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第8話 老兵とポンコツ魔族

前回までのあらすじ!


蛇女が幼女(人)に幼女(鬼)をむりやり押しつけたぞ!

 ユラン・シャンディラは困っていた。

 玉座から見下ろす、その光景に。正直言えば頭が痛い。


 右を見れば全身毛むくじゃらでどこが首だかわからないくらい膨らんだトロール族に、もとの自身の肉体の倍はあろうかという巨人族、逆に肉体の小さな小人族、黒妖精族に人狼、うしろでにょろにょろしている巨大なやつは世界蛇か。


 左を見れば石像ガーゴイルに、溶岩の肉体を持つ不死鳥フェニックス、やたら嬉しげに蛇の尾を振ってる頭の悪そうなキマイラに、牛頭ミノタウロス。粘性生物スライム。小綺麗なのはヴァルキリーとダークエルフくらいのものだ。


 むろん、そこにはラスの姿もある。部屋の隅に、ちょこんと控えて。


 その他有象無象がおよそ一〇〇体。異形の跋扈する光景だ。

 戦闘員、非戦闘員問わず、どいつもこいつもとんでもない容姿をしている。当然だが、人間だった時分に斬りまくってきた敵対種族しかいない。

 条件反射で皆殺しにしてしまいたい衝動に駆られる。

 もっとも、やつらときたらキラキラした無邪気な視線を、愚かにもこちらへと向けてきているのだけれど。


 ユランはため息をついた。


「おい、ラミュ」

「はっ」


 先ほどまでの態度とは裏腹に、蛇の女王ラミュ・ナーガラージャは玉座前の最前列で傅き、膝を折ったまま視線を上げた。

 さすがに皆の前では服従のふりをするらしい。器用な女だ。


「魔将軍はどいつだ?」

「恐れながら。十年前すでにユラン・シャンディラめに全員が……」


 あきれた視線で睨み上げられ、ユランは視線を逸らした。


 おめえのせいだろうがよ、とでも言いたげな目だ。


 ラミュはユランに従っているのではない。あくまでもイルクレアの肉体に忠誠を尽くしているだけに過ぎないのだ。


「なるほど。それは気の毒だ」


 どうやら自身は、ラミュ以外のすべての魔将軍を皆殺しにしてしまっていたらしい。この数では人間軍を相手に籠城戦どころではない。あまりに手駒が少なすぎる。一日と保たない。

 己はどうにか生き延びて、イルクレアの魂の入った器を捜すつもりだったが、それは中々に難しそうだ。


 イルクレア、おまえはどこにいる――。


 瞳を閉じれば笑顔が浮かぶ。唇の端に血の浮いた笑顔だ。

 ずきっと胸が痛んだ。


「魔王様?」


 やたらもっさりしたトロールが、心配そうに声をかけてきた。


「む、なんだ?」


 両足で立ってはいるが、人間とはおおよそかけ離れた容姿をしている。首がないし、全身が汚い緑色の毛皮で覆われた球体のようだ。耳の位置もあって、どちらかと言えば獣に近い。


「大丈夫かい?」


 魔族なんぞに心配される謂われはないわ! と返したいところをぐっと堪え、ユランは玉座の肘置きにもたれて片頬だけで歪んだ高圧的な笑みを返した。


「ふん、心配するな。トロール、貴様の名は?」

「ぼくかい?」

「他にいるか、愚図が。とっととこたえろ」


 トロールがぱちぱちと瞬きをする。しん、と謁見の間が静まりかえった。


 しまった。言い過ぎたか。考えてみれば、イルクレアが配下に対してどのような態度を取っていたかなど、まるで知らない。人類の感覚で王や騎士長、貴族どもになりきってはみたが、違っていたのだろうか。


 しかしもっさりした巨大トロールは、全身を左右に大きく揺らすという妙に可愛らしい仕草で血走った凶暴そうな眼を細めた。

 仕草が可愛らしいだけに、顔の怖さが妙に際立っている。


「トロロンだよ」

「……お、おう。貴様、なかなか可愛い名をしているな」


 しかし、見れば見るほど毛玉だ。毛玉が喋り、毛玉が揺れている。抱きついたらさぞや気持ちよかろう。


「なぁ~に言ってんのさ。忘れちゃったの? 魔王様がつけてくださった名前だよぉ」

「そ、そうだったか」


 イルクレアのやつ、魔王の分際でキラキラした名前などをつけおって……あいつ、いったいどういう魔王だったんだ?


 もさもさと体毛を揺らして、トロロンが無邪気に笑った。いや、表情はともかくとして、顔面の作りは極めて凶悪な魔族のそれなのだが。

 正直、これほど近くで剣もかまえずにともにいることが恐ろしい。


「ぼく、この名前、好きなんだぁ~」

「そうか。それは……まぁ、何よりだ」


 しどろもどろにそう告げると、あわてた様子でラミュが声を上げた。


「魔王様はほとんどの記憶を失っておられるのです! 少々横柄で頭が悪そうな口調となってしまわれましたが、混乱されているだけなので心配は無用です!」


 誰の頭が悪いだと……。これでも精一杯魔王らしさを出そうとしているのだぞ……。


 ラミュを睨むと、逆に睨み返された。渋々視線を逸らす。

 どうにも昔から美女には頭が上がらない。


「まあ、そんなわけだ。すまんな、貴様ら」


 今さら口調を直すのも面倒且つ不自然だ。もういっそこのまま突っ切るしかない。

 幼女の姿でユランが顎をクイと上げ、高圧的に言い放つ。


「で、だ。貴様らを集めたのには理由がある」

「フ、言われずともわかっているとも。陣頭は我にまかせるがいい」


 石像ガーゴイルがやたらと低く渋い声で呟いた。そうして玉座の前まで出てきて、くるりとユランに背中を向ける。


「喜べ、おまえたち! 今宵は魔王様の復活祭だッ! 浴ァァ~~びるほどにィィ、酒が飲めるぞォォォ!」


 うおぉぉぉ、と割れんばかりの歓声が一気に轟き、謁見の間に反響する。

 ユランが白目を剥きながら叫んだ。


「ちっがぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~うっ!! 阿呆か貴様ら!」

「んぇ?」


 ガーゴイルが振り返り、がちん、がちんと瞬きをした。その後、ごりごりと石を擦り合うような音を響かせながら、首を傾げる。


 ユランは思った。

 こいつ、すげえ頭悪い……と。


 いや、よく見ればラミュを除くほとんど全員が、同じように首を傾げている。

 このガーゴイルの頭が悪いのではない。魔族の頭が総じておかしいのかもしれない。


「今がどういう状況かを考えろ! 明日にも人間軍が澱みの森の魔物掃討作戦を開始しようとしているのだぞ! 酒なんぞかっ喰らって眠ってる場合か! そこのガーゴイル! 貴様、名は!?」

「おや? 我が名まで忘れてしまわれたか。ではあらためて名乗らせていただこう」


 大仰にも石像ガーゴイルは石の翼を大きく広げ、首をわずかに背け、視線だけをこちらに残しながら、三本しかない指のうち一本で自らを指し、誇らしげに胸を張った。


「魔軍にその置物あり! 人間軍に恐怖と絶望を轟かせ、魔軍に光りと希望を与えし石像ガーゴイル、ミケゴイルとは我のことよ!」


 知らん。


 魔軍の強者は概ね記憶していたはずだが、少なくともガーゴイルはノーチェックだ。一体たりとも手強かった個体はいない。殴れば割れる泥人形程度の認識しかない。

 だがまあ、名はおぼえやすい。何せこいつの頭部は猫のような形状をしている。とにかく不細工な猫だ。こいつを作った工匠に修正させたい。


 幼い咳払いを一つして、ユランが尋ねる。


「……おい、ミケゴイルとやら。それも、おれが名づけたのか?」

「フ、そのような質問をされるとは、実に愚かなり、魔王イルクレア様。否っ、愚の骨頂というものっ」


 びきっとこめかみに血管が浮いた。いや、しかし、と思い直す。

 小馬鹿にされたのは己ではない。この肉体。つまりはイルクレア・レギド・ニーズヘッグだ。それはそれで複雑な心境ではあるが。


 イルクレアのやつ、ボロカス言われてたんだな~……。というか、このニーズヘッグ城の言いしれぬアットホーム感よ……。


 家族を持ったことはないが、これはこれでありなのかもしれない。


「恐れ多くもこの我、他者に均された道を歩むような愚物ではない。ゆえに、生まれ出でし日に自ら名乗ったのだ。――我が名は大地の王ミケゴイルである! とな」


 ユランは魂の抜けたような顔で思う。そんな赤ん坊は嫌だ、と。


 ん? 待て……なんの王だと? 大地?


「貴様、まさか翼があるのに飛べんのか!?」

「フ……」


 カッと目を見開き、ミケゴイルが自信満々に叫んだ。


「石を舐めるでないわッ! 正直この我、飛ぶことはもちろん、走ることは愚か歩くことすら困難であるッ!」


 でしょうね! さっきから動くたびに関節ごりごり鳴ってるからね!


 他の魔族たちが一斉にミケゴイルを指さして、どっと笑った。どうやらこいつは魔軍において、人気(笑い)者のようだ。

 王都カナンの騎士学校(アカデミア)にも各クラスに一人はいた、お調子者というやつだ。


 ユランは頭を抱え込む。

 なんとなくだが、十年前の突入時にミケゴイルだけが生き延びた理由がわかった気がした。飛べぬ、走れぬ、これでは老兵ユランにさえ追いつけぬ、だ。


 つまり、他のガーゴイルたちとは違い、ぽんこつ個体ゆえに生き残れたのだ。だからこそ魔軍にその“置物”あり、などと()()されていたのだと。本人は真意にまったく気づいていなさそうだが。


 ユランが責めるような視線をラミュに向けた。


「おい、ラミュ」

「はい」

「まともに使えるやつはいないのか」

「まとも、とは? 頭ですか? 力ですか?」

「理想は両方だが、この際もうどっちでもいい。役に立つならな」


 ラミュが唇に手をあて、少し考える素振りをする。


「そうですね。フェニックス族は肉を焼くのが得意です。スライム族は這い回るだけで掃除になりますね。体内に摂取したゴミはそのうち消化吸収されますし、処理の必要もありません。実に便利ですよ」

「……冗談は嫌いだと言ったはずだ。茶番など辞めてもいいのだぞ、おれはな」


 ユランが血走った瞳で不機嫌そうに唸ると、ラミュが玉座に近づいて耳打ちをした。


「もちろん人肉も灼けます、死体も綺麗に溶かせます、という話ですよ。人間のあなたを考慮して少々マイルドな表現をしたのですが、お気に召さなかったようですね」


 耳にあたる甘い吐息の声に、ユランはわずかに首を傾けて顔をしかめる。


 ああ言えばこう言う。実に腹立たしい女だ。そもそもこいつが紛らわしい説明をしたからだというのに。


「まわりくどいのも好きではない。それと、あまりおれに近づくな」


 ユランがラミュの肩を押して下がらせる。少々体温は低いが、しっとりとした女の肌だった。


「あら、照れていますの? それとも、わたくしのことも好きではありませんか?」

「ふん、後者に決まっている。今のおれはガキ女の肉体だぞ。性欲などあるものか」


 ラミュが拗ねたように唇を尖らせ、肩をすくめた。


「そのお姿もステキですのに。お望みでしたら、寝所をともにさせていただきますよ。わたくしの願いは中身(あなた)ではなく、その肉体をお守りすることですから。そのためでしたら喜んで」


 嫌な女だ。


「冗談ではない。……………………おい、イルクレアは貴様にそんなことをさせていたのか?」

「それこそ冗談ですから」


 嫌な女だ!


 とは言うものの。

 ずいぶんと長い間、女を断っていた。二十代の後半からだ。だからだろう。魔族の雌などをオンナとして見てしまうのは。


 嫌になる。つくづくだ。

 もっとも、もっと以前から。


 己は魔王イルクレア・レギド・ニーズヘッグに惹かれていたのだが。だからこそ、イルクレアが我が肉体となってしまった今、気持ちの行き先は彼女の魂にしかない。


 ユランは肘置きにもたれ、幼い手で顔を覆った。隠されたその口もとに、穏やかな微笑みが浮かぶ。


 本当に、嫌になる。



ぽんこつしかいねえ……\(^o^)/

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