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幼女魔王さま奮戦記! ~中身はおっさんですけども~  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ3巻発売中』
第七章

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第83話 老兵と亡霊騎士

前回までのあらすじ!


ネハシムの性癖(ユリロリ)に老兵もどん引きだ!

 門衛棟の屋根で身をひねって腰溜めにかまえ、魔剣ドライグの刀身に轟炎を宿す。

 赤い靴の左足で踏み込み、腰から腕へと力を流し始めた瞬間、すでに主天使(ドミニオン)と刃を交えていたヴァルキリーが叫んだ。


「――上よッ!」


 ユランはルビー・レッドの頭髪を振って視線を跳ね上げる。


 ちぃ……っ!


 空からは数体の大天使(アークエンジェル)が大曲剣を手に迫っていた。とっさに全身を傾け、ドライグの切っ先で屋根を引っ掻きながら斬り上げる。


「どるぁぁ!」


 刃に溜まった轟炎が斬撃となって三体の大天使(アークエンジェル)の肉体を通過し、空を赤く染めた。

 遅れて大天使(アークエンジェル)の肉体が燃え上がる。だが、それも一瞬。次の瞬間には燃え尽き、炭化し、門衛棟から離れた中段中庭へと転がっていた。


 その間もネハシムは六翼をそれぞれ別のベクトルで複雑に操って主天使(ドミニオン)の巨大な鋼鉄の腕を躱し、聖剣グウィベルを叩きつける。


「ハァ!」


 ギィンと金属音が響き、ネハシムが顔をしかめた。

 刃が通らない。あるいはこれがドライグであるならば、溶かしつけることもできたかもしれないけれど。

 次の瞬間、薙ぎ払われた金属質の豪腕が、金色のヴァルキリーを薙ぎ払う。


「うぐ……ッ」


 ネハシムの全身が錐揉み状態となって落下してゆく。


「ネハ――ッ!」


 だがヴァルキリーは豪腕の薙ぎ払いを受け止めたグウィベルの刃を一振りすると、六翼を同時に同方向に動かし、大地すれすれで空へと舞い上がった。


 糞! 援護を――!


 再びドライグに魔力を充填するも、空からひっきりなしに飛来する大天使(アークエンジェル)が邪魔で斬撃を放てない。

 赤い靴で踵を返し、大天使(アークエンジェル)を斬って大曲剣を受け流し、さらにその背後からの後続の頭部へと刃を叩きつける。


「ぐ……っ」


 空を見上げればわかる。

 レッサーデーモンの数が徐々に減ってきている。


 神軍、優勢――。


 デーモンたちが全滅すれば、空にいる大天使(アークエンジェル)戦乙女(ヴァルキリー)だけではなく、他の主天使(ドミニオン)力天使(ヴァーチュース)までこちらに来てしまう。

 そうなってしまえばひとたまりもない。


 主天使(ドミニオン)とネハシムは空で激しい攻防を繰り広げ、未だ刃の届かぬ位置にいる。

 深紅のドレスをひるがえし、背後からの羽ばたき音にドライグを水平に薙ぎ払う。


「邪魔をするなッ!」


 二枚の両翼を裂かれた神軍の戦乙女(ヴァルキリー)が門衛棟の屋根に叩きつけられて跳ね上がり、中庭へと落下していった。


 バレストラはセアラを背中から下ろし、大曲剣で大天使(アークエンジェル)を迎え撃っている。

 セアラも拙い魔法でバレストラを援護しているが、あれでは神軍はおろかレッサーデーモンの一体にすらかなわないだろう。


 どう……する……?


 このままではじり貧だ。時間が経つほどにレッサーデーモンの数は減少し、大天使(アークエンジェル)戦乙女(ヴァルキリー)の襲撃が増える。ましてや力天使(ヴァーチュース)にまでこちらに来られたら、もう絶望的だ。


 振り抜かれた大曲剣をバックステップで躱し、白銀の胸部を刃で貫いて炎を噴射する。橙に包まれた天使が全身を震わせ、一瞬の後には炭化した。

 その炎の向こう側から襲いかかってきた大天使(アークエンジェル)の翼を削いで墜落させてから、反す刀で頸骨を断つ。


「ぐ、く……っ」


 ネハシムは強大な拳を、グウィベルの刃で受け流し続けている。だが衝撃を流しきれず、上下前後左右と空で翻弄され、反撃の糸口をうまくつかめずにいる。


 おそらく跳躍ならば届く高さだ。だが、そのような稚拙な攻撃があたる敵だとは思えない。直進しかできない炎の斬撃然りだ。もっとも、そのようなものを放つ暇など与えてもくれないのだが。


 豪腕の拳を紙一重で躱したネハシムが、雷撃を放ちながら叫んだ。


「イルクレア! 先に行って!」


 ユランは天使を斬り飛ばし、視線を廻らせた。


 限界だ。バレストラはともかく、セアラがもたない。稚拙な魔法で両手から申し訳程度の炎を発してはいれども、天使どもには致命傷にすらなり得ないだろう。嫌がり、遠ざける、牽制程度のことしかできていない。

 それゆえ、彼女を護衛しているバレストラの負担は大きい。


「ぬぁらあ!」


 同じ大曲剣とは思えぬほどの鋭い振りで、天使たちの大曲剣を断ち斬り、頸を刎ね、ときには鍛え抜かれた腕でつかみ、叩きつける。

 奮戦はしているが、体力の消耗は考えるまでもなく激しいものだろう。


 ユランは歯がみする。

 ネハシムが再び叫んだ。


「イルクレア! すべてを台無しにするつもりなのっ!?」

「く……う……っ」


 だが、ユランの足は門衛棟に呪われたかのように動かない。ドライグを振り、殺し、殺し、殺す。それでも天使どもの襲撃間隔は、徐々に縮まってきている。

 レッサーデーモンの渦を透過して、滅びかけの王都の様子がうかがい知れる。それほどまでにデーモンたちの数が減ってきているのだ。


 それでも。

 己に課した呪い。カナン騎士団遊撃隊の死んだ三〇〇名の騎士たちの冷たい腕が、幼女のものとなった足に絡みつき、その手が赤い靴をつかんで放さない。



 ――また見棄てるのか、我らを見殺しにしたように。

 ――逃げるのか、卑怯者め。

 ――繰り返せ、何度も何度も、あの日の出来事を。



 ああ、亡者の囁きが聞こえる。



 ――たす……け……て……。

 ――死にたくない……死にたくなかった……。

 ――痛い……痛い……っ。



 すまない。すまなかった。



 ――自ら投げ出したおまえに、仲間などできるものか。

 ――朽ちろ、朽ちろ、ここで朽ちろ。

 ――苦しめ、藻掻け、そして深海に沈むように死んでゆけ。



 幻聴だ。そんなことはわかっている。ずっとわかっていた。

 それでも、動かない。動けない。


 魔王の……いや、老兵ユラン・シャンディラの瞳に怯えが走った。無数の亡霊が、亡者が己の全身にのしかかる。血塗れの腕を回し、取れかけの足を絡ませ、血塗れの唇で、動くな、と囁きながら。

 その中に、()のトロールの姿がなかったことだけが幸いか。


 そうして幼女は弱々しい視線をネハシムへと向けて、呪詛を呟いた。力強く天使を斬り伏せ、しかしその顔に卑屈な笑みを浮かべながら。


「だめだ……、貴様をおいては行けない……」

「イルクレア!」

「だめだ、だめなんだ……」


 ネハシムは豪腕を受け流しながら懇願する。


「お願いだから聞き分けて! 時間がないの!」

「でき……ない……」


 ネハシムの表情が変わった。それまで、ほとんど負の表情というものを作らなかったヴァルキリーが、このとき初めて怒りに形相を歪めたのだ。


「……~~ッ、こ、の……いい加減にして……ッ」

「無理だ……」


 亡霊は足を放さない。軽いはずの肉体が、重く、重く、まるで煉獄(アビス)まで引きずり込まれるかのように。

 ああ、こっちへ来いと、囁いている。


「このバカ、バカバカバカ!」

「だめ……だ……」

「いつものあなたはどうしたの!? 傲慢で、不遜で、強いあなたはどこに行ったの!?」


 そうして金色のヴァルキリーは、自身が対峙する主天使(ドミニオン)に背中を向けて歯を食いしばり、老兵の魂へと叩きつけるように怒声を上げた。


「そんな亡霊(もの)、さっさと斬り払って進みなさいっ!! ユラン・シャンディラーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 数秒あった。

 数秒あって、いつの間にかうつむいていた顔を、ユランは上げた。ゆっくりと、ゆっくりと、ルビー・レッドの瞳が見開かれてゆく。

 ざわり、と全身の皮膚が騒いだ。


 今、なんと言った……?


 六翼の背を目掛けて繰り出された鋼鉄の豪腕を足を振り上げて躱し、ネハシムは力任せにグウィベルの刃を主天使(ドミニオン)の頭部へと叩きつける。


「~~ッ」


 しかし響くは金属音のみ。追撃に放った雷撃にも怯むことなく、主天使(ドミニオン)は攻撃を躱しながら逃げ回るヴァルキリーを追って飛翔する。


 呼んだのか? おれの名を? ネハシムが? どうして? 正体が? ラミュが話した?


 頭が真っ白になっていた。


「ぼうっとするな、魔王!」


 呆然と立つユランを目掛けて迫った天使を、バレストラが苛立たしげに蹴散らす。大曲剣で斬り払い、空いた左手で顔面をつかんで屋根へと叩きつける。

 ぐしゃり、と頭蓋の砕ける嫌な音がして、天使の頭部が血肉となって弾けた。


「おい、レギド! 今のヴァルキリーの言葉はどういうことだ!」

「ネハシムは何を言っているの!? さっきなんて言ったの!?」


 セアラが細い手で幼い魔王の肩をつかみ、前後に激しく揺する。


「……ユ……ラン……」


 幼い唇が微かに開き、ぽつり、呟いた。

 己の名を。呟いた。


 バレストラの髪が逆立った。凄まじい形相の笑みを浮かべ、天使を力任せに薙ぎ払いながら口を開く。


「いるのか!? あの勇者が! 生きているのか、ユラン・シャンディラ殿が!」

「だったらまだ、終わってなんかない。王都が落とされたって終わるもんか! 人類は終わってなんかいないよ! ゼラおじさんが信じた勇者だ、死んだりなんてするもんか!」


 セアラが両手から炎を出し、天使の突撃を牽制する。勢いを失った天使の肉体が、バレストラの大曲剣に打たれて拉げた。


「やれるぞ、まだ……ッ」

「うん、やれる……っ」


 けれども、老兵にはそんな言葉は届かず。ただ、幼い瞳で空のヴァルキリーを見つめていた。


 たしかめねばならない。ああ、たしかめねばならないとも。己もあの乙女も、ここではまだ死ねないのだ。


 ほんの一瞬、亡霊の存在を忘れた。だからこそ、折れた膝に力が戻った。

 老兵は幼い肉体で立ち上がる。

 そうして、誰にともなく呟いた。


「……すまんな、貴様ら。どうやらおれは、まだ逝くわけにはいかんようだ。……ゆえに、今しばらく煉獄(アビス)で待っていろ」


 しつこくまとわりつく亡霊をドライグの一振りで斬って払い除け、空に視線を向けて。


 ああ、幻聴が消えてゆく。


 ユランが静かに口を開けた。


「借りるぞ、バレストラ。セアラを背負って先に覗き窓(ペヒナーゼ)に飛び込め。時間がない。説明は省く」

「ああ!? 何を言ってい――るぅ!?」


 背中越しに振り返ろうとしたバレストラの背を駆け上がり、頭部を蹴って跳躍する。

 裂けて短くなった深紅のドレスをはためかせ、巨体、ヴァルキリーを追い回す主天使(ドミニオン)の肉体までをも利用して蹴り、高く、高く。

 舞い上がる。

 六翼で自在に空を駆ける、金色のヴァルキリーの高度まで。


「――っ!?」

「待たせたな」

「な、え、ちょっとあなた――ッ!?」


 幼女、不敵な笑みを浮かべて。

 ネハシムの背中に飛びつき、ユランは六翼を一気に幼い両腕で掻き抱いた。一翼たりとも動かせぬほどに拘束して。


「う、嘘でしょう!?」

「貴様は聞き分けがない。強引にいかせてもらう」


 空への揚力を失ったネハシムの肉体が落下し始めた直後、主天使(ドミニオン)の右手が振り抜かれ、ネハシムの羽根付きヘルムをぐしゃりと握りつぶした。


「~~ッ!?」


 間一髪ですり抜け、勢いそのままにユランはネハシムの背中を礼拝堂(カペレ)へと続く覗き窓(ペヒナーゼ)を目掛けて蹴り飛ばす。


「入れ」

「きゃあっ!?」


 そこにはすでにバレストラとセアラの姿があった。

 ネハシムの全身が覗き窓の(ペヒナーゼ)にすっぽりと収まったことを確認してから自らはドライグを壁に突き立て、ぶら下がる。

 すぐにネハシムが窓から顔を出し、壁に張りついたユランの手を取った。


「ん~~~~~~っ、ああ、重いぃぃ」


 六翼をばたばたと動かして、顔を真っ赤に染め、必死の形相でドライグごと幼女を引っ張り上げようとするネハシムの腰を、バレストラが背後からつかんで一気に引いた。

 ユランは大あわてで覗き窓の(ペヒナーゼ)から這い上がり、礼拝堂(カペレ)へと続く廊下に転がり込む。


 ――ゴアアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!

 

 その直後、主天使(ドミニオン)の巨大な頭部が震動と轟音を伴って覗き窓の(ペヒナーゼ)へとねじ込まれた。

 だが、その巨体ゆえに肩がつっかえ、建物内部へは入れない。


「クク、いい様だ」


 ユランが赤い靴を鳴らして覗き窓の(ペヒナーゼ)から頸だけを出した主天使(ドミニオン)まで歩み寄り、高圧的な笑みで言い放った。

 主天使(ドミニオン)は獣のように獰猛に打ち歯を鳴らしながら、臓腑に響くほどの低いうなり声をあげている。


「仲間がずいぶんと世話になったな」


 両の足で大地をつかみ、幼女は至近距離でドライグの切っ先を巨大天使の眼球に照準して。


「礼だ。――受け取れえええぇぇぇぇ!」


 鋼鉄をも熔解する熱量をともなったドライグの刃が、主天使(ドミニオン)の眼球へと沈み込んだ。

 金属質の表皮を溶かし、目や鼻や口から溶岩のようなものを流しながら悶え苦しんだ後、全身を一度だけ大きく震わせて、主天使(ドミニオン)は断末魔の叫びを上げながら中庭へと落下していった。




あれ? だったらネハシム姐さんの性癖はノーマルじゃね?

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