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動きだす


 「どわわわわ、ちょっ、バラバラになった!」

 「だから無謀だと言ったんですよ。揺れる車内で神経衰弱なんて」

 「とか言って、ユキちゃんも本気で配置覚えてたくせにねえ」

 「っるさいですよ」

 

 さて、俺たちの乗った列車は、乗車の数分後には出発した。てっきり宇宙の中を行くのかとばかり思っていたが、車窓に映るのは煌めく星々どころではなかった。

 

 「おい! サンタロー、お前の番だぞー。何ぼーっとしてんだよ 」

 

 現在窓から見えるのは、白地に大小様々なカラフルな色の物体が浮遊している光景だ。浮遊物は赤血球のような形をしているが、色的には某チョコレート菓子を彷彿とさせる。

 ちなみに出発直後は黒地に、クレヨンでかいたような白い点がぽつぽつと浮かんでは消えるという、不思議な光景だった。

 現在で風景は5度の変化を遂げている。異世界間の移動は俺の想像を次々と上回るものであり、その分、俺の心には期待と不安が渦を巻く。

 

 「そっとしておいてやりなよ。きっと彼も……さっきまでのカードの配置に懸けてたんだろうねえ」

 

 にやにやと笑いながらそう言う白髪にグレーのニット帽の彼は、柏木久哉(かしわぎ ひさや)。発車ギリギリにこの車両に乗り込んできて、俺たちにトランプを持ちかけた張本人だ。

 

 「……進めてもらっていいですか。早急にカシワギを打ち負かしたいです」

 

 憤怒の炎を瞳に宿したユキさんがそう言う。そのうっすらと蒼のまじった黒い瞳のほうが、よほど宇宙のようだった。

 

 「おーし。じゃあ行きまーす」

 

 ぺらりぺらりとカードを捲って行く。まずは2枚……4枚……8枚……。12枚目を捲ったところで終了。合計5つのペアを完成させることができた。

 

 「おー! やるなあ、どうやったんだ?」

 「いや、昔から運だけはいいんだよ、俺」

 

 にこやかにそう言ってみたところ、ユキさんから無言の圧力を浴びせられた。私は昔から運だけは悪いんですよね、だなんて呟かれても……。

 

 「私の番……」

 

 

 どこか緊張した面持ちで震える指を伸ばすユキさん。

 

 その時、今までにない大きな揺れが列車を襲う。

 

 「な、なんだっ!」

 

 「ちょわーーっ! バラバラになっちゃい、ました……」

    

 しゅんと項垂れる彼女の上で、けたたましい警告音が流れ始める。

 

 「何かあったのかねえ?」

  

 何処か楽しそうにそのたれ目を細めたヒサヤは、車窓に額をぺたりとくっつけ、じっと周囲を眺めた。

 

 「……おい。あれじゃねえか?」

 

 同じく外を眺めていたタクミが、真剣な声でそう告げる。その紅い瞳はギラギラと輝き、さっきまでのバカっぽい雰囲気はどうしたんだと、無性に問いかけたくなった。

 そんな彼の視線の先には、黒い……人の手首から先だけのようなものが、ぷかぷかと浮かんでいた。

 

 俺が視界にいれてすぐにそれは、近くに浮かんでいた青い粒を1つ掴むと、列車に向かって投擲した。

 

 「おいやべえ! 伏せろ!」

 

 タクミの声に各々が伏せた直後、俺たちのすぐ横の窓ガラスに衝撃が走った。幸い損傷は無かったようだが、列車はさらに大きな振動に晒された。

 

 

 「……いっ、た」

 

 伏せてなおその振動で額を打ち付けたユキさんが1人悶える中、俺たち3人は敵を見据える。

 

 「いやあ、強そうだねえ」

 「力を使っていいんなら、竜になって飛んでくぜ?」

 「いやでも、この外って息できんのか?」

 

 力の使用許可が下りないものかと期待してスピーカーを眺めるも、音を発する気配はない。どうしたものだろうか。

 

 

 そんな中、俺たちの隣の車両から、男が1人飛び出したのが見えた。

 

 外に出てすぐ、彼の背中からは純白な6つの翼がバサリと飛び出した。

 そのまま何事か叫ぶと、黒い手に向かい真っ直ぐに羽ばたいて行く。

 

 

 

 

 ……が、勢いこそよかったものの、直ぐに彼は喉を押さえて苦しみだした。

 

 そして空中でもがき続けるその人は、近づいてきた黒い手に、ずぶりと飲み込まれてしまった。

 

 

 「無策で挑むとああなるわけねえ……」

 「息できなくなったか能力への代償かは、わかんねえな」


 そうこう言っているうちに列車の動きは緩やかになり、やがてその進行は鈍い音を立てて停止してしまった。

  

 「うわ、止まっちゃいましたね。どうするんですか」


 ひょっこりと俺の隣から現れ外を眺めたユキさんが、そう問いかける。まるで俺がやるのが当然みたいな、いっそ気持ちがいいほどの丸投げっぷりである。

 

 そんな風に言われたら、なんとかするしかないだろうよ。

 

 「じゃ、俺ちょっと見て来るよ」

 「おっ! なら俺も行くぜ!」

 「何か分かったら報告よろしくねえ」

 

 ヒサヤに見送られた俺たちは、隣の車両との連結部分、外へと繋がる扉が設置された小部屋へと足を伸ばした。

 

 すると同時に、隣の車両から1人の柄の悪そうな少年がやって来た。傷んだ金髪を黒のカチューシャでオールバックにし、黒いマスクまで着けている。柄が悪くないわけが無かった。

 

 「チッ……タイミングわりいなクソが」

 

 見た目にそぐわない態度でぼそりと呟いた彼は、こちらをひと睨みすると、そのまま大股で扉へと進む。

 

 「なっ! おい、危ねえぞ」

 

 タクミの声にも耳を貸さず、彼は何の躊躇もせずに思いっきり扉を開いた。

 

 『詐欺(ベトリューク)強制(ツヴィンゲン)

 

 聞き覚えのない言語でそう言った彼を中心に、無数の銀色の光が放出された。

 

 

 

 

 

 ……な、んだ…………?

 

 

 

 ……、……。

 

 

 

 

 ……?

 

 

 

 ……なにも、見えない。

 

 

 

 ……音もないな。

 

 

 ……どういうことだ。自分の思考以外の存在を認識できない。

 

 

 


 

 ……五感全てが、機能をていし、して……いるのか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おい! サンタロー。お前の番だぞー。何ぼーっとしてんだよ」

 

 その声にはっと意識を取り戻す。あれ、俺何してたんだっけ。

 そうだ、神経衰弱。カードはバラバラになったけど、持ち前の運の良さでなんとかなるだろう。

 視線を伏せられたカードに向けると、途端にどこか違和感を感じる。あれ、本当に俺、神経衰弱してたかな。

 

 「どうかしました?」

 

 俺の怪訝そうな表情に、困惑したようなユキさんの声。うーん、気のせい、かなあ。

 

 「いや、なんでもない。じゃあ行きまーす」

 

 小さな違和感を心に残したまま、俺はカードに手を伸ばした。

 

 

 

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