらぬ歩調で、エリスの手を引いて歩き続ける。

 

「とまれと言っているんだ、オイッ! そこの革ジャンとパーカーのふたりだッ!!」


 明らかにオレたちのことだろう。

 エリスが「どうするんだ」という表情でオレを見上げてくる。

 正直、タイミングは賭けだった。

 だが、オレは信じていた。

 オレ自身の運と、相棒のこしらえた寝言の《ちから》ってやつを。

 そして、それは起こった。

 

「お、お、お、みんな、みんな見てくれッ!! 食券だッ!! 配給券だッ!! あるぞッ!! たっぷりあるぞッ!! みんな、今日はオレのおごりだッ!! さあ、好きなだけ食ってくれッ!!」


 突如として背後で声がした。

 あのくそまずいミネストローネを掻き込んでいたニーチャンだ。

 それがいまや、貧相なテーブルの上に飛び乗り、どこで入手したのか食券の束から紙幣をそうするように、ばらまきはじめたではないか!


「ドンピシャだぜ、トビスケ」


 オレが口中でちいさくつぶやくのと、一瞬、あぜんとした群衆が舞い散る食券めがけて殺到するのは同時だった。

 

「食券だ! 食券だ! 今日は食券乱用の日だッ!!」


 テーブルの上で飛び跳ねながら食券をばらまくニーチャンとそこに群がる群衆のおかげで、場面は一転、騒乱のちまたと化した。

 その混乱に背を向け、巧みにすり抜けて、古書販売コーナーへと向かう。

 オレとエリスを疑っていたクッコローネの手下どもは群衆に飲み込まれもみくちゃにされている。

 

 いったいなにがおこったのかって?

 いいだろう、説明しよう。

 

 オレはニーチャンの脇をすり抜けるとき、そのポケットにホテル:キャッスルディスティニーのママからもらった食券の束を滑り込ませた。

 ざっと一〇〇食分はあったと思う。

 そして、ニーチャンの口中に丸めて放り込んだトビスケの寝言が効果を発揮した。

 

 お大尽の札。

 宴席で相手に支払いを回すのに使ったりするくらいしかいまのオーサカでは使い道がないけれど、かつて株式なんてものが世界を回していた時代には猛威を振るった切り札のひとつだ。

 そいつを応用させてもらった。

 

 以前に、食券というのは、出すところで出せば現金以上の《ちから》がある、と説明したことあるよな? 

 いまがまさに使いどき、だった。

 

「お好み焼きッ!! たこ焼きッ!! ヤキソバッ!! おでんッ!! カレーに、ハヤシもあるでよぉ!!」


 当のニーチャンは気持ち良さそうに降って湧いたお大尽のチャンスに酔いしれている。

 自分のサイフの中身をばらまきはじめる前に効果が切れてくれりゃあいいんだが、経口型の寝言は効きはじめるまでにタイムラグがあるかわりに、効果時間が長いから心配だ。

 それにしたって、どーでもいいが、ひどくシアワセそうだ。

 なんでも、散財するのはたいへんストレス発散になるそうで。

 しかも、周囲の人間に感謝されるとあってはなおのことだろう。

 

 古書販売ブースに逃げ込みながら一度だけ後ろを振り返ると、騒ぎは乱闘に発展しており、オレは我が所業ながら寝言の恐ろしさにぞっとした。

 

「あれは、どういうことなんだ?」

「さあ……なあ」

 

 エリスが拡大していく騒乱に目を白黒させながら聞いてきたが、説明は割愛させてもらうことにした。

 時間もない。

 そうやって、オレたちは騒然とする給配所メスホールを尻目に古書販売ブースを抜けて、クッコローネの追跡をまき、四方をカベサークルに囲まれたマスケットXX会場から順調に脱出する……そのはずだった。

 トラブルが起こったのは、古書販売ブースを抜ける、まさにその直前だった。

 

 足早にテント群を潜り抜けようとしていたオレの手から、エリスの指がすり抜けた。

 あ、とちいさく声を上げて立ち止まったのだ。

 

「どうした?!」


 たたらを踏んで立ち止まり振り返ったオレが見たものは、ワゴンに平積みされた古書の一番上に無造作に置かれていた一冊の同人誌……そこに目を釘付けにされたエリスの姿だった。

 その震える指が、文庫本サイズの、おそらく小説だろう古本の表紙を撫でる。

 

「なんだ? エリス、どうしたッ?!」


 思わず呼びかけながら駆け寄る。

 そして……オレも固まってしまった。

 エリスが愛おしそうに手に取り、胸に抱いた本に、見覚えがあったからだ。

 

 群青の空を背景に、飛び行く複葉機。

 帰還を祈るように、あるいはまぶしく尊いものを見上げるように、まなざしを送るエルフの娘の姿……。

 

「あった。ゲン……あった。これだ、この本だ。わたしがあこがれた……」


 涙ぐんで言うエリスに、オレはなんて答えればよかった?

 その本のことをオレは知っていた。

 日差しに色あせ、手垢に汚れ、くたびれてはいても。

 とても。

 とても、深く。

 

 だが、オレはそれを告げる機会を失う。

 

 いま思えば、もうすこし、相棒:トビスケの言葉にオレは注意を払うべきだったんだ。

「いいか、気をつけろ、ゲン。異世界あっちのものと、オレたちの寝言が触れ合ったとき、なにが起こるか・・・・・・・わからねえぞ・・・・・・」という。


 ごう、とエリスが抱いた書籍から、光と風が吹き出してきたのは、そのときだった。





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