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第87話 老兵に愛を

前回までのあらすじ!


トロロン復活で大いに喜んだ老兵だったが、

エドヴァルドの復活でテンションがた落ちになったぞ!

 エドヴァルドは次々と襲い来る天使の攻撃を舞い落ちる木の葉のように躱し、カタナと呼ばれる細い剣で撫で斬ってゆく。

 あいかわらず剣閃を受けることはない。ゆらり、ゆらり、千鳥足のようなステップを踏んで紙一重で躱し、躱しきれぬ斬撃のみをカタナでするりと受け流す。


 それは音の少ない戦いだった。

 剣戟の音もほとんど響かせず、けれども居館(パラス)の絨毯には秒間ごとに天使たちの腕や足、首が転がってゆく。的確に動きを奪い、命を絶つ。


 まさに天才――。

 前世で数々の戦場の最前線で生き抜き、魔王の肉体を得て魔力の扱いを知った老兵ですら、目を奪われる。


 ただ……。

 爽やかなスマ~イルで片目を閉じ、勇者エドヴァルドは天使を斬殺しながら囁く。


「やあ、また逢えて嬉しいよ、天使ちゃん。やっと僕の誘いにのってくれたんだね」


 勇者は口説く。口説くのだ。恥も外聞もなく魔王たる幼女を。


 一方で、まるで獣のような咆吼と雑な剣術で、天使の肉を削ぎ骨を断った幼女が、勢いよくルビー・レッドの頭髪を振って返り血にまみれた顔を上げた。


「あぁン? なんの話をしているッ!?」

「ふふ、だって僕の家は居館(ここの)三階だからね。キミの方から訪問してくれるだなんて、レギドたんったら、案外大胆なんだね」


 あばばばばばっ。全身に鳥肌が立った。

 死ねばいいのに……。


 トロールは、倒れたバレストラ将軍と彼を治療するセアラ王女を壁際で護りながら、ミスリルの爪を振るっている。ネハシムは天井付近を飛翔し、上空から奇襲を仕掛けてくる天使どもを相手にたった一人で応戦中だ。


 己もそうだが、皆、必死だ。

 穏やかな藍色の瞳を細め、整った顔立ちを歪めることなく、返り血の一滴も浴びずに、ぺらぺらと余裕で喋りながらカタナを振るっているこのムカつく勇者以外は。


 再度、思う。

 死ねばいいのに……。


「そうだっ、僕の部屋まで来てくれたなら、甘ぁ~いクッキーを焼いてあげよう! とっておきの小麦が手に入ったんだ!」


 ぐ、イケメンは料理まで得意なのか……!


 ユランは戦乙女(ヴァルキリー)の大腿部をドライグで削ぎ、バランスを崩させたところで胴体を真っ二つに断ち斬る。

 そうしておもむろに振り返りながらドライグの切っ先を件の勇者に向け、血走った目を剥いて怒鳴った。


「いるか阿呆が! 変態コックなら間に合っている! それに、状況を考えろ!」


 背後から頸部を狙って薙ぎ払われた大曲剣を、エドヴァルドは振り返りもせずに上体を曲げてかいくぐり、ひゅん、と軽い音だけを立てながら大天使(アークエンジェル)の頸部を刎ねる。


「おっと」


 返り血を避けたエドヴァルドに、天使が群がる。

 次の斬撃を受け流した勢いを利用して、弧を描くようにカタナを振ると、三体の天使が同時に膝から崩れ落ちて絶命した。

 簡単に真似のできるものではない。神業の類だ。


「紅茶もあるのに? レトラーゼ地方で採れた最高級品だよ? そうだ、蜂蜜をたぁ~っぷりと入れてあげようっ! ……そしてキミが飲んだ後に頬についた蜜を、僕が舐め取ってあげるんだ……」


 うごああぁぁぁ……!

 き、き、気色悪いこと言い出した……っ!!


「あ、ああ、ああ生憎と甘い物は好きではない! まったくもって好きではないぞッ!?」

「ははっ、だったら蜜を入れずにそのまま飲めばいいだけさっ」

「糞がッ!」


 とはいえ。

 ぞわぞわする不快な言葉に耳を塞ぎさえすれば、これほど心強い仲間はいない。


 エドヴァルドへの苛立ちをぶつけるかのように深紅のドレスで血飛沫に突進し、老兵は巨大な魔剣ドライグをデタラメに振るう。同時に三体を斬り捨て、そこから発生した炎の斬撃が、さらにその後方数体を灼き払う。

 その背後に迫った大天使(アークエンジェル)戦乙女(ヴァルキリー)を、軽装装備のエドヴァルドがマントをなびかせながら華麗に斬って払った。


「どうだい? 朝食には東方の料理を作ってあげるからっ」

「貴様、なぜおれが泊まる前提になっているッ!? 冗談ではないぞ!」


 大天使(アークエンジェル)の顔面を蹴った勢いで反転し、エドヴァルドに群がっていた天使たちの命を、エドヴァルドの頸ごと刈り取るべくドライグを勢いよく薙ぎ払う。


「死ね(エドヴァルド)オラァ!」


 しかしエドヴァルドはひょいと首をすくめてそれをかいくぐり、眼前至近距離で浮上してきた。吐息すら混じり合ってしまうような距離で微笑まれ、老兵は慌ててバックステップを踏んだ。


 ひえ……っ。


 どどど、と天使たちの首が複数個、地面に転がる。


「ははっ、ありがとう。僕を助けてくれたんだね」

「違うわこのダボがっ! 貴様ごと殺そうとしただけだ!」

「……んふふ、照・れ・屋・さん☆」


 うぐぁぁ……。


 幼女の表情が嫌悪に染まり、額に青筋がいくつも浮かび上がった。

 血溜まりを踏みしめて、エドヴァルドがユランの側方から槍を突き出した戦乙女(ヴァルキリー)の穂先をカタナで跳ね上げ、反す刀で袈裟懸けに斬り捨てる。

 そして振り返るなり――。


「ところで、さっきの返事って、日帰りなら来てくれるってことでいいかなっ?」


 この超弩級に迷惑なプラス思考! 死ねばいいのに!


「貴様、わかっているのか! 今のおれは年端もいかぬ子供なのだぞ!」

「心配ないさ、僕の天使ちゃん。……尊い愛はすべてを超える」


 きりっと表情を引き締めて、爽やかに微笑む。真っ白な歯が陽光を受けて輝いた。


 超えない! そこと性別だけは超えられないし、現状の己にとっては、その両方ともがアウトなのだ!


「天使どもなら先ほどから殺しまくっているだろうが! 貴様の足もとに転がっている首でも抱えて眠っていろ!」

「ああ、こんなの天使じゃない。ただ翼が生えてるだけの人間だろ?」


 エドヴァルドが真顔に戻り、事も無げに言い放つ。

 ユランは受け止めた大曲剣をドライグの熱で溶かして両断し、勢いのままに大天使(アークエンジェル)を灼き斬る。


「ふん、そこだけは同意してやる」

「キミこそが真の天使ちゃんってこと?」

「この糞莫迦が! そもそも女を天使だとか称するんじゃあない! 寒いぞ貴様ッ!」


 エドヴァルドが両手を広げてうなずいた。


「ははっ、なら僕が暖めてあげるよ! さあ、おいで!」


 言葉が通じない!

 も、もう誰でもいいから助けて! リントヴルム! ロスティアでもいいから!


 なまじ己以上に腕が立つゆえ、余計にたちが悪い。

 いや、違うな。己にもう少し魔力の素養があれば、このイルクレアの肉体も幼女ではなく少女の姿となれていただろうに。そうすれば間合いや力にも変化はあったはずだ。

 魔王イルクレアや勇者エドヴァルドと比せば、未熟なのだと認めざるを得ない、老兵の魂は。


「とにかくもうどうでもいいから僕の部屋についておいで?」


 万策尽きたか、雑な誘い方をするようになってきたな……。


「冗談ではない。階上であろうが、貴様の家などもうぼろぼろではないか。ひび割れだらけでの血塗れ臓物肉片塗れ。ふん、薄汚い。このように有象無象に侵入されるような臭い建物など願い下げだなァ、エドヴァルド」

「むぐ……」


 老兵幼女がクイっと顎を上げ、口もとを歪めながら言い放つ。


「クク。や~い、貴様んち、ぼろ屋ぁ」

「……こればっかりは仕方がないね。レディをお迎えするには、たしかに少し汚れ過ぎてしまった。ちょっと不法侵入者たちを片付けるから、そこで待ってて」


 エドヴァルドが初めて天使の集団へと正面から向き直った。

 言い争いながらでもずいぶん減らしたとはいえ、まだ三桁以上は残っている。

 しかしエドヴァルドは臆することなく、カタナをすぅっとかまえた。ふっ、と息を吐いたと思った瞬間には、すでにエドヴァルドは天使の集団へと斬り込んでいた。


「さあ、僕の活躍をそこで目に焼きつけておいてくれたまえ、天使ちゃん!」


 老兵は後ろ歩きでその場をそっと離脱し、セアラとバレストラ、そしてトロロンのもとへと走る。


「セアラ、バレストラの傷の具合はどうだ?」

「傷は塞いだけど損傷が大きかったから、すぐに開くかもしれない。治癒魔法は万能じゃない。損傷部を補うために脂肪や筋肉、足りなければその他の健康な臓器を血肉に変換して治療にあてる。だから完全には――」


 なるほど、と納得した。

 今己はやたらと腹が空いている。そのせいかと思っていたが、腹の脂肪が減ったように感じていた。深紅のドレスの腰回りも、少し弛んでいる。どうやらそれは先ほど受けたセアラの治癒魔法で、脂肪が変換されて失われた血液や傷ついた臓腑を補ったからのようだ。


「バレストラは脇腹をごっそり抉られていた。その状態で戦って血液も流しすぎた。安静にしていれば命の危険はないけれど、消耗は限界だと思う。今動けば傷口だけじゃなく、補修のために削り取った他の臓器からも出血が始まるかもしれない。……完全回復はしっかり食べて休んでからじゃないと無理だ……」


 バレストラをよく見れば、頬が痩けている。全身も一回り細くなったように見える。己とは違って、命を保つために脂肪だけではなく筋肉や臓器まで使用されてしまったのだろう。

 今は静かな寝息を立てているだけだ。


「……セアラ、この先に連れては行けんぞ」

「このトロールに背負ってもらえれば――」

「だめだ。足手まといを護りながら戦うのとそうでないのとでは天と地ほども違う。衣装部屋の隠し部屋にも運べない。女中どもを巻き込むは、こやつとて本意ではあるまい」


 バレストラの横で膝をつくセアラが、悔しげに歯がみした。そうして鼻にかかった涙声で呟く。


「じゃあどうするんだよ……。バレストラを見棄てるっていうのか……!?」


 置いていくという選択肢はない。バレストラは味方だ。味方を置いて進むは、過ちを繰り返すことに他ならない。己に課した呪いは、未だ健在だ。

 ゆえに。


「トロロン!」

「はぁ~い?」


 大天使(アークエンジェル)の顔面を右手のミスリルの爪で貫いたまま、トロールが振り返る。


「貴様に任せてもかまわんか?」

「はぁ~い。このおっちゃんを護っていればいいんだね?」

「そうだ。このおっちゃんを護れ」


 トロールは左の爪で戦乙女(ヴァルキリー)の首筋を引っ掻いて裂き、右腕を振って先ほどの大天使(アークエンジェル)をぶん投げて後続にぶつけた。


「わかった~」


 力不足は否めない。

 このトロールは旅を経てずいぶんと強くなった。装備も代わり、もはやトロール種としては異次元の強さを得たと言っても過言ではない。強くはなったが、それでも天使の集団を相手に戦えるほどではない。上位六位種の天使が一体でも来てしまえば、到底太刀打ちできないだろう。


 魔軍が先に来てくれさえすれば、その懸念も晴れるのだが……。


「平気だよ~。エドヴァルドくんがいるからね。あの人、魔王さまと同じくらい、とんでもないね。僕が十体いたって、とてもかなわないや」


 トロールは戦乙女(ヴァルキリー)の槍を強靭な毛皮で受け止め、顔をしかめながらも手甲でその頭部を打ちつけてヘルムごと剛力にて破壊する。

 毛皮には血が滲んでいる。

 エドヴァルドが秒間ごとに天使を減らしてはいるが、トロールが最後まで保つかどうかは賭になってしまう。


「ねえねえ、魔王さま。ネハシムさん以外のみんなはどうしてるの?」

「カナンの街で人命救助と大量に湧いていたデーモンの排除を行っている。おそらく天使とも交戦しているだろう」


 トロールがほうっと息を吐いて、凶悪に血走った目を細めた。


「だったら安心だね。ぼくとエドヴァルドくんが街を通って来たとき、デーモンたちはもうお城周りにしかいなくなっていたし、だったらもうすぐみんなもここに来てくれるはずだよ。それまでなら、がんばれる~」


 信じ切っている。微塵の疑いも抱いていない。


「ネハシムは連れて行く。貴様にかかる負担は倍になる」

「大丈夫だよ~。僕はみんなと違って魔物に近い魔族だから、なかなか死なないからねえ。どっか~んってなっても生きてたでしょ?」


 片目でぱちぱちと瞬きをしながら。

 頭が下がる。こいつには。身の程知らずの愛すべきトロールだ。


「……目をやられるなよ。次は見えなくなるぞ」

「うん。気をつける。もう行って」


 手甲で大曲剣を防ぎ、力任せに大天使(アークエンジェル)を毛むくじゃらの足で蹴り飛ばす。天使は血の混じった泡を噴きながら地面に転がった。


「トロリンだ」

「トロロンだよ」

「阿呆が。貴様の名ではない。約束の話だ。ネハシムと相談して決めた」

「………………ああっ! わあ、ありがとう! すっごく変な名前だね!」


 ドライグを天使に叩きつけながら、思わず噴き出してしまった。


「クク、貴様が言うかっ」


 そうして幼女はドライグを肩にのせ、崩れかけの空へと叫ぶ。


「ネハシィィーーーームッ!!」


 すぐさま天使集団にあって、六翼のヴァルキリーだけがふわりと空で回転し、天井を蹴って一気にユランの側へと着地した――と同時にネハシムは聖剣グウィベルを下段にかまえると、彼女を追ってきた十数体の天使へと目掛けて特大の雷撃を放つ。

 内臓を灼かれて爆ぜ、焦げ付き、十数体の天使がどさりと落下した。


「王座の間まで進む。バレストラは動けん。トロロンとエドヴァルドに任せる」

「わかったわ。――トロロン、わたしがいなくなったら、たぶん力天使(ヴァーチュース)と呼ばれる手強い天使が一体だけ戻ってくるわ。光線魔法を放ってくるから、それはもらっちゃだめ。ミスリルの手甲でも防げないから絶対に受けないで」

「そうなの?」

「ええ、気をつけるのよ?」


 ネハシムがトロロンの腹を掌でそっと撫で――頬を寄せた。


「……二度も死なないで。ゆるさないから……」

「うん。がんばるよ」


 トロロンの腹から顔を放したネハシムが、ユランと目を見合わせてうなずき合う。


「セアラ、貴様も走れるな?」

「うん」


 ユランがトロロンの腹を裏拳で叩く。

 ぺちん、と軽い音がした。


「ではな、トロロン」


 トロロンが髭の先を少し下げて残った片目を細め、うなずいた。


「うん。またあとでね、魔王さま。いってらっしゃ~い」


 またあとで。一言が心に染みた。涙腺が熱く火照った。

 一度は失ったと思ったからこそ、強く刻まれた。


「ああ……っ、またあとでな」


 ユランがドライグを振るいながら走り出す。

 その後を追って、セアラとネハシムも走り出した。



エドヴァルドを逮捕して!

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