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■第十六夜やん:キャッスルディスティニー


「ゲンちゃん! たいへんよ、やつら、クッコローネの連中がもうすぐ来るわ!」


 油断なく寝言銃を構え、オレは防音加工されたドアを開けた。

 ちなみにだが、ドアの裏側には対言語兵器用の防御を急ごしらえだが張り付けてある。

 トビスケがこしらえてくれた呪符。

 通称:バカの壁。

 あたまの悪いステッカーみたいな見た目だが、いきなりショットガンタイプの寝言銃ネミー・ガンでドア越しに室内制圧にかかるような連中には有効だ。

 のぞき窓から確認すれば、そこにはこのマンションのオーナーがいた。

 

 濃いめの化粧にチャイナドレスの組み合わせがかなりの破壊力を持つ。

 ジェンダーフリーマン。

 生物学的には男。

 なおこのラブホテル:キャッスルディスティニーの中華ラウンジ:マダムやんのママでもある。

 

 ちなみにだが出てくる料理は現在のオーサカの事情を考えるとおかしいくらいうまいので、いろいろ妙な気分になるんだが、オレはときどきひとりでここを利用していた。

 べつにカネをもらってやっているわけではないが、ちょっとした用心棒も兼ねている。

 いや、トビスケを連れて来ると話がややこしくなるからな?

 

 ふたりの関係は、むかしこの繁華街で起こったいざこざに絡んで、オレが彼女を助けたのがそもそもの始まりだ。

 それ以来……そのう……あのう……なんというかいろいろと気にかけてくれては、いる。

 いや、オレはヒトが性差の壁を超えて本来の自分になる、という考え方には賛同も否定もしない。

 オマエの人生だ、スキにしろ、というのがあえて答えにすれば、というところだ。

 友人付き合いであるなら、なにも気にしないし、カミングアウトしてくれれば信用されたんだな、とうれしく思う。

 ただ……そのう、肉体とか恋人関係とか、そういうのはオレ個人の趣味ではない、というだけのことだ。

 

 で、その彼女がドアチェーンを外すのももどかしく、部屋に滑り込んできた。

 慌てた様子で施錠し、鎖をかけ直す。

 

「いま、下の受付けでうちのコたちと押し問答になってるワ」

「無茶させるな。素人さんにゃあ荷が重い連中だ。素直に上げてくれ。時間稼いでもらっただけで十分だ」

「ゴメンなさいね、ゲンちゃん。ちからになってあげられなくて」

「用心棒が厄介事を引っ張ってきたら世話ねえや。二晩も、逆に礼を言うぜ。あんがとな、ママ」

「いいのよ……アナタだから。でも、ホントに見つけたのね……いつか話してくれた……奥さんそっくりのコ」

「ママ、その話は、いまはなしだ」


 飛び出しかけた話を、逃げ支度を進めながらオレは遮った。

 こんなときに、その話はよしてくれ。

 寝言銃ネミー・ガンの装弾を確認し、ホルスターに収める。

 革ジャンを羽織ると準備は整った。


「どうした、エリス。いくぞ」


 この部屋は特別で、クローゼットの裏からいまは集合住宅の屋根になっている古いアーケードの屋根に下りることのできる連絡通路に繋がっている。

 なんのことはない、かつてはそこが覗き部屋になっていて……まあつまり、ちょっと特殊なプレイルームだったってわけだ。

 部屋番号がNTRなのもたぶん、その由来と思われる。

 おっと、話が脱線した。

 

 長い髪を結わえてまとめ、あたまからすっぽりフードをかぶったエリスが、とまどった様子で、オレを見ていた。

 

「なんだ。どうした」

「……ゲン、やっぱり、あなたの奥さまって」

「いまは時間がない。急げ。ここでドンパチはしたくない」


 ママとの会話を聞かれてしまった。

 気まずいが、いまはそこに頓着している場合ではない。

 釈明はあとだ。

 エリスのほうも、戸惑った様子のままだったが、状況は理解してくれた。

 

「じゃな、ママ。また、カタをつけて、ほとぼりさめたら、くるよ」

「ゲンちゃん! そう、そうね、きっとまたあえるわよね」

「オレはここの冷やし中華が好物なんだ」

「これ、すくないけど足しにして」


 言いながらママが握らせてくれたのは、輪ゴムで巻いた現金と同じようにまとめられた給配所メスホールの配給券の束だった。

 現金はざくっと百万。

 いっぽうで、配給券のほうは、たかが食料と引き換えと侮るなかれ、現在のオーサカにあっては場所次第で現金以上にものを言う、強力な有価証券だったのだ。

 

「こんなに……もらえねえよ」

「いいの、いいのよ。わたしの気持ちなの──アナタ、ほんとに夢に辿り着いたのね。殉ずるつもりなのね」

「ママ……エリスに聞こえる。聞こえちまうから……たのむよ」

「だって、だって、相手はクッコローネなのよ? アナタの相棒さん、なんていったかしら、そうトビスケちゃんは家ごと吹き飛ばされたって話じゃない! あのあたりはめちゃくちゃになってしばらくは掲載不可能だろうって! わたし、わたし、そんなお別れいやよ」

「すまなかった。だが……コイツはもうオレひとりだけの喧嘩じゃねえんだ。わかってくれ」


 オレは思わずママの肩を抱いていた。

 女性というにはかなりがっしりした肩だが、心は乙女のように繊細なのだ。

 そうして、五秒。

 オレは一回強くちからを込め、それをお別れの合図にした。

 

「じゃ、いってくるわ」


 オレがそういってクローゼットに身を踊らせるのと、階下から切迫した怒鳴り声と銃声が鳴り響いたのは、同時だった。

 

「来いっ、エリス!」

「まって……あの……ママ、さん?」

「なんだい。早くお行き。わたしたちじゃ食い止められないって、言っただろ?」

 

 血のように貴重な時間を費やしていることはエリスにだって自覚があったはずだ。

 だが、このエルフの娘の性根は、ヒトを見捨てられない善性でできている。

 そして、それが口先だけの吹けば飛ぶような安っぽい正義感ではないことは、あの雪の晩、トビスケとオレの窮地を救いに見よう見まねで車を突込ませてきた行動が証立てている。


 だから、オレも口をはさまなかった。

 

「あの……せめてこれを」

「なんだい……こりゃあ」

「わたしたちエルフの王族が身に着ける幸運のお守りです。なにか……なにかあったとき、きっと役に立ってくれます」


 アンタ、と口を開きかけたママの表情が困惑から呆れに変わり、それから苦笑に変わった。

 ママはエリスの正体を知らない。

 だから、よく出来たコスプレかイメクラ嬢くらいに思っていたはずだ。

 

 そこにエリスは本物のエルフとして話しかけたのだ。

 身も心も、完璧な……多くのファンを魅了してきた存在として、だ。

 

「まけたよ……アンタには、まけた。ほんとにそこまでいける女はそうはいないよ。ゲンちゃんのヒトを見る目はたしかだわ。でも、じゃあ、なおさらこれはもらえないよ、エルフのお姫さま」

「どうして……どうしてですかッ?」


 お守りを突き返されたエリスの同様に、ママは苦笑から、優しい微笑みになって言ったんだ。

 

「これは、ゲンちゃんのために……アンタを護って戦う騎士のために使ってやっておくれ。頼んだよ、わたしの店で、あのヒトにもう一度、冷やし中華を食べさせてやっておくれ」

「……はいッ」


 ふたりの会話の間にも、階下から敵勢力が迫り来る気配が強まってきた。

 

「エリスッ!! 限界だ!」

「はいっ、いま行きます!」


 ありがとうございます、とエリスはママに一礼し、オレの腕に飛び込んできた。

 オレたちは逃亡する。

 逃げ込む先の目算だけはあった。

 

 シテンノウジさんの境内で開かれている大規模な同人誌即売会:マスケット20XX。

 敵の口中へあえて飛び込む。

 それがオレの戦い方だ。

 

 


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