第79話 老兵が初恋相手とか
前回までのあらすじ!
ヘドロ誕生ならず!!
よかったね、トロリン!
王城西方――。
無秩序に暴れる無数のレッサーデーモンから、未だ抵抗を続ける勢力があった。
女は唱える。襲い来るレッサーデーモンの群れへと右手を掲げ、紅を引かずとも赤く輝く血色のよい唇で。
「――煉獄の猛き火炎が一筋」
自身の周囲を揺らがせ、空間をつなぎ合わせ、異空より事象を運ぶ。
人はそれを魔の法と呼ぶ。
つかむ。空間を。
つかんだ手の中に特大剣をも上回る、炎のみから形作られた、空まで届かんばかりの長槍が顕現する。
「大炎槍」
重量はない。熱量ならばあるけれど。
女は黒を基調としたシンプルなドレスをひるがえすと、身をねじり込むようにして身体を回転させながら、炎の長槍を空へと薙いだ。
黒煙に包まれた空が、赤く割れる。
一振り。逆袈裟に。
数十体のレッサーデーモンが半身を焦げつかせ、落下する。
反す刀で二振り。袈裟懸けに。
すり抜けて迫った数十体を灼き払う。
「ハァァァ!」
高く持ち上げて、三振り。大地へと叩きつける。
落ちてなお蠢く生命力の怪物は、その一撃で大地とともに熔解した。
ぱん、と炎の長槍が火花と化して消滅する。
だが、レッサーデーモンは自身が朽ちることすら恐れない。次から次へと空から飛来する。
見上げ、眉をひそめる。
「はあ~……。煩わしいこと。――純潔なりし水辺に戯れる乙女が二振り」
瞬間、空をつかんだ両手の中に、氷のみで形作られた剣が二振り、顕現する。
「氷双剣」
爪をかいくぐって躱し、すれ違い様に刃で撫でる。
レッサーデーモンの皮膚は硬い。鋼鉄では斬り裂けない。ましてや非力な女の振るう氷の剣などでは。
女の背後に回ったレッサーデーモンが、身を翻して細い背中へと襲いかかる。女は反応しない。後続のデーモンに気を向けていて。
レッサーデーモンは己の勝利を確信する。
けれども、その爪を首筋へと振り下ろそうとしたとき、己の肉体が急速に動かなくなりつつあることに気がつく。翼は重さを増し、関節は凍りつく。
為す術もなく女の足もとに落下したレッサーデーモンが最期に見たものは、踵の尖った靴裏だった。
女はピンヒールで凍りついたレッサーデーモンの首を踏み貫く。
直後、女は目的のものを発見した。
もちろん上空に群れを成すレッサーデーモンどもではない。白金の柔らかな髪の少女。白のドレスのスカートを裂いて全力疾走している、この国の希望。王女セアラ・ライギスフィールド。
どういうわけか、ルビー・レッドの頭髪の幼女と、金色のヴァルキリーを連れているけれど。
王女が叫んだ。
「アデルリアナ先生!」
「急ぎなさい、セアラ」
セアラとその連れに襲いかかるレッサーデーモンを、アデルリアナは大炎槍で薙ぎ払う。もっとも、あまり必要はなさそうだったけれど。
どういうわけか幼女とヴァルキリーは、とんでもない魔力を秘めた特大剣を持っていたのだから。
護衛……? あんな幼い子供が……?
アデルリアナはセアラ一行と合流した瞬間、レッサーデーモンの群れに背中を向けてセアラたちと走り出す。
「早く学校へ」
「うんっ」
背後に迫ったレッサーデーモンたちを、セアラの護衛をしていた幼女とヴァルキリーが凄まじい勢いで次々と斬り落として進む。
恐ろしい。息すら乱していない。
「よい魔法騎士ですね」
そう、魔法騎士だ。騎士ではない。二人とも魔の力を秘めているのを感じる。でなければあんな特大剣を、あんな幼女が振り回せるわけがないのだ。炎や雷は当然として。
大した手練れだと思う。騎士学校の教師にだってそうはいない。この国の将軍級の力は少なくとも保持している。
カナン王国の北門からここまで、無事にやってこられただけのことはある。
「学校周辺に結界を張っています。残念ながら協会員はわたしを除いて全滅しました」
「そんな……! じゃあ結界は今誰が張っているの!?」
アデルリアナは淡々と事も無げにこたえる。
「避難してきた魔導師学校の学生たちですね。さすがに学生を実戦に出すわけにはいきませんから、留まらせて結界を張らせてます」
結界をくぐる。最初にセアラが、そしてアデルリアナが、ヴァルキリーが、そして幼女――。
「んがンっ!?」
幼女が奇妙な声を出して、びたんと結界にぶつかった。大いにぶつかってしまったらしく、整った顔が拉げている。
「お、おい、なんだこれは!? おれだけ入れんぞ!」
アデルリアナが眉をひそめて幼女を睨み、首を傾げる。
「……はぁ~。また煩わしい。何者です? それは魔の侵入を防ぐだけの結界なのですが?」
「おれはただの魔王だ! わかったらさっさと入れろッ!」
「ただの……ええ~……」
幼女が拳でガンガン結界を叩いている。
必死な形相が可愛らしい。結界の向こう側でわちゃわちゃ動いている。用足しを我慢している子供のようだ。
「え~……魔王って、あの魔王レギド? 入れろったって、そんなの無理に決まってるでしょ。魔の王ってゆーか、敵国の女王なんだから。常識あります? ねえ?」
「貴様んとこのお転婆王女を護って連れてきてやったんだろうが! 人間に恩義という概念はないのかッ!? 犬でも持ち合わせているものだぞ!?」
うっわぁ、目が血走ってる……。怖ぁ~……。
「知りませんよ、そんなもん。だってわたし、見てないですからー?」
「この……ど阿呆の腐れ女がッ! 四の五の言ってないで開けろ! セアラ、貴様からも言え! これだから魔導師協会は好きになれんのだ!」
彼女の背後にレッサーデーモンが迫った。
ヴァルキリーが結界をくぐって外に出て、迫ったレッサーデーモンを斬り飛ばし、追撃の雷撃を放つ。
あの二人は、放っておいても死ぬことはなさそうに見える。
「アデルリアナ先生、お願い、通してあげて」
「なぜです?」
「レギドを父と会わせる! 同盟を締結させるんだ! だめなら父を捕らえてわたしが女王になって、人魔戦争を終わらせるんだ!」
魔王とヴァルキリーは背中合わせとなって、次々とレッサーデーモンを落としてゆく。
デタラメだ。自身とて無力な一般人ではない。将軍級の力くらいは持っていると自覚している。
だが、彼女らはなんだというのか。
凶悪なレッサーデーモンが、まるで綿の詰まった無力な人形に見える。
燃やし、溶かし、内側から爆破させ、斬って、斬って、斬って、殺す。
魔法の詠唱もなしに特大の炎や雷を放ち、空の色や大地の景色をも変えてしまう。
デーモンどころではない怪物だ。危険過ぎる。
「それで? 魔王の傀儡政権誕生ですか?」
「そんなことにはならない! わたしは誰にも従わない! それに、このままじゃどうせカナンはもたないよ! ここで国ごと心中するか、セアラ・ライギスフィールドを信じるか、先生が決めて!」
「だめだと言ったら?」
結界の外で幼女が顔中に青筋を浮かべて、不気味な笑みを浮かべた。
「もういいぞ、セアラ。時間が惜しい。結界をぶち破る」
「できますー? 学生の張った結界とはいえ、魔とはすこぶる相性が悪いですよ?」
魔王が無言で赤色の刀身を持つ特大剣を両手で引き絞った。
「さてな。やってみねばわからん」
ぐんぐん魔力が上昇してゆくに伴って、赤色の刀身が凄まじいまでの熱量を放ち始めた。それは自身が使う大魔法、大炎槍をも凌ぐ規模で膨れあがり、凄まじい大炎柱を立ち上らせ、恐れを知らぬレッサーデーモンをも遠ざける。
アデルリアナは思った。
あ、これ、だめなやつだ……。
おそらく結界どころか学校がなくなる。
自分の魔法を限界まで結界に重ねても、防げそうにない。消し飛ばされる。すべてを。
「……あー、はいはい。わかりましたよ、もう。少しだけ結界を裂くんで、その隙間から入りなさいな」
「チッ!」
なんで舌打ち……。撃ちたかったのかしら……。
裂いた結界の隙間に、魔王が恐る恐る赤い靴で踏み込む。
不意打ちなら殺れるかしら。
そんなことを考えた瞬間、紺碧の鋭い視線が自身を貫くように向けられたことに気がついた。
背筋に悪寒が走った。
「……」
「……」
アデルリアナは両手を広げて肩をすくめる。
お手上げだ。嫌なヴァルキリーがついている。
魔王そのものは魔力というものに鈍感そうだが、あのヴァルキリーは鋭い。手強いのはヴァルキリーの方かもしれない。
「はぁ~……」
あきらめた。いかにも煩わしい。
収束させた魔力を使い、結界に空けた穴を防ぐ。その瞬間にヴァルキリーの視線が外された。
レッサーデーモンがすぐに群がったけれど、結界に阻まれて周辺を彷徨くだけだ。さっきの魔王のように。あれほど可愛くはないけれど。
「ありがとう、アデルリアナ先生」
「いーえ」
「先生はわたしが来るのをわかってたの? 結界の外で待っててくれたみたいだから」
「ええ。魔導師学校にセアラの魔力が近づいてくるのを感知したので、ああ、たぶん抜け道使いたいんだろうなーと思いましてね」
「さすが」
アデルリアナは先に立って校門を開く。
むろん、魔力と呪文によってだ。閂でも鍵でもない。
「同輩に挨拶なさいますか? いくらかは民も保護していますが」
「いや、今はいい。抜け道の鍵をちょうだい。急がなきゃ」
アデルリアナは懐から鍵を出し、セアラに渡した。
「ありがとう、行ってくるね」
「ええ。わたしもついていければよかったんですが、ここを護らねばいけませんので……」
「必要ないよ。大丈夫。わたしの魔法はまだまだ未熟だけど、こいつらはほとんど無敵だから。上位デーモンだって歯が立たないくらいだ」
「ですか~……」
ああ、煩わしい。無敵であることは、それだけ同じ危険を秘めているということだ。
だが、セアラは背後の二人に視線を細めた。
信頼しているようだ。
セアラは鍵を受け取ると、校舎ではない教会のような建物へと歩いてゆく。むろん、魔王レギドと金色のヴァルキリーもだ。
「セアラ」
「何? どうしたの、先生?」
セアラが立ち止まって振り返った。
アデルリアナは、言葉を慎重に選んで呟く。
「気をつけなさい。本当に抜け道がまだ生きているなら、そこからガレン王が脱出して来られていないのは、すでにおかしいです」
死んでいるか、それすらできない状況になっている。
「わかってるよ。ありがとう、アデルリアナ先生も気をつけて」
「せいぜい頑張ってみますよ」
もしくは王城側で抜け道がデーモンに発見されてしまった。
三つ目だとしたら、この学校もそろそろ危険だ。かといって身を隠せる場所はもう王都には存在しない。そもそも、学生たちも代わる代わる結界を張って丸二日。体力も魔力も精神力も、そう長くはもたないだろう。
「じゃあ、今度こそ行ってくるね」
「はい」
アデルリアナは後頭部を掻きながら、三者の背中を見送った。
深紅のドレスの小さな背中に、なぜかふとかつての英雄の姿が重なった。
「……?」
自身がまだ学生だった頃、魔王レギドと相討ちとなって死んだ、いけすかない勇者だ。
当時、学内でも頭一つ分、魔法の才能に秀でていた自身は、早く戦場に出たいと願っていた。けれども魔導師学校に入り込んでいた魔族を斃そうと逸った結果、絶体絶命のピンチに陥った。
そのときに、自身は彼に命を救われたのだ。
騎士というにはあまりに無骨で粗野。その戦い方はまるで野獣のようだった。
性質はと言えば、噂通り無愛想な上に口も悪く、救ってもらった心からのお礼にも、言葉はおろか会釈すら返してはくれなかった。
けれども学生時代、一瞥すらくれずに去りゆくその背に心が痺れたのをおぼえている。
その男の寂しい瞳は、なぜか胸の奥底に刻まれてしまったのだ。
初恋だった。
きっと彼は、いきり立つしか能のなかった女学生のことなど、思い出しもしないのだろうけれど。
アデルリアナは片手で頭を掻き毟り、大きなため息をついた。
「……ああ、煩わしい……」
いけすかない騎士学校の連中は、まだ無事かしら。
想ひ出どろどろ。




