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■第十三夜やん:太陽の歩く塔


 雪原を前に、木立に息を潜めるオレたちの視線の先を、強烈な怪光線が舐めていった。

 

 ちなみにいま、オレはゲンとエリスとともに、バンパク公園にいる。

 

 来るべき二十一世紀像を投影する、というスローガンを掲げて開催されたEXPO70、通称:大阪万博の跡地。

 いまやその面影を残すのは、かつては入場ゲートから中央パビリオン全体を覆っていた巨大な屋根の基部一基と、万博のシンボル——太陽の塔のみ。


 いや、そのシンボルすら大きく変質してしまっていた。

 すなわち、異世界との衝突が引き起こした巨大な怪異現象。

 その物的証拠としての「太陽の歩く塔」の出現である。


 たしかに、オーサカではあの四月一日以前より「あの塔は歩くのではないか」という説がまことしやかに囁かれては、いた。


 某社による研究によって高度な二足歩行型決戦兵器としての変形機構とその詳細な図面、立体模型までもが発表されたという記録がある。

 

 なにしろ、この塔の設計者は、あのタロウである。

 オレたちが入手した図面が正しいとするのならば塔内部に秘められているはずのアーティスティック・エクスプロージョン・ドライヴ(通称:AED)は、アートを核とし核融合炉クラスのエネルギーを生じさせることができる、完全無公害の夢のエネルギー発生器官なのだ。

 まさに、来るべき二十一世紀、人類が夢見た装置であった。

 

 だが、その人類の夢は皮肉なカタチで実現されてしまった。

 

 ズシンッ、ズシンッ、と局地的にはマグニチュード6クラスの揺れを発生させ、雪原を踏みしめながら歩くあの巨大な塔は——人類の味方では、ない。

 

 異様極まるシルエットを軋ませながら園内を自律的に巡回し、侵入者を感知するやこれを無警告で攻撃。

 頭頂部にあたる金色こんじきの顔面に備えられた怪光線発射口としての一対の目より射出されるアーティスティック・エクスプロージョン光線(通称:アイエー砲)は、犠牲者を冷酷に判定、アートであれば大爆発を起こすというトンでもない結末を与える無差別殺戮兵器と成り果てたのである。


 ほぼ無政府状態を生きるオーサカの住人たちでも、この近隣に足を踏み入れることだけはしない。

 塔の徘徊により、近隣の建築物はことごとく倒壊か爆破されていたし、もはやそこに広がっているのは未来どころか、世紀末の光景だ。

 まちがってもヒャッハー、とかできるような状況では、ない。

 だが、それでも年間数十名を超える犠牲者が出るのは、ここがある理由で、芸術家たちの聖地となっていたからだった。

 

 そう、アーティストたちはジャッジを頼むのである。

 

 無慈悲な機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナに。

 その心臓部:AEDに、設計者:タロウの《魂》が宿ると信じて。

 そして、ほとんどの者は光線に貫かれ——無事に生還する。

 生還するが、巨大な精神的ダメージを負う。

 ……意味はわかるよな?

 だが、ごくたまに、大爆発を起こす者もいる。

 ヒトのしあわせのカタチは様々だとは思うが、オレは一生試したくないタイプだ。

 

 ああ、余談だが。

 ここから西へ向かったところにあるタカラヅカってとこには、同じような経緯を経た「マンガの神様」が再臨した。

 そして、多くのマンガ家志望者たちが……もう、オチはわかるな?

 くりかえすとくどいから、はしょるぞ。

 

「しかし、あの娘……ムロキは、やはり連れてきてやったほうがよかったのではないのか——いまごろ泣いているぞ」

「寝言師として働けない、寝言銃ネミー・ガン使いでもない。足手まといなだけだ」

「どう考えたって危険だしな」


 エリスの問いかけに答えたオレに、ゲンのヤツがまた要らぬ注釈を付け足した。

 

「それに……オレもあの娘は、あんまり得意じゃねえ。むかし、オメーがちらっと言ってたろ……なんかヤベーもんを抱えてるよ」


 オレの無言の抗議に、ゲンは自分自身の反対理由を述べた。

 

「こないだオメーの中身、見たばっかりだからよ。ちょっと立て続けにそんなもん見せられると、夜も眠れなくなるやな」


 酒量が増えてしかたねえから、やっぱり今回はお留守番で正解だと思うぞ、ムロキのお嬢ちゃんは。

 そう言ったゲンに、オレはため息で同意した。

 

 アレは朝食を終えて、茶を飲みながらの話だった。

 オレは今朝の出来事を回想する。

 

「さてと……それじゃ、ちょっと今後の話をしようか」


 切り出したのはゲンだった。

 飯の途中でムロキが妙な話を持ち出すから、居心地の悪さを感じていたオレにとって、実務的な話は逃げ場としても最高だった。

 

「オメーが寝転がってた数日の間に、オレとエリスでいろいろ嗅ぎ回ってみたんだが、ドーモ、オレたちを襲撃した連中な。アレはやっぱりクッコローネの奴らじゃない。奴らに雇われた地下同人組織——名をヤロジマン、というらしい」


 聞いたことはないか、とゲンのヤツが目で問うた。

 

「ヤロジマン……たしか、旧ウメダダンジョンに居を構え、女性との関わりを鋼鉄の掟で持って厳しく制限し、真の♂を目指すとかいう……奇妙なモットーを掲げる狂信的な連中がいたな。ハードボイルドにかぶれ中二病と童貞をこじらせた連中の集まりだったと思うが」

「やっぱりな。どうも、今回、オレたちを襲撃したのはその一派らしい」

「黒歴史化した原稿を装甲に転写するとかいう狂気の沙汰を行う連中だ。マトモじゃねえとは思っていたが……」


 以前も出てきた黒歴史、という単語についてすこしだけ講釈を垂れておこう。

 だれにだってヒトに知られたくない過去というものは、ひとつやふたつあるもんだが、黒歴史、となるとこれは事情が変わってくる。

 それは行い、というよりもむしろ、創作物としての意味合いが強まってくるからだ。

 創作者を志すものであれば、その鍛練の過程で、どうしようもない失敗作をこしらえてしまうことはよくあることだと思う。

 というよりも創作における過程のほとんどは失敗によって出来ているといっても過言ではない。

 だが、失敗作とはイコール黒歴史、ではない。

 むしろ、その逆、だ。

 黒歴史とは、その過程にあって「当初は最高傑作と信じ、また、そのように周囲に吹聴して回った結果」の成れの果て、なのである。

 過去の自分が信じ、時間と労力と場合によっては資金を惜しみなく投じたモノ……だが、時間の経過とともに客観的な視点の得るにつれ——直視できないようになってしまった存在。

 そう——それこそが黒歴史であり、その定義であった。

 

 作り手本人が、闇に葬りたいと願ってしまった——だれからも望まれることのない呪われし存在。

 

 作品を我が子とも言い換えることの多い創作畑の人間たちの比喩を、そのまま拝借するならば、それはまさに「忌み子」に他ならない。

 生みの親に望まれず、一生、暗い忘却の箱に封印されるべきとされた存在。

 人間であれば、いったいどのような感情を、それは帯びることであろう。

 

 もちろん、通常の創作畑に限定すれば、それは本来はいずれ笑い飛ばされるべきささいなものに過ぎない。

 

 しかし、オレたち寝言師の領域にあってはそれは意味がことなる。

 呪詛。

 それも巨大な念を内包した。

 生まれ出でたことそのものを恨むがごとき、強大な負のパワーがそこには、ある。

 ちなみに、ヨガリにあっては禁忌に属していた。

 

 それを自らまとうなどと——正気の沙汰ではありえない。

 

「厄介な連中に目をつけられたもんだぜ」

「あの爆発のあと、どうなったんだ」

「さすがにアレを喰らっては、平気じゃいられなかったみてーだが。なにしろ、オメーの全弾を喰らわせたわけで」

「だが、たったふたりを仕留めるのに、このざまか」


 正直、苦しいな。

 オレはセリフを飲み込んだが、それはゲンも同じ意見だっただろう。

 戦力的には圧倒的に不利。

 だれが見てもわかることだ。

 戦争前提の連中と、捜査や仲介や仲裁までやるオレたちとでは、そもそものドクトリンがちがう。

 

「そこでだ。オレは——奴らを出し抜こうと思う」


 だから、ゲンの口からこぼれたセリフ、その意味するところがすぐにわかった。

 

「このまま正面からことをかまえてドンパチやらかすのは、正直得策じゃねえ。そこでだ。先に、エリスをこっちに召喚しちまったなにか——トビスケの言葉を借りるなら、ラムネのビー玉を留めておける双子山的な装置を押さえちまわないか?」


 ちら、と提案するゲンに視線を流す。

 言いたいことはわかった。

 それは、コイツはオレたちにはなんの得もない、いや、はっきり言ってデメリットばかりのプランだが、という意味の目だ。

 たぶん、一秒もなかっただろう。

 ゲンの目が、オレのそれを捉えた。

 すまねえ、とそう言っているように見えた。

 は。

 バカかオメーは。

 オマエに、命を助けられました。

 そんで、己はそれはできません、とかオレがいうと思ってんのか?

 舐めんじゃねーぞ。

 

「となると……異世界あっちとの直接的接点に直行するのがいいな」


 オレの解答が含んでる意味を完全に理解したのは、たぶん、この場ではゲンだけだったはずだ。

 

「オーサカには、異世界との接点となった場所がいくつかある。バンパク公園、ニューワールドのビリケツさん、ドウトンボリのヒッカケ橋、タイショーのメガネ橋……フユカス頂上もそうだが……」  

「アクセスが簡単そうなところは、向こうヤロジマンも押さえてそうだしな」


 瞬時に意図を理解したゲンが答える。

 エリスは相づちを打つが、意味はさほどわかっていないだろう。

 ただ、ムロキだけは決意にまなじりを固めてオレを見た。

 

「わたしも、行きます」

「だめだ。ムロキ」

「わたしもヒトの肉で焼き肉食べたいです!」


 オレは痛むこめかみを親指で押さえた。

 誤字だ。

 ヒトの肉ではない。

 金だ、そこは。

 落ち着こうと茶を啜る。

 

「まちがってんぞ」

「わたしもいっしょに行きます! 兄さんといっしょに! 間違ってません!」

「あのなあ。これはビズじゃねえんだ。儲けが出るかどうか、どころか命の危険が山盛りの分の悪い賭けだ——オマエは連れていけねえ」

「なぜですか?!」

「なぜって——むかしおしえたろ? 報酬の出ない仕事はとにかく受けるな、と。額とオマエの才能、それから命と、それが釣り合わねえ仕事に手を出すなって」

「もう、兄さんからは初男給料はいただきました!」


 ぶはーッ、とオレは啜りこんだ茶を吹いた。

 右手で顔を拭うゲンの肩を抱いて、居間を離れると、訊いた。

 

『オマエ、なんか払ったのか?』

『いいやなにも。いまからだが』

『初男給料ってナニ?』

『訊いて……みるか?』


 そういうわけで、とりあえず、初男給料については不問にすることになった。


「だから、危ないってんだよ!」

「だから、いっしょに行きますって言っているんです!」


 押し問答になってしまった場を取り持ったのは、ゲンだった。

 

「とりあえず……つれてけよ、トビスケ。オマエ、寝言師の道具もなんもかんも、焼かれちまってるんだからさ」


 きっとそのとりなしがなければ、オレたちは致命的に時間を浪費していただろう。

 けれどもそれが、大きな運命の分かれ道になることもまた、このときのオレたちにはわからないことだったのだ。 





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