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幼女魔王さま奮戦記! ~中身はおっさんですけども~  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ3巻発売中』
第五章

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第63話 老兵の休日①

前回までのあらすじ!


山羊は仕留めたけど食べられないぞ!

人肉食べた山羊だからな!

 ユラン・シャンディラはぶすくれていた。


 半ば以上まで倒壊した教会裏の瓦礫に一人腰掛け、膝に肘をのせた体勢でチルム、レント、マイアの走り回る様を不機嫌に眺める。


 廃村マルス――。

 カナンの人間領域に踏み込んで以降、初めての後退だった。

 すでに回収されたのだろう。旅立つ前に堆く積んでおいたミスリル騎士らの装備は、すでに一つたりとも存在しない。


 山羊頭のデーモンを討って以降、進軍するにできなくなってしまったのだ。

 一つに、魔軍の仲間の疲弊。全員、多少なり怪我を負った。レッサーデーモンおよそ一〇〇体が相手では、犠牲が出なかっただけで御の字ではあるのだが。


 もう一つは、デーモンによって全滅させられたカナン騎士団だ。

 師団規模を超えた軍団規模の壊滅は、カナンにとっても想定外のことだっただろう。そもそもあんなところに上位のデーモンが出現したこと自体、妙なのだ。

 何かしら理由があるはずだが、思い当たる節はない。


 最後の一つは、小便チビリはともかくとして、王女セアラ・ライギスフィールドの存在だ。

 人類統一国家の王女が行方不明となったのだ。王都にとって、これほど大きな事件はない。

 まもなくあの地はカナン騎士らによる大規模な捜索が行われるだろう。師団ではなく軍団ごとでの行動だ。七人で突き進むには、あまりにリスクが高すぎる。


 本来であれば、あのまま南方へ進めば、数週間のうちには王都カナンへと辿り着けるはずだった。ゆえに、東西に進路をずらして身を隠しながら進軍するつもりだったのだが、ラミュが反対したのだ。


 言い分はロスティア・ヘンリック将軍の存在だ。

 ロスティアは他人の癖を正確に見抜く。とりわけ、ユランに対する嫌がらせ行為は的確にて覿面。己の――老兵ユラン・シャンディラのアイディアでどこへ身を隠そうとも、低くない確率で発見されてしまうだろう。ならば、老兵ユランが最も考えたくない方法で身を隠すのが一番。


 それが、一時撤退だった。


 ましてやマルスであれば、カナン騎士にとっても一度は捜索とミスリル装備の回収にあたった地だ。まさかここに舞い戻っているとは考えないでしょう、とのことだった。

 納得させられるにあまりある理由だ。


「はぁ~……、あの糞爺め……」


 およそ三日の足止めだ。どこまでも己の邪魔をしてくれる。


 チルムたちが走り寄ってきた。相も変わらずみすぼらしい格好をしている。


「どうしたの、イルクレア?」

「なんでもない。あっちで遊んでいろ」


 シッシと手を振って、三匹の餓鬼を追い払う。

 邪険にしても、チルムたちは気にした様子もなく、歓声を上げながら楽しそうに走っていった。


 ラミュは小川で全員分の衣服の替えを洗い、裸エプロンは年長者の餓鬼を引き連れて再び食料の採取、レミフィリアは結局自分の作ったソミュール液からコカトリスとバジリスクの肉を取り出し、燻製を最後まで仕上げることになった。

 ネハシム、トロロン、ヨハンは餓鬼を脅えさせぬため、再び林に身を隠す。


 まるで数日巻き戻されてしまったかのようだ。

 違いと言えば――。


「オレスティス」


 どこからともなくシュババババババという足音が聞こえ、数秒の後にはもう片膝をついた騎士が一人、頭を垂れていた。

 短めのアッシュグレーの髪型に、甘いマスク。手足はすらりと長く、それなりに鍛えられていることは服の上からでもわかる。

 ただ――。


「は、はひ! なななんでございましょう!?」


 この脅えようよ……。一体、己が何をしたというのだ……。


 気に入らん。ああ、まるで気に入らん。


「いちいちおどおどするな戯けがッ!!」

「ひぃぃっ!? ひゃい!」


 幼女魔王の怒鳴り声に、オレスティスは震える。


「セアラの様子はどうだ?」

「は、はひ! 未だ気絶したままでして……お、おそらく心的外傷というよりは、山羊頭の強すぎる魔力にあてられたものかと……」

「あてられた?」

「お、おれもあまり詳しくはないんですが、セアラ王女は魔導師でして、そ、そういった類のものには過敏に反応をしてしまうそうで……」


 あの王女に魔導の才があったのか。

 ゼラが連れていた三つか四つの頃しか知らんゆえ、思いも寄らなかった。


「セアラは魔導師協会に所属しているのか?」

「ら、らしい……です……」


 ユランが不機嫌そうに舌打ちをした。

 面倒な。


「協会は捜索のために動いているのか? ここまで遭遇してこなかったぞ」

「わ、わかりません。でもたぶん、独自には……? 魔導師協会の連中が騎士団との連携を拒むことは、珍しくないんで……へへ……」


 その通りだ。魔導師協会の連中は、いつだって騎士団から遅れて行動を取る。

 魔法学校(アカデミア)と騎士学校(アカデミア)の仲の悪さも折り紙付きだ。同じ敵を持つ者同士が味方であるとは限らない。


 しかし、事態が事態だ。協会に動き出される前に王都に辿り着かねば、こちらにとってさらに不利になってしまうことだけは間違いない。それに、ミスリル騎士どもと魔導師どもが連携を取り始めたなら、相当面倒なことになってしまう。


 にもかかわらず、己はマルスに釘付けとは。

 腹の立つ話だ。ロスティアめ。


「……そ、それで~、なのですが……、へ、へへ、お、おれっていつ解放されるんですかねぇ……?」


 泣きそうな表情のオレスティスを見て、ユランが額に血管を浮かべた。


「……現世からの解放か?」


 オレスティスの顔面に汗の玉が大量に浮いた。


「はへ!? さぁ~~~せんした! い、い、今のはナシでおなしゃっっっす!」


 だがユランは内心、驚いていた。

 逃げれば追う気は一切なかったし、適当なところで放り出すつもりでもあったが、まるで戯れに餌をやった捨て犬のように、なぜか自分からノコノコついてくるから放っておいたのだが……よもや、こちらが拘束しているつもりでついてきていたとは。


 なんたる間抜け。どれほどまでの負け犬根性か。

 だが、自発的にセアラの看病をしているゆえ便利なのは間違いない。もうしばらく放っておくか。


 ユランはため息をつく。


「あ、あの~、それで、おれはこれからどうしたら……」

「教会の角から三匹、こっちを覗いているだろう。貴様は幸いミスリル鎧を棄てたゆえ騎士にも見えん。やつらもそれほど恐れんだろうよ。ゆえに、餓鬼どもと遊んでろ」

「……えっ?」

「………………貴様、おれに二度同じ事を言わせる気か……?」


 幼女が傍らに突き立てておいた魔剣ドライグの柄を、幼い手でギュッと握る。


「ほひ!? い、いいいってきまぁ~っす!! ――へいへいへ~い、キッズたちぃ、お兄さんと遊ぼうぜぇぇぇぇ!」

「きゃ~、へんなのきたぁ!」

「ねえチルム、はやくにげよ~。チビリがうつっちゃう」

「傷つく! お兄さんそれ傷つくからぁぁぁ!」


 チルムがとたたたたと走り出すと、マイアがそれに続いた。だが、レントは男の子だけあって反応が違う。


「こんにゃろー、いしぶつけてやるーっ」

「あ、やめて! やめて!」


 老兵は思った。

 やたらと馴染んでやがる。


「おい、チビリ! お医者さんごっこは禁止だぞ!」


 最近は変態をやたらと見かけるようになったゆえ、念のために釘を刺しておく。


「し、しませんよぉぉ! いて、いてててて、あ、ちょ!」


 オレスティスはレントから逃げ回って、建物の陰に消えた。願わくばこのままいなくなってくれると気が楽だ。

 ユランはため息をつく。

 それにしても――。


「三日の足止めとは……糞!」


 それだけの期間があれば、ロスティアならば反転攻勢に出る恐れがある。

 ガリアス砦なき今、レエルディアの街はカナン騎士団に取り戻されたも同然だ。レエルディアが押さえられれば、レエルディアに家族を残しているレエル湖砦の兵士らも降伏せざるを得ないだろう。

 そうなればニーズヘッグまで手を伸ばすも時間の問題。マグナドールが最終防衛ラインに存在しているとはいえ、気持ちのよいものではない。


 そもそも、レエル湖砦を取り戻される時点で――。


「あああぁぁぁ、まったく!」


 ユランはルビー・レッドの頭髪に両手を入れ、己の膝に両肘を置いた。


 砦に駐屯させたままのラスが気になるのだ。このようなことはラミュにも言えない。

 ああ、これだから餓鬼は嫌いなのだ。己で己を守る術すら持たない。すぐに泣き出す上に肉体も弱々しい。知恵もないときたもんだ。


 餓鬼は(ちり)だ! (あくた)だ! (かす)だ!


 黒妖精を介してレエルディアの街もレエル湖砦も棄て、マグナドールの庇護下にあるニーズヘッグ城へすぐに戻れと命じたいところだが、それをしてしまったら、カナン王同様にレエルディアの民を見棄てることになってしまう。


 そのようなことができるものか! 人道にもとる行為ではないか!


 レエルディアの民を全員収容できるほどには、ニーズヘッグ城は広くはない。それに食糧不足はもはや補いようもないだろう。

 ゆえに師団を引きつけるために戦い続け、派手に動き回らねばならなかったというのに。


「ま、魔王さま……?」

「ん? なんだ、貴様か、レミフィリア」


 レミフィリアが瓦礫の陰からこちらを覗いている。その手には、燻製ののった皿があった。


「あ、あの……その……」

「ちっ、なんだ!」


 どいつもこいつも。


「……燻製、できました……けど……試食……してくれます?」

「くれ」


 レミフィリアが歩み寄ってきて、皿を差し出してきた。小さなお手々で燻製肉を一枚つかみ、口に放り込む。

 肉の持つコクや塩気の他に、果実のような爽やかな香りが微かに広がり、その後に舌を複雑に刺激する感覚がやってくる。


「……うまいな」


 レミフィリアが嬉しそうに相好を崩した。まるで無邪気な餓鬼だ。


「もう一枚、いかがですか……?」

「もらう」


 つまみ、食べる。

 パンか酒が欲しくなる。この肉体で酒を飲んだらどうなるかなど、想像に難くはないのだが。

 腹にものを入れると、幾分落ち着いた。少し気になっていたことを切り出す。


「レミフィリア。おれは貴様に謝らねばならん」

「……?」

「オレスティスのマーカスン家は強硬派の上級貴族だ。穏健派筆頭ラーツベルト家の当主を殺害したうちの一人だろう。やつがついてきてしまったのはおれの責任だ。すまん」

「はあ……」


 メイド服の殺人鬼は、何やら気の抜けた顔をしている。


「……それが何か……?」

「気にならんのか? あの小便チビリはゲイリー・マーカスンの一粒種だぞ?」


 少し考えるように視線を斜め上方に向けて、ようやっと思い当たったのか、レミフィリアは瞳を濁らせて冷笑を浮かべた。


「ああ。だってわたし、ゲイリー様の臓物をぶっこ抜きましたもん。なかなか事切れなくてすっごい泣いて謝ってらしたもんですからわたしも気を遣って死なないように少しずつ少しずつ優しい感じに引き抜いてったら気絶されたものでご自分の血をワイングラスですくってお口に流し込んでむりやり目を覚ましていただいた後に引き続き腸を――」


 三枚目の燻製肉を手にしたユランが、げんなりして呟く。


「やめろ……。飯がまずくなる……」

「お互い様ってことです。魔王さまが気にすることじゃないです」

「そうか」

「それに、その気になればいつでも掻き切れますんでぇ」


 イヒヒ、と濁った瞳のレミフィリアが小さく含むように笑った。

 ああ、本気で言っているんだなとわかる。オレスティスは見かけや性格に寄らず、なかなかの使い手だった。だが、見かけに寄らないのはこの少女も同じだ。いや、あきらかにこちらの方が振れ幅が広い。やつ以上に強いし、それ以上に躊躇というものがない。

 これも才能の一つだろうか。


「用件は試食だけか?」

「あ、いえいえいえいえ!」


 ふいにレミフィリアの瞳に光が戻った。途端に言葉が辿々しく変化する。


「えっと……あの、チルムが夜に、とっておきの場所にみんなでって……」

「意味がわからん。チルムがおれたちを連れていきたい場所があるということか?」


 言葉ではなく、レミフィリアはこくこく首を縦に振った。


 このようなときに、何をのんきな――。


 長いため息をついてから、ユランはうなだれた。だが、弱々しい笑みで呟く。


「まあ、ここでこうして気を揉んだところで、どうにもできんか」


 せいぜい黒妖精を走らせ、レエル湖砦に滞在させている魔族に警鐘を鳴らす程度のことしかできない。今から引き返すなど論外だし、翼があるからといって貴重な最大戦力であるネハシムを飛ばすのは愚策も愚策だ。


「じたばたしても始まらん。いいだろう。では夕飯後に全員で付き合うとするか」



チルムの誘いがまさかあのような悲劇へと繋がるとは、このときはまだ誰も予想していませんでした……。

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