第一俺人との邂逅
さて、体感的にはかれこれ30分は下降を続けているわけだが、そろそろ本当に底があるのか不安になってきた。
実は大会があるなんていうのは嘘で、人が狭い筒を一人で落ちていく恐怖に心身共にいつまで耐えられるか、みたいな実験だったらどうしよう。耐えられそうにない。
既に地上の光は届かないくらい下に降りてきている。『勇者ライト』と一人呟いて指先に灯りを灯してみたが、それでも自分の輪郭が認識できただけで、辺りは闇に包まれ、ひたすらに沈黙を保ったままだった。
上からミルノも落ちてこない。あの子、ナビゲーターだよね? 職務怠慢なのでは……。
もしかして、吸い込まれるように速度を増していくことに恐怖を覚えて、下から風の魔法を送り、のろのろペースにしているのが不味かったのだろうか……。
「俺、絶叫系苦手なんだよなぁ……」
その呟きに答える者はいない。覚悟を決めろということか。
仕方なく俺は風の魔法を停止した。
一瞬感じる浮遊感。
「ぴょわぁああああああ!!」
まるで加速を封じられていたことへの腹いせかのごとく勢いを増した俺は、どんどん下へと落ちていく。
怖い怖い怖い。ああなんかさっき別れたみんなとの思い出が浮かんでは消えていく。これが……走馬灯……?
意識が飛びそうになったその時、急に左右からの圧迫間が消えた。
「……っぶぉ、ごふ……っ」
代わりに感じたのは、水泳の授業で足をつったときの絶望感。息が出来ない。苦しい。もがく手足にまとわりつくこの液体は、どうしてこんなにも重たいんだろう。頭ががんがんして、目の奥がチリチリと痛む。
あれ、そもそもどうして俺は溺れているんだっけ。
ふと我に帰ったところで、体がひとりでに浮き上がる。ぱしゃんと1つ音をたてて、息苦しさからも解放された。
そのままふよふよと、抵抗のできない力に浮かされて俺はどこかに運ばれていく。辺りを見回すと、くすんだ黄土色のレンガが敷き詰められている壁と、石造りの床が目に入った。
そして俺は、立ちすくむ見覚えのある少女の前にとすんと落とされた。
「おそイ……」
少しだけ頬を膨らませたミルノは、俺に手を差し伸べ、ゆっくりと立ち上がらせてくれた。
「いや、もう少しナビゲートしてくれてもさぁ……」
「規則にノットったのです。でも、ごめんなさイ」
しょんぼりと項垂れたミルノを前に、むしろこっちが謝るしかなかった。
だってかわいいんだもの。それに規則に乗っ取ったんですからねえ。しょうがないない。
「着いてきてくだサい」
先導するミルノに従い右へ左へと廊下をうねり歩く。壁の色といい、所々に設置された燭台といい、昨日まで住んでいた近所のダンジョンに似ているなあ。
ホームシックに駆られながらさらに右、左、左……と無数に枝分かれした廊下を行く。するとついに、廊下の先に眩い光を発見した。
「お! ゴールかな?」
「はイ。こちらヲどうぞ」
渡されたのは黒い長方形の、手のひら台の紙。何も書いてあるようには見えないが。
「こちらをもっテ、ご乗車くださイ。全12車両、お席は自由デス」
「ん?何かに乗るのか?」
「はい。私はここまでなのでス。がんばってくだサイ」
そういうとミルノは、まるで最初からそこにはいなかったかのように、ふつりと消えてしまった。
「さ、流石の異世界クオリティ」
分からないことも多いが、まずは先に進もう。光の差す方向に進むと、興奮ぎみな誰かの声が聞こえてきた。
「すっげーー! 格好いいなこれ!」
道の先には巨大な機関車が、その車体を堂々と眩い光にさらしていた。黒い車体に赤いラインのそれは、見るものを高揚させるような、仰々しい力強さを携えている。
その横で歓声をあげる少年が1人。ツンツン頭の黒髪で、背は俺よりも少し小さいくらい。
向こうもこちらに気がついたようで、機関車に向けたままのキラキラとした瞳を、真っ直ぐに俺にぶつけてきた。
「お前! ……俺か?」
何も知らない者には一切伝わらないであろうその問いかけ。言っている本人ですらにやにや笑ってしまっている。
「無論……俺だ!」
キリッと効果音の付きそうなくらいの得意気な笑みを浮かべて答えると、堪えきれなくなったのか、少年は腹を抱えて笑いだした。
「なんだよそれー! お前、面白いなあ。名前なんてーの?」
「矢島三太郎。そっちは?」
「俺は阿久津拓三。タクミって呼んでくれ!」
きっと今まで幾度となく太陽の笑みとか言われてきたであろうその笑顔に、俺はゆっくりと笑った。
「おし! 早速乗ろうぜ。こんな凄いやつに乗れるなんて、まじで興奮するなー」
「俺も。映画で見てからこういうの乗ってみたかった」
感動に震える手で車体をそっと撫でながらドアを潜る。車内には、真ん中の通路を挟んで両側に、4人掛けのボックスシートが5つずつ並んでいた。
木の温もりを感じさせるレトロな色調の車内の雰囲気は、俺たちの興奮をさらに高めた。
「いいなぁこの感じ。ずっと座っていたい……」
椅子に座りうっとりとそう言う俺を見て、タクミは楽しそうに笑った。
「いやー。第一俺人がサンタローで良かったぜ!」
「いや、なんだよ。第一村人のテンションで言うなよ、ちょっと俺も言いたい」
うん。俺もこの感じだと、第一俺人がお前でよかったよ。俺以外の俺がみんな鬱タイプだったらどうしようかと不安だったからな。
馬の合うことを確認した俺たちの会話がさらに弾もうとしたところで、車内にアナウンスが流れ出した。
『ご乗車有難うございます。お客様にご連絡申し上げます。
当列車は急行第1000世界行き、選手様方の貸し切り運行となっております。
つきましては、車内での妨害行為の禁止を呼び掛けさせていただきます。魔法・武力・異能力等の使用を感知致しましたさいには、すみやかに処分させていただきますので、ご容赦くださいませ。
当列車、まもなく発車させていただきます。下車するなら今のうち、でございます。
発車致しましたら、1時間ほどで到着致します。それではしばらくお待ちくださいませ。
それでは皆様、よい旅を。』
ブツンと途切れたその単調な声に、俺たちは互いの顔を見合わせた。
「世界って1000もあるんだな。もうちょい少ないかと思ってた。」
「な!きっと色んな世界があるんだろうなあ。お前のところはどんなだった?」
「ん、普通のとこだよ。魔王が居て勇者枠で俺が召喚された。そんなに捻りはなかったね。これが聖剣。」
何の気なしに背負っていた聖剣を見せると、すげーすげーと称賛されてしまった。
「タクミのところは?」
「おー。俺、実は生まれて直ぐに地球に託された竜王の子でさあ。それで……」
「まてまてまて。え、なんて?竜王の子だったの?地球の時点で?」
いやあ、これはハイスペックですわ。やっぱり俺は温室スペックなんだなあ、きっと。
この先大丈夫か不安になってきたよ。
「そうそう。それで、突然大量に発生した機械生命体に侵攻されて数を減らしていた竜の一族に呼び戻されて、竜の皇子として闘ってたんだ。
まさか自分が竜だったなんてなあ。」
「そうだよなあ」
そうだよなあ。まさか自分が竜だったなんて、なあ。
ほとほと遠い目をしていたところ、俺たちの他には誰もいなかったはずの車内に、笛のような音色が響いた。
「なんだ? 綺麗な音だな」
「能力の使用、禁止なんじゃ……」
俺の言葉を遮るように、俺たちの隣の座席に、ゆらゆらと、ホログラムのような女の子が現れた。
透明な光のようだった彼女は、徐々に人間らしい質感を得て、ついにはなんの違和感もなかったみたいにそこに座った。
「ぷはぁー。危なかったです。使用禁止なら最初からそう言ってくださいよ」
独り言のように呟いた彼女に、果敢にもタクミが身を乗りだし、声をかける。
「なあなあ! お前も俺ー?」
「はい、そうですよ。鶴見雪です。よろしく」
社交辞令のように微笑んだ彼女は、さらりと黒髪のショートカットを揺らすと、再び前を向き、口を閉ざした。




