第97話 老兵はやっぱり幼女(最終話)
前回までのあらすじ!
シルフゥゥゥゥ~~~~~~~~~~~!
ノォォォーーーーーーーーーーーーーム!
ウンディィィィィーーーーーーーーーネ!
マンダァァァーーーーーーーーーーーッ!?(戦犯
柔らかそうな頸。やっぱりお肉はピンク色なのでしょうか。
だめだよ~、掻き斬っちゃ。でも、起きないね~。ほんとに生きてるのかな~。
――おい、喉をつんつんするな! 不安になるだろうが!
平気ッスよ。どうせこのオヤジ、ぶっ殺しても絶対死なねえタイプッスからね。
同感だ。臭い立つ無敵のオヤジだからな、この御方は。初代勇者に相応しい。
――糞チビリに糞真面目が! 適当なことを言っているんじゃない!
弱ったな。あまり時間がないよ。せっかく同盟を締結したのに早々に滅ばれては困る。
それでも夜が明けるまでは待ちます。わたくしはそういう約束を交わしましたから。
――わかっている! だが肉体が動かんのだ!
食い物の匂いで起きるのではないか? どれ、ちょっと炭火で肉を炙ってみるか。
――おれは犬か! この筋肉ハゲが!
はっ!? も、もしや、誰かが接吻をすれば起きるのではないですかなっ!?
おおっ、可憐な天使がお相手となれば、僕の出番の様だ。ねね、天使ちゃぁ~ん。
――ねね、じゃない! よせ変態どもめ! やめろ! いいか? 絶対にやるんじゃあないぞ!?
むちゅぅ。
唇に重なる暖かな感触に、眠れる天使の肉体を得たユランの瞳が、くわっと見開かれた。
「うおあああああぁぁぁぁぁっ!?」
「きゃあっ」
両手で短衣の胸をつかみ、跳ね上がって身を起こす。
ハァ、ハァ、ハァ……。
周囲を見回すと、神像なき祭壇の右手側にはラミュとトロロン、それにヨハンが、左手側にはセアラとオレスティス、それにバレストラとエドヴァルドが立っていた。
枕もとではダーカスとレミフィリアがいそいそと炭火を熾そうとしている。
そして、上半身を起こした己に跨がっているのは――。
「イ、イルクレア……? イルクレアか?」
「他の誰かに見える?」
背中まである長いルビー・レッドの頭髪に、優しげな同じ色の瞳。深紅のドレスを身にまとい、背中には魔剣ドライグを背負って。もちろん幼女の姿ではなく、少しだけ大人びた、けれども少女の姿だ。
ああ。ああ。
言葉が出ない。己は今どれほどまでに間抜けな顔をさらしているだろうか。
愛しい。こんなにも。言葉にできないくらいに。ただ胸の裡側が焦がれる。
「なんて顔をしているの。わたしの顔なんてもう見飽きたでしょう」
「飽きるものか……。おれがどれほど……貴女を求めて……」
唇。視線がいく。
先ほどのは、そうかと気づく。
ヨハンとエドヴァルドの変態コンビに一杯食わされたのだ。
わかった途端、己の顔が真っ赤に染まってゆくのを感じた。
咳払いをして口を開くと、言葉を吐くより先にラミュが話し始める。
「飽きませんよね。飽きるわけないんですよ、イルクレア様。だってユランったら、あなたの身体で全身鏡の前に立ってご自身でくるっと回って可愛いポージングを朝から決めていたくらいですから」
「ラミュ、貴様――っ!?」
蛇女の意地の悪い言葉に、イルクレアが微かに頬を染めながら、じっとりとした半眼を向けてきた。
「……ユラン? ……あまりその……変なことをしていないでしょうね……?」
「……」
こたえなかった。老兵はただ視線を逸らすのみ。
気づけば己の横には聖剣グウィベルが並べられていた。
誤魔化すように、恐る恐る指先でこつく。何も起こらない。
天使の肉体だ。もう手で触れても雷に弾かれることはない。おそらくは逆に魔剣ドライグに触れられなくなっただろうけれど。
だが、戦いやすくはなったはずだ。
幼女の肉体では魔力のみに頼り切り、筋力を上乗せすることができなかった。女性とはいえネハシムは大人の女性だ。むろん老兵とは比べるべくもないが、それでも幼女体よりは力を振り絞れるだろ……う?
グウィベルに伸ばした手を見て気づく。
小さい。細い。己の知るネハシムの手よりも、ずっとだ。
「お、あ……?」
イルクレアにマウントを取られているため、足の長さにまで視線が行かなかったが、膝がやけに近い。
んん? んんんんん?
「おい、おい……」
両手をわちゃわちゃ動かして、己の胸を揉みしだく。いや、無理だ。
揉めん! なんだこの貧相な胸は! 幼女魔王にも増してペタンコではないか!
「……ちょっと、ユラン?」
イルクレアが不審げな視線を向けてきた。
「あなたがネハシムを意識していたのは気づいていたけれど、これ幸いとばかりにそういうことをするのはよくないわ」
「そうではない! お、おい、イルクレア……」
イルクレアの肩を小さなお手々でつかみ、ユランは半ベソで尋ねる。
「何よ?」
「おれは今、……もしや……」
唾液を飲み下すと、グビっと喉が鳴った。
「よ……よ……、幼女か……?」
「そうよ。魂が人間だから魔力が足りないのよ」
短いお手々で金色の頭を抱える。
「待て! おれは貴女の肉体で少女体にまで戻れたのだぞ!」
「それをしたのはユランではないわ。赤竜ドライグの膨大な魔力だもの。竜装を解けば、当然もとに戻るに決まっているでしょう?」
はがぐぅあぁぁ……!?
グウィベルの雷に打たれたかのように、老兵は震えて白目を剥いた。
また己は幼女になってしまったらしい。幼女魔王から幼女天使へ。泣きたい。
「あぁ……」
「心配しないで? その姿、結構可愛いわよ」
「慰めにもならん……」
というか。
美醜に関しては、エドヴァルドの目が血走っているあたり、想像するに難くない。まあネハシムの幼少期であれば、もっともなことだろう。
というか、エドヴァルドのやつめ。本気で中身がユラン・シャンディラであっても、外側が幼女であればそれでいいのか。
なんと恐ろしいやつだ……。
老兵幼女、震撼する。
「ああ、そうだ、イルクレア」
「何?」
「すべての記憶があるなら教えてくれ。おれたちはなぜ神に負けた?」
いや、記憶消去の引き金に触れる以上、人払いをすべきか。
周囲を見回していると、イルクレアが首を左右に振った。
「必要ないわ。もう神軍は記憶を奪わない。何も隠しはしない」
「なぜそう言い切れる?」
「必要ないからよ。神竜戦争によって疲弊していた神軍は、すでに全盛期の力を取り戻したの。だから魔族と人間を戦わせて疲弊させるための暗躍をやめ、魔族領域のニーズヘッグに侵攻を開始したのよ。そうでなければ、もうバレストラ将軍は記憶を失っているはずだわ」
バレストラがうなずく。
「バレストラ、貴様、まだ神軍の記憶はあるか?」
「ええ。ちゃんと残っています。ユラン殿」
「気色の悪い敬称をつけるな! ユランでいい! 今おれは幼女なのだぞ!」
「あ、いや、しかし……」
ニーズヘッグ陥落は、すなわち地竜マグナドールの敗北だ。
大天使や戦乙女では、数千が束となってかかったとて歯が立たないだろう。
マグナドールを倒せそうな天使は、序列一位の熾天使のみであると考えると、戦況は相当まずいことになっている。
黒妖精どもの言う「にじゅーにん規模」では実際の数は不明だが――……。
ぞわっと背筋が凍った。
熾天使は、いったい何体存在するのか。
「十数年前のわたしたちの敗北に関しては、竜装できたのがルーシャだけで、わたしもあなたもディルも、ほとんど戦力外だったからよ。ルーシャはそんなわたしたちを庇って死んだの」
記憶がないのに、ずきりと胸が痛んだ。
己は幸運だったのかもしれない。ディルやイルクレアとは違って、最もつらい記憶を失ってしまっていたのだから。
ルーシャ。ディルはたしか、ルーシャはエルフだといったか。
魔族と人間と亜人を束ね、神に立ち向かった少女。
己は彼女のことを思い出せない。
だが、それでも。不思議と重なるのだ。
微笑みながら爆発に呑まれてゆくトロールの姿と。あの光景は、今も鮮明に心に刻まれて消えることはない。
それに、先ほどの話で一つだけ、イルクレアは嘘をついている。
魔王イルクレア・レギド・ニーズヘッグは、竜装できなくとも戦力外などではなかった。その身一つで天使長である熾天使ネハシムを討ち取ったのだから。
彼女は、己の知る地上最強の女だ。
敗因は己とディル・グルーか。男が二人して情けない。
「そうか。貴女はおれの魂を竜装に耐えうるように導くため、あえて肉体を入れ替えたのだな?」
「……それもあるけれど」
竜装。ここが神に立ち向かうための最低ライン。己はそこにようやく立てたのだ。
本番は、ここから。この先は修羅の道。
望むところだ。
老兵は幼い拳をギュッと握りしめる。
「けれど、それ以上にユランには死んで欲しくなかったというのが本音よ。記憶をなくしたまま、わたしたちが殺し合わなきゃいけないなんて、そんな神の作ったシナリオにはのってあげられない。不快だわ」
ふと気づく。
リントヴルムには断片的な記憶だけがあったのかもしれない。だからイルクレアの肉体にいた己に向かって、「ユランを騙していた」と恨みの言葉を吐いた。
イルクレアとユランは旅をした。けれどリントヴルムの記憶からは、その旅の目的だけが――神軍討伐だけが消去されてしまった。
だからこそ、リントヴルムの瞳にはこう映ったのだろう。
魔王が勇者をたぶらかし、連れ去ってしまった。数年後に帰還した勇者は、魔王に何をされたのか、旅自体の記憶をすべて失っていた。
やがて勇者は何かに追い立てられるように一人で魔王城へと乗り込んで、死亡する。
パズルのピースがはまってゆく。
誤解を解くのは大変そうだ。だが、青竜聖剣レヴィアスの使い手であるリントヴルムは確実に仲間に引き入れなければならない。
「さて、と」
ユランは神像の祭壇から足を下ろし、聖剣グウィベルを肩に担いだ。
「もういいの、ユラン? 歩ける?」
「ハッ! 笑わせるな! おれを誰だと思っている! 三日程度の眠りではどうということもない!」
ラミュが頬を引き攣らせ、呆れたような笑みで早口に呟く。
「……シモのお世話が大変でしたけどね。わたくしとイルクレア様が交代で……」
「むおッ!? す、すまん……」
老兵幼女、赤面する。
「まあ、あなたが眠っていたニーズヘッグ城の十年間で、わりともう慣れてはいましたが」
ダーカスがムキムキの腕をエプロンの上で組み、ニヤけながら口を開けた。
「私とレミフィリアで、栄養を直接喉の奥へ流し込むこともしておいたぞ。体力はそれほど落ちていないはずだ」
「お、おお……。て、手間をかけた……」
己は様々な者によって生かされているのだと、あらためて認識する。
無意味に強がるのはもうやめておこう。
「そ、そのようなことより、急ぐぞ、イルクレア。ニーズヘッグの地下迷宮最下層とやらで眠っているおれの肉体を、神軍より先に手に入れておきたい」
「ええ。もちろんよ。あれはわたしのものなのだから」
「……おれのだぞ」
イルクレアが楽しそうに食い下がる。
「二人の」
「う、うむ」
「大丈夫よ。迷宮の入口は完全に埋めてニーズヘッグ城の床を敷いておいたから、そう簡単には発見されたりはしないわ。急いだ方がいいのはたしかだけれど」
神軍に先に発見などされては、取り返しのつかないことになってしまう。
やれやれ。敵も味方も己自身も、前途は多難だ。
だが、楽しいと感じてしまう。借り物の細胞でもざわつくのだ。またこの面子で旅に出られることが嬉しくて仕方がないと。
ああ、己は不幸不運ではあるとも。たしかにな。
けれども、それでも。
おれは間違いなく幸せ者だ!
金髪となった老兵幼女が、凄味のある笑みを浮かべた。
「ラミュ。すぐに発つ。……当然、準備はできているんだろうな?」
蛇の女王が、締まりのない楽しげな笑顔で全員に告げる。
「はい! ――魔軍はこれよりニーズヘッグ城へと向けて進軍する!」
イルクレアがラミュの言葉を継いだ。
「いいわね、みんな。これまで以上に戦況は厳しく、激しくなるわ! でも、誰一人として死ぬことはゆるさないから!」
「では征くぞ、貴様ら! 神軍を叩き潰し、神を殺す! おれについてこい!」
王都カナン、夜明け前――。
傲慢に言い放った老兵幼女は、返事も待たずに笑顔で歩き出す。
その隣にくすくす笑いながら地上最強の少女魔王が立ち、そしてその背後には楽しげな表情をした魔軍の面々が力強く続いた。
神なき礼拝堂に、光、射す――。
ちなみにそのさらに背後から、黑竜魔剣ヘイロンを担いだ勇者エドヴァルドが幼女天使一行の後をこっそりつけていったという……(事案
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