第9話 老兵とポンコツ魔族②
前回までのあらすじ!
衝撃の事実発覚!
生存している魔族は全員そろってポンコツだった!
玉座から有象無象の魔族を見下ろし、ユランは隣に控えていたラミュに尋ねる。
「あのヴァルキリーは使えるのか?」
「ネハシム。彼女の名です。イルクレア様の死後すぐにニーズヘッグ城にふらりと現れた食客だったのですが、凄まじく腕が立つので契約を交わしました」
「傭兵か」
「そういうことです」
ヴァルキリー。戦乙女と呼ばれる女だけの戦闘民族だ。種族全体の出自は不明。
彼女らは帰属意識を一切持たず、傭兵として様々な勢力に雇われている。特記すべきは、同族であってさえ敵味方に分かれた時点で血で血を洗うような殺し合いをする、死を恐れぬ乙女たちだということだ。だからこそ、高額で雇う価値もあるのだ――が。
「いくらで雇っている?」
「金品は不要だそうです。このニーズヘッグ城から何かを得ているようですが、それが何かはわかりません。これまで実害がなかったので、十年、ここに住ませています」
「ハッ、胡散臭いな」
そういうやつほど信用できない。目的もなく命を懸けるなど、真性の阿呆かよからぬことを企んでいるかのどちらかだと相場が決まっている。
「人間が送り込んだ間者である可能性は?」
「ありません。当初はわたくし自身が張りついていましたから。それに、ネハシムはこの十年間で何人もの人間を実際に屠っています」
ネハシムは無表情で一人、魔族の群れから離れて壁にもたれている。
それにしても。ヴァルキリーは人間軍にも少数在籍していたが、残り一〇〇体を切りそうな魔軍にまだ残っている傭兵がいるとは驚きだ。いったい何を得てここに残っているのやら。
金色の長い髪を羽根飾りのついた煌びやかなヘルムで守り、背中には長槍を、腰には長剣。鎧は軽装の胸当て、長く白い脚が切れ目の深いスリットから覗いている。何より、背中には純白の翼だ。それも、二対六枚の。
ヴァルキリー族は翼の枚数で、その階級が知れると言われている。ネハシムの六枚は、ヴァルキリー族であっても聞いたことがない。戦場とともに生きてきたユランでさえ見たことのない未知の枚数だ。
ユランの視線に気づいたのか、ネハシムは碧眼を背けると、背中を向けてそのまま歩き去ってしまった。
「あらら……。フラれちゃいましたね、魔王様」
「ふん、まあいい。他は?」
「巨人族は愚鈍さが欠点ですが、まあ使えますね。石でも投げさせておくだけで、相当数の敵を減らすことができます」
「石か。それはまたずいぶんと安上がりではないか。即戦力だな」
「ただし、先ほども言いましたがかなり愚鈍なので、向こうから降ってくる矢や石は一切避けられません。顔面どころか全身デコボコにされて泣きます。気が弱いので、体躯に似合わず静かにひっそりと」
脳裏にさめざめと女々しく泣く巨人どもを想像して、ユランは顔を歪めた。
「デコボコ……」
「基本的に、何かを投げたら全弾命中するものと思っていただけると正しいかと」
「なんという気の毒な生物だ……」
ユランが視線を移す。
へっへっへ、と犬のような息づかいでこちらを見ながら、蛇の尻尾をぶんぶん振っている獅子のような生物に視線を向ける。
何やらとても嬉しそうだ。主が帰宅した際の犬に似ている。
「あれは?」
「キマイラは知能に劣り人語を話すことはできませんが、異常な素早さと鋭い爪や牙があり、攪乱には最適です。口から毒を吐けますが、あまりに強力なので味方がいるところでは大惨事になります」
「味方にも効くのか?」
「ええ。ああ、あと、二日酔いになると被害者が出ることもありますので、お酒は与えないでください」
「ゲロが毒なのか……」
「臭いだけで味方一部隊を壊滅させたこともあります」
「敵一部隊ではなく?」
「味方です」
ラミュは次々と種族特徴を述べるが、どれもこれも限定された使い途ばかりだ。万能に戦えそうなのは己と魔将軍であるラミュ、そしてヴァルキリーのネハシムくらいのものだろうか。だが、ネハシムを信用してもよいものか。
ユランは脱力し、玉座に深くもたれて長い息を吐いた。
「人間軍の掃討作戦の規模は?」
「計りかねますね。ただ、今回は澱みの森の魔物に対する作戦でして、ニーズヘッグ城までは視野に入れていないはずですので、一〇〇〇といったところでしょうか」
ニーズヘッグ城の非戦闘員を含めた数の十倍。籠城戦でなければ絶望的戦力差だ。
「件の勇者とやらは出ているのか?」
「さて、どうでしょうか」
ユランが玉座の肘置きを、幼い人差し指でこつこつと叩く。
どうにも要領を得ない。そもそも、どういう知り方で掃討作戦に気づいたのか。
「作戦を知った方法は?」
「黒妖精を間者として人間軍に送り込みました」
「なるほど」
精霊にせよ妖精にせよ、人間には可視できないやつらがいる。薄汚いゴブリンのようなやつらではなく、羽根が生えた蝶のような小人だ。大した攻撃力もなく、できることといえばせいぜいが物を隠すなどの悪戯程度のことだ。
だからこそ人間は黒妖精を放置しがちなのだが、己が人間だった十年前、こんな阿呆ばかりの魔族を相手に苦戦を強いられていた大きな原因の一つだったのかもしれない。
だが、だとするならば魔族がここまで押し込まれた現在、人間軍に所属している二人の勇者とやらの力は、かつての己を遙かに凌駕しているということだ。
そこまで考えて、ユラン・シャンディラは自嘲する。
比べるものではない。たかが一介の老兵に過ぎなかった己と、選ばれし勇者様だ。当然力の差もあろう。
「なぜ正確な規模がわからんのだ。黒妖精はちゃんと報告しないのか?」
「ああ、黒妖精たちは数字を指の数までしか数えられないもので、大体の報告で、手足を合わせて二十人くらいと言ってくるのですよ」
ユランが白目を剥く。
おい。本物の糞バカじゃないか。ちょっと可愛いが。
「……貴様、もう少しましな人選はなかったのか……」
ラミュが遠い目であさっての方向を見据えながら呟いた。
「頭脳を優先すれば姿が見える。姿を消せば頭脳も消える。世の中、そうそう思い通りにはいかないものです。黒妖精の脳みそは、どんぐり程度の大きさですからね」
すごい。まあまあ美人に位置すると思っていた顔が、一瞬で老け顔になった。
「貴様も案外苦労していたのだな」
「……わかっていただけます? 魔将軍なき今、十年持ちこたえただけで、ほんと奇跡ですよ」
二人のため息が重なる。
魔族たちは飽きてしまったのか、すでに雑談を開始している。こういうところが、もうほんとにどうしようもないやつらだ。己の生き死ににもかかわってくるだろうに。
「まあいい。この十年間、貴様が陣頭指揮に立っていたというなら、今から言う言葉を貴様から伝えろ」
「はいはい。もうなんでもやりますよ」
ユランはため息交じりに呟く。
「澱みの森はたしかニーズヘッグ城を囲うように位置していたな?」
「ええ」
「人間軍の駐屯地で最も近い位置はどこだ」
「南ですね。南のレエル湖付近に小さな砦を建設し、そこを最前線基地としています」
レエル湖と言えば、澱みの森からそう離れてはいない位置にある。馬はもちろん馬車であっても、一刻とかからず、森まで到着できるはずだ。
淡水魚が豊富で周囲には野菜果物まで自生しているため、駐屯にはもってこいの場所だ。自身が人間であった頃は、まだ魔軍の領地だったのだけれど。
「黒妖精からの報告によりますと、レエル砦には王都カナンから出立した大地を埋め尽くす二十人規模の騎士たちが集っているそうです」
ユランはしばし考えて顔を歪める。
「おい、黒妖精の報告する数字を言うのはやめろ。余計にややこしくなる」
「はいな。で、先日そこに例の勇者の片割れも姿を現したとか」
本格的に時間がなさそうだ。だが、規模がわからないのでは話にならない。
「空を飛べて、なおかつ数字のわかるやつはいるか?」
「たくさんいますよ。たぶん。ただ、言葉と文字に表すことができませんがね」
ユランがずるりと玉座で背中を滑らせた。
「なんなんだ、魔族ってのは……」
「ユランが魔将軍をばっさばっさ殺したせいですよ……」
魔将軍とは、そういった基準で選ばれていたのだということを、ユランは初めて知った。
あちらを立てればこちらが立たず。ふつうに使える程度の人材さえいないとは、あきれ果てる。
「ダークエルフ族は能力が高くとも少々性格に難がありますし、どうにか兼ね備えているのはヴァルキリーのネハシムくらいのものです」
「あてにならんな。傭兵は好きではない」
やつらは雇用の条件次第で、いつでも裏切る。
二十代前半の頃、味方のヴァルキリーを信じて一度痛い目に遭ったことがある。もっとも、二十代後半の自滅に比べれば些細な出来事ではあったが。
物憂げなため息をつく。
「まあいい。どのみち撤退したところで未来はない。今すぐ巨人どもを澱みの森南端の浅い位置に並べ、ミノタウロスどもに投石を運ばせろ。まずは様子見で、投石の防衛ラインを築く。樹木があれば矢はかなり防げるし、敵は狙いも定められんはずだ。炎の魔法であれば灼き払えるが、臆病者の魔導師どもが出てくるのはいつだって騎士より遅い」
それが王都カナンの弱点だ。協会の魔導師どもには何度苛つかされたことか。
それゆえに存在する、騎士団と魔導師協会の確執。連携不足。これを突かない手はない。
「巨人族は三体しかいませんが、足ります?」
「……足りん。足りんが、もう何もかもが足りてない以上、四の五の言わずにやってもらう他ない」
ラミュが顔をしかめる。
「絶滅の恐れがありますので、あまり数を減らしたくはないのですが」
「無理だと判断したら、ニーズヘッグ城の城壁まで退けと伝えろ。森を棄てて防衛ラインを後退させる。森の魔物どもには気の毒だが、魔族の命には代えられん。森の中腹にはキマイラや小人族を配置し、愚鈍な巨人どもの撤退補助をさせる。フェニックスどもは放つなよ。森を灼いては自滅だ」
「承知しました」
ふと気づけば、石像ガーゴイルのミケゴイルがこちらに視線を向けていた。猫頭の瞼が、小麦を碾く石臼のようにごりごりと音を立て、瞬きをしている。
「……力を貸してやってもよいぞ? 魔王様よ」
なんで常に上から目線なのだ、こいつは……。
「ちっ! ならば貴様はニーズヘッグ城の城門裏で座っていろ。背中を門にもたれかけてな」
「なぜ今舌打ち……」
攻城兵器。とくに破城槌などを持ち出された場合、門の重さや頑丈さが生死を分ける。城壁から敵を削りきるのが先か、城門が破られるのが先か。この糞無駄な置物でも重しくらいにはなれるはずだ。
とはいえ、澱みの森は深い。破城槌を荷車にのせて抜けてくる可能性は、ほとんど皆無だろう。
「他のものはライン後退後、城壁から援護射撃だ。弓でも岩石でもいい。とにかく落とさせろ。世界蛇のように手足の存在しないやつらは、城内中庭で待機。ミケゴイルがくたばって城門が破られた場合、抜けてきた兵を駆逐させろ」
「……え? 我、くたばるの? まじでっ!? そういう扱い!?」
ミケゴイルの呟きを無視して、ラミュが頭を下げた。
「承知しました」
「あれ、ちょっと、承知されるの? あの、我どうなるの? もうだめだ~ってなっても、途中で逃げちゃだめなの? ちょっと? 魔王様?」
まあ、今回の侵攻ではニーズヘッグ城まで攻め込む気がなさそうだし、ミケゴイルの出番はないだろう――が、面倒なので言わないことにした。
「よし、すぐに動けよ。すでに今この瞬間に侵攻が開始されてもおかしくはな――」
そこまで言った瞬間だった。耳もとで羽虫が飛ぶような耳障りな音がしたのは。
手で払って視線を向けると、小さな羽根を持った妖精がいた。素っ裸だが雌雄は不明だ。
妖精はひとしきりユランの周囲を飛び回ると、結局ラミュの肩に着地した。
「ほーこく、ほーこくー」
「いいわよ。どうぞ」
「にーずへっぐ、おしろ、もん、ふるぼっこ。にんげん、にじゅーにんくらい。おしろ、かこまれてるなー」
ユランが眉をひそめて首を傾げた瞬間のことだった。
「貴様、何が言いた――」
ニーズヘッグ城敷地内で、無数の軍靴の音とともに、カナン騎士たちの鬨の声が上がったのは。
ユランとラミュが同時に白目を剥いた。
くっそwww想像の遙か上行くwwww手遅れwww
作戦全部www無意味www