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第6話 老兵と魔剣(挿絵あり!)

前回までのあらすじ!


老兵、おっぱいに敗北!

 なぜ、そのようなことをしなければならないのか。人間である己が魔族のために人間と戦うなど、バカげている。人間は嫌いだ。だが、そうするだけの理由がない。


 ふいに、魔王イルクレア・レギド・ニーズヘッグの顔が思い浮かぶ。

 しかしすぐに脳裏から消して。


「冗談ではない」


 ユラン・シャンディラは突っぱねる。幼女の身体で。魔王の身体で。ナーガ族の王女、魔将軍ラミュの提案を、肩に置かれたその両手ごと乱暴に振り払いながら。


「敗北した種が滅ぶはこの世の摂理。今さら足掻くな。くだらん」

「ですが、あなた様もこのままでは――」

「何度も言ったはずだ。おれはイルクレア・レギド・ニーズヘッグではない。おまえたちが滅ぶきっかけを作った人間の戦士ユラン・シャンディラだ」


 ユランは玉座に背中をあて、禍々しき瞳で口角を上げた。

 途方もない期間を戦い続け、途方もない数の死を見続け、長く無様に生き延びてきてしまった、どうしようもない老兵だけがする嗤いだ。


「姿形こそなぜかイルクレアのものとなっているが、嘘偽りはない」


 ルビー・レッドの頭髪を手櫛で背中に流し、言い捨てる。


 どうにも、長い髪というのは鬱陶しい。ま、それもこれっきりだ。


 ユランは顔を上げる。魔将軍ラミュへと。


「かまわんぞ? おれを殺しても。もはやこのような姿では抵抗もできん」


 ラミュは中腰となって、ユランの瞳を覗く。


「なんだ、まだ信じられんか?」

「……面倒ですねえ、あなた。信じてあげているのですから、素直に成りすましておけばいいものを……それで? 何か問題でも?」


 一瞬、ユランは戸惑った。

 ラミュが何を言ったのか、意味がわからなかったのだ。

 だが、見上げる視線に蛇女の瞳が映った瞬間、悟る。


 これは驚いた……こやつ、いつから信じていた?


「ふん、阿呆のふりはやめたということか」

「まさか。そんなつもりは毛頭ありませんよ。最初は勘違いしていて、途中からも半信半疑でしたからね」


 ふん、とユランが鼻を鳴らした。


「残念だったな。おおかた、おれが死を恐れて自身かわいさに魔軍に力を貸さざるを得ないと踏んだのだろうが」

「ええ。あてが外れました。ですが――」


 ラミュは変わらぬ笑みで続ける。


「ですが、あなたは知りたくはありませんか? ()()()()()()()()()

「何を?」


 顎をクイと上げて、ユランはラミュを睥睨する。小馬鹿にするように。

 だが、ラミュの艶やかな唇から発せられた言葉で。


「魔王様が――イルクレア・レギド・ニーズヘッグがあなたへ遺した最期の言葉を」


 ユランの顔色が変化した。余裕から、剣呑なものへと。


「……貴様、知っているのか?」

「まさかっ。知りませんよ、そんなの。デバガメ趣味はわりと結構ありますが、イルクレア様を覗くだなんてさすがに恐れ多くて。ほんの少ぉ~しだけしか覗けませんでした。唇が動いていたのを見ただけ。かろうじて」

「この蛇め……ッ」


 喰えない女だと、ユランは考える。


「あの場にいたのか……貴様……」

「いいえ。立ち会ったのは本当に最期の瞬間だけです。あなたたちが互いの心臓を貫き合ってから」


 ラミュは立ち上がり、くるりと背中を向けて歩き出す。こつ、こつ、黒いヒールの足音を鳴らして、右から左へ、左から右へ、行ったり来たり。


「よい雰囲気だったわ。ええ、とても。対立種族、魔王と勇者とは思えないほどに。ええ。お二人の間には他者の立ち入れぬ何かがあったのでしょうね」

「さてな。蘇りのせいか、なにぶん記憶が虫食いだ」

「でしょうね。会話していて気づきました」


 嫌なところで妙に鋭い。

 それはたしかにあった。だが、それが何だったかを、己は思い出せなくなっている。

 そんなことを考えながら、ユランは油断なくその姿を目で追う。


「イルクレ……ん……あ~、ユラン様は――」

「ユランでいい。気色の悪い敬称などつけるな。敵と馴れ合う気などない」


 こつ、と黒のヒールが止まる。


「あら、そうですか。ところで、ユランは死を恐れないのですね」


 ふん、と鼻を鳴らしてユランは嘲笑を浮かべる。

 それはラミュに対してではなかった。過去の、己に対してだ。


「仲間を見殺しにして、十年以上も生き恥をさらしてきた。もう十分だろう」


 ラミュが苦い顔で黙り込む。


「本来であればイルクレアに命を奪ってもらいたかったのだがな。残念だ。……ラミュ、貴様にくれてやる。おれを殺せ」

「やーですよ、そんな意味のないこと」


 ラミュが苦い顔のままうつむき、額に手をあててため息をつく。


「本命女が消えたからって、別の女に対して二番目になれだなんて。ユランはひどい人ですね」

「冗談に付き合う気分ではない」


 そもそもが幼女の肉体だ。無論、そこまで口に出すことはないけれど。


「それはともかく、わかりますよ、あなたの気持ち」

「わかるわけがなかろう。言ったはずだ。冗談に付き合う気は――」


 ラミュが両手を腰にあて、苦笑いで呟く。


「わたしも十年、仲間を見殺しにしたことで苦しみましたからねぇ」


 ぴくり、とユランの眉が動いた。


「わたしは十年前のあの日、鬼神のごとき老兵ユラン・シャンディラを恐れて隠れましたもの。仲間の魔将軍を次々と斬り刻むあなたの姿に心を屈服させられ、震えて動けなくなりました」

「だから生き残っていたのか。この道化め」

「はいなっ」


 わざとらしく明るい声に、舌打ちが無意識に出た。視線を逸らす。


 嘘か誠かわからない。だが、誠であるならばやりづらいわけだ。こいつは己と同じものを抱えていたのだから。逆に嘘ならば、これほど無意味な嘘もない。

 面倒だ。話題を変えてしまうか。


「ラミュ」

「はぁ~い」


 口調こそ惚けてはいるが、先ほどまでとは違ってその眼には知性の光が宿っている。


「教えろ」

「どうぞ?」


 ふん、と鼻を鳴らす。


「魔族に、肉体を入れ替えるような魔法は存在しているのか?」

「知る限りは存在しません」

「おれが――イルクレアの姿になったおれが、本来のイルクレアより若返っているのはなぜだ?」

「魔族は歳を重ねるごとに魔力が増大していき、それに応じて姿形が成長変化していきます。ユランの魂は人間の魂ですから、当然魔族ほど魔力は高くありません。だから人間年齢で七つから十といった姿に変わってしまったのでしょう」


 魔法は昔から苦手だ。防ぐにも魔法が必要となる。魔力の素養はあったが、終ぞうまく発動させることはできなかった。




 ――そう、だったらユラン、あなたはこれを使って?




 そうだ。そう。だから己は聖剣グウィベルを受け取った。聖なる竜の意志が封じられたグウィベルならば、魔族の魔法さえ斬ることができるから。


 ああ、おれはグウィベルを誰から受け取ったのだったか……。


 脳がこそばゆい。思い出せない。記憶の虫食いは相当重傷だ。


「最後に一つ、尋ねたい」

「どうぞン?」

「イルクレアの魂はどこへ行った?」


 ラミュが魔族らしからぬ優しい微笑みで瞳を細める。長い黒髪の先を、指先で弄くりながら。


「それを知っていたら、わたしは今すぐにでもユランを殺し、イルクレア様の魂をその身体に戻しています」

「ハッ、だろうな」

「ですが――」


 ふいに。ふいにだ。

 ラミュがヒールで地を蹴り、ユランの眼前へと距離を詰めた。


「――ッ」


 ユランが身を固くする。

 けれどラミュはユランの平たい胸に、とん、と指先をあてただけだった。


「ここに、いらっしゃるかもしれないと、わたしは考えています」

「……殺ってみるか? 次に目を覚ませばイルクレアに戻っているかもしれんぞ?」

「分の悪い賭ですね。ただ、ユラン・シャンディラは生きていました。だからわたしはイルクレア・レギド・ニーズヘッグもまた、どこかで生存している可能性を信じることにします」


 なるほど、それでか。イルクレアの最後の言葉を知りたくはないのか、と言ったのは。


「もっとも、それはあなた様に――その肉体に生き延びていただくことを前提とした計画です」


 ユラン・シャンディラの生涯に輝きはなかった。あったのは若き日の愚かな過ちを体よく王侯貴族に利用された過去と、使い潰されて(死して)なお勇者などという妄言で、他者を奮い立たせる偶像とされた惨めな現在のみ。


(おれ)ではなく、この肉体(うつわ)のみか」

「ええ。そうですとも。わたくしにとって、あなたの魂にはなんの価値もありません。その肉体を健康に保つためだけに生かされていると思っていただけるとよろしいかと」

「ふん、そいつはわかりやすくていい。実にな。先ほどまでよりはずっと信用できる」

「うふふン」


 人間という種に対しても、さほど思い入れはない。大切なものなど、どこにもないのだ。あるいは家族などいれば、別だったのかもしれないが。


 ラミュ・ナーガラージャ。蛇の女王は体温のない爬虫類の瞳で幼きユランを見つめる。

 主に対する敬愛と、怨敵に対する憎悪。その両方を込めた視線で。


「そういうわけで、お選びくださいませ。仮初めの魔王として生きますか? それとも、愚か者の勇者という汚名を抱いて死にますか?」


 ひどい選択肢だった。


 もう死を恐れたりはしない。だが、もしも生にしがみつく理由があるとするならば、もう一度だけイルクレアに逢うという目的を叶えるためだ。

 もしもこの不可思議な現象のすべてを、イルクレアが引き起こしたものであるとするならば、この肉体を彼女に突き返してやるのも悪くはない。さぞやおもしろい表情をしてくれることだろう。

 それは少し、楽しみだ。


 くくっ、と小さく笑う。

 それだけ。それだけだった。ゆえに。呟くのだ。老兵は。

 幼い身体で。くたびれた魂で。凶暴なる瞳で。


「この肉体を護るというただ一点においてのみ、貴様とおれの目的は一致した。ゆえに始めようか。今一度」

 ――人魔戦争を。


 いつかもう一度だけイルクレアに逢うことができたなら、今度は殺し合うことなく、この胸でわだかまる想いの証として、この肉体を彼女に返そう。

 そして、伝えるのだ。己は貴女に生きていて欲しいのだ、と。かつては言えなかった言葉も、人間であることを棄てた今ならば言える。



 やり直すのだ、あの日のすべてを。今度は悔いなど残さぬように。

 煉獄(アビス)の空の色をたしかめるのは、その後でいい。



 ラミュがあくどい笑みでうなずいた。


「イルクレア様のために」

「イルクレアのために」


 ユランの幼い手と、ラミュのしなやかな手が固く繋がる。


「だが、おれは前線で戦えんぞ」

「ご冗談を」

「残念ながら冗談は嫌いな性分でな。それに先ほど、聖剣グウィベルにも嫌われた。その音で貴様はこの場におれがいることに気づいたのだろう?」


 聖剣グウィベルには聖竜の雷が封じられている。だから雷鳴のような音と衝撃を浴びせさせて、イルクレアの肉体となったユランを拒絶した。




 ――魔を討つ剣は、魔には決して従わないわ。




 ああ、これも誰の言葉だったか……。


「それに、この幼い肉体では剣など重くて到底振れん。短剣(ダガー)細剣(レイピア)であってもだ」


 ましてや女、それも惚れた女の肉体だ。そうそう傷つけられるわけにはいかない。


「魔剣ドライグならば扱えるはずです」


 ああ、そうかと気づく。

 己が今、本当にイルクレアの肉体であるならば。

 ちょうどいい。今の自分をたしかめることができる。人間なのか、魔族なのか。


「ふむ……」


 手を伸ばす。赤き鞘に収まる、鮮血のごとく赤き刃の魔剣へと。

 触れる瞬間、指先で柄を叩くが、なるほど、たしかに拒絶はされないようだ。

 思い切って柄と鞘をつかむ。


「――ッ!?」


 轟と炎が肉体に流れ込むような錯覚が起こった後、魔剣ドライグは己に従うかのように、わずかにその刀身を鞘から現した。


 魔剣ドライグ。聖竜の雷が封じられたグウィベルと対なすそれには、邪竜の炎が封印されていると聞く。


 ユランは長く息を吐き、ドライグを収めて玉座に戻す。

 どうやら己は本当に魔族となってしまったらしい。


「なるほど、たしかに拒絶はされん。だが、重くて振れんことに違いはあるまい」


 グウィベルもドライグも、一般兵の大剣と呼ばれるクレイモアやバスターソードよりも一回り以上長く太い。

 ラミュが事も無げに呟く。


「ユラン、あなた、イルクレア様が腕力だけでドライグを振るっていたと思っているのですか?」

「違うのか?」


 いや、たしかに今の己よりは年上の姿だったとはいえ、人間年齢でなら二十歳にも達していなかっただろうが。よくて十七前後か。

 あの細腕、あの身体で、己のグウィベルを弾き返したのだ。ドライグを存分に操って、互角以上に。

 そもそもグウィベルやドライグは並の成人男性であっても簡単に振り回せる代物ではない。下手をすれば、成人男性程度の長さ太さはある。


「魔力を通わせるんです。というか、あなた人間の分際でグウィベルを魔力も使わずに筋力だけで振り回してたんですか。どんなバケモノですか」


 ラミュがあきれたように呟いた。


「ふむ……」


 魔法を顕現させるのは苦手だ。王都カナンの騎士学校(アカデミア)では、いつだって落ちこぼれていた。


 だが、魔力を肉体に通わせることはできる。無論、それは肉体の延長線上である装備であってもだ。魔力を帯びた鎧は強固な防御力を、魔力を帯びた剣は鋭い斬れ味を発揮する。しかし重量が軽くなるとは初耳だ。あるいはドライグやグウィベル独自の仕様か。


 ユランはもう一度ドライグの柄をつかみ、今度は魔力を通わせながら両手で引く。玉座から鞘が倒れ、グウィベルごと落としてしまったけれど。

 思いの外、軽く。魔剣ドライグはその刀身を、切っ先まで露わにして。


「……抜けた」


 ユランは魔剣ドライグの刀身を天井へと掲げた。

 イルクレアのルビー・レッドの頭髪よりも、なお深い赤。その刀身は今の己の身長よりも遙かに長く、横幅も広い。

 なのに、軽い。軽く感じるのだ。

 実際に重量が軽くなったというより、己の思う通りに動かせるといった具合か。


「試してみるか」

「え……」


 すぅ、と息を吸う。


 柄を両手でつかみ、一息に上段から勢いよく振り下ろす。

 ぶん、と風を切る音がした後、燃える炎の軌跡を残し、魔剣ドライグの切っ先は慣性で床を抉ることなく、地面すれすれでぴたりと停止していた。直後、大地に発生した炎が波紋のように円形状に広がる。


「――きゃっ」


 ラミュ・ナーガラージャがあわてて跳躍し、それを躱した。


 これならば――。


 萎えた足が力を取り戻すまでは、ドライグ同様に魔力で補完すれば、戦えないこともない。さすがに昔のようにはいかないだろうが。




シリアス()笑


11/04追記

1年3組たかはる様(@takaharu_TI)より挿絵をいただきました!

ありがとうございます!


挿絵(By みてみん)


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