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始まりの手紙




 「全異世界俺TUEEE一武闘会……?」


 毎朝の日課として郵便ポストを覗いた俺は、その白い封筒に記載された無機質な……この世界では目にしたことのない、何らかの機器で入力したと思われる字体を眺め、思わず声を漏らした。

 そのまま、徒歩10秒あれば辿り着ける居間へと、もう癖になってしまっている瞬間移動で向かう。

 このままでは自分の足は限りなく衰退してしまうのでは、と苦笑いしながら、異質な空気を醸し出す封筒を、俺はゆっくりと開いた。


 『おめでとう。

 この封筒が渡った君は、選ばれし全100の俺のうちの1人です。

 向かうところ敵無しのチートスキルの持ち主、世界に飽き飽きしたそんな貴方に朗報です。

 貴方は最強ではありません。

 しかし、最強になれる権利を持っているのです。

 おめでとう。

 そして、おめでとう。

 今こそ貴方が真の頂点に立つ時です。

 さて、参加しますか、しませんか。

 所定の用紙に必須事項を記入し、エントリーを完了させてください。統一時間の7日後、遣いの者を向かわせます』


 「……まじかぁ」


 この展開は正直予想していなかった。

 今まで幾度となく異世界召喚、または転生ものの俺TUEEE系小説やアニメに目を通してきた俺としては、自分以外に異世界ライフを送っている奴がいることになんら驚きはなかった。

 しかし、異世界どうしでコンタクトを取ることのできる展開、さらには武闘会が行われるとなると話は別だ。正直テンプレみたいな異世界召喚されたときよりわくわくする。

 全くもって頂点を取ることに意欲は沸かないが、ちょうど魔王も倒し終わって、地球に帰る算段もつかずに暇をもて余しぎみであったので、俺は迷わず参加を決めた。

 『全異世界俺TUEEE一武闘会~エントリーシート~』と記載されたシートに、勇者に相応しくないので口に出すことが憚られる、矢島三太郎という名を記し、参加するという文字に丸をつける。

 ちなみに例に漏れず、元の世界では三人兄弟の三番目。笑ってくれて構わない。

 記入の終わった用紙から手を離すと、それはふわりと空に浮き、空間に溶けるかのように音もなくその姿を消した。


 「おお、さすがの異世界クオリティ」


 俺の能力では自分のみの瞬間移動が限界であるため、素直に称賛の言葉が出てきた。

 こんな風に、武闘会ではチートを越えるチート……つまり、俺のチートはお前のチートよりも上だぁぁあとかいう、熱い戦いが待っているのだろうか。


 「特訓でもするかなぁ」


 俺の召喚された環境は所謂王道RPGのような世界だ。

 諸悪の根元たる魔王の復活に合わせて、世界で一番大きな王国の総意に基づき、諸々の適正のあった俺が、地球より召喚されたのだそうだ。

 光か闇かで言ったら光の世界であるし、鬱展開や闇落ちなんてのもない、全年齢対象の生易しい世界。100の俺のなかの、それこそ完全なる闇体験を潜り抜けた猛者になんて、瞬殺されるに決まっている、温室の花である。

 7日でどうにかなるはずもないのだが、付け焼き刃にでもなればいい。

 ソファーに無造作に投げ捨ててあった無駄にでかい聖剣を背負うと、俺は、魔王討伐の褒美として貰った憧れのマイホームから、この世界で唯一の易しくない相手を探しに、まずは近隣のギルドへと転移した。

 



 「やじさんじゃーん! どしたのー?」


 昼間から酒の臭いの漂う賑やかなギルドに到着すると、早速受付嬢の元気な声が響いた。

 金色のポニーテールを揺らしながら、にこにことフレンドリーに接してくれるのは嬉しい。

 しかし、おじさんのイントネーションでやじさんと言われると、もはやおじさんにしか聞こえない。俺はまだ16である。ちょっとやめてほしい。


 「ガルドさんどこにいるか分かる? 用あるんだけど」


 「うわぁ……。今度は何やらかす気ぃ? 君ら二人が揃うと、ほんっとに恐ろしいんだけど」


 小麦色の腕を擦り合わせた彼女は、胡散臭そうな目付きでじっとりと俺を見据えた。

 どう言い訳したらよいものかと、取り敢えず笑みを深めて思案していると、後方の扉が勢いよく開いた。


 「そ、そろっちゃったじゃーん……」


 呟かれた言葉を合図に、ぐっと膝を曲げて弾丸のように目的へと飛び込む。勢いに任せて降り上げた聖剣は、相手の手甲にぶつかり火花を散らした。

 次いで付き出される相手の拳は目では追えないほどに早く、俺は条件反射のように転移を使用し、相手の背後に。

 左手に光の魔力で槍を作り、直接突き刺すように腕を降ると、振り向いた奴の闇で形成された斧に相殺された。

 バックステップを踏み距離を取ったところで、ガルドさんはくつくつと笑った。


 「ふ……。鈍ったんじゃねえの、サンタロー」


 「ははは、ガルドさんがおかしい。ガルドさんまじガルドさん」


 周囲の熱い視線と野次の中で、俺とガルドさんは拳を合わせた。

 その瞬間に沸き上がる野太い歓声。俺達の勝敗への賭けの結果に一喜一憂する声さえ聞こえてくる。

 俺はいつからこんな戦闘狂みたいなことしてるんだっけ……?

 温室の花を撤回しようかなと遠い目をしていた俺の視界に、ガルドさんの黒くて艶々した牛のような顔がずいっと映り込んだ。


 「なぁ、なんかまた面白いこと考えてるだろ。混ぜろよ」


 嬉しそうに細められたその瞳に釣られて、なんだか嬉しくなった俺は、嬉々として事情を説明した。


 「はあ?まあよくわからねえが、サンタローみてえな奴がごろごろいるってことか……」


 「つか、俺なんかよりも強い奴が、わんさかいるって考えた方が良さそうっすね」


 ギルドの一角に腰を下ろした俺達は、建物の修理代請求書を押し付け合いながら、手羽先を片手に語り合う。

 こんな光景も、よくよく考えればおかしいものだ。

なんてったってガルドさん、元魔王軍特攻部隊総大将殿である。

 かつての俺は、四天王よりも魔王の側近よりも、なによりもガルドさんが恐ろしかった。

 返り血を啜った赤黒いマントを翻し、新幹線も真っ青なスピードで襲いかかられたあの瞬間、俺は初めて死を覚悟した。

 俺の瞬間移動は、その後、ガルドさんに何度も挑んでいくうちに、命を守るために備えついた力である。

 1度も勝てないまま季節が1つ移ろい、これはもしかしなくとも詰んだのでは、と思い始めた頃、強い奴と闘いたい戦闘民族タイプのガルドさんに伸び白を認められ、魔王を倒せた場合には定期的に手合わせをするという条件で、やっと前に進ませてもらえた。そうでなければ、俺の魔王討伐は失敗に終わっていただろう。

 予定調和なストーリーの中の一点の黒い染みのようなガルドさんを前に、ガルドさんこそが魔王なのでは……と、あの頃はよく絶望しそうになっていた。

 そんなわけで、魔王討伐完了後も、ガルドさんとは拳を合わせて語り合っている。特訓を願うなら、ガルドさんしか考えられなかった。

 

 


 

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