第57話 老兵の仲間
前回までのあらすじ!
(あかん……)
なんだ、これは……。
死屍累々となったマルスの教会周辺を、ユランはドレスの裾を片手でまとめてつまみながら、血溜まりを避けて歩く。
「どうやら、カナン騎士一個師団の襲撃を受けたようですね」
蛇の女王の呟きに、焦りの色はない。
死体を見ればわかる。圧倒的なのだ。みな一太刀で頸や喉を裂かれている。実力差に開きがなければ、こうはならない。
裸エプロンとレミフィリアか。
「まあいい。これなら問題はあるまいよ。教会へ戻るぞ」
「はい」
肩に担がれたドライグの先には、幼女魔王の肉体の数倍はあろうかという、蛇頭の尾を持った鶏が串刺しにされて運ばれている。コカトリスだ。
性格は極めて獰猛。尾に見える部分が蛇頭となっており、鶏の頭部とは別個に物を考える脳を持っている。蛇の尾が毒を吐いて獲物を弱らせ、鶏の頭がそれを喰らうという厄介で奇抜な戦い方をする魔物だ。
だが、当のコカトリスも今回ばかりは相手が悪かった。
愚かにも蛇の女王に対して毒を吐いたのだ。巨大な怪鳥は、弱らせた獲物に対していつものように飛びかかったのだが、いかんせんラミュに毒というものは効かない。あらゆる邪毒を体内にて精製できる蛇の女王なのだから。
むろん、コカトリスはあっさりと喉を裂かれて返り討ちとなり、食材として持ち帰られる羽目となった。
「しかし盲点でしたね~。ドライグに突き刺してしまえば重量が緩和できるとは」
「気づくまで二人して必死な顔して引きずってたことが莫迦莫迦しいな。ククク」
「うふふン。これだけの大きさです、子供たちは大喜びするでしょうねえ」
「感動のあまり涙するかもしれんな! フハハハハ! せいぜい頸を洗って待っているがいい! 貴様ら全員の腹はこのおれが満たしてやるぞ!」
蛇の尾を持って引きずったせいで、哀れ、コカトリスの尾は通常の倍ほどの長さ細さになってしまっている。いや、むしろ今にも千切れそうだ。
「ちっ、邪魔だ」
転がっている騎士を面倒臭そうに足で蹴って転がして、教会の崩れた壁から胸を張って入る。
「おう! 今戻ったぞ貴様……ら……?」
「大物が獲れまし……た……よ……」
そこには十一名の子供らと、コカトリスによく似た蛇の尾を持つ巨大な怪鳥の肉を、凄まじい勢いで手際よく解体している裸エプロンとレミフィリアの姿があった。
「む? イルクレアか」
裸エプロンが振り返る。
しかしユランとラミュはその背後にある怪鳥の死骸を見ていた。
でかい。己の獲ってきたコカトリスの倍近くはある個体だ。しかも足が八本ある上位の魔物バジリスクではないか。猛毒を持つことはもちろん、噛まれるだけで石化し、ついでに鶏の頭部からは火を吹く個体もいる。
しかもそれだけではない。
バジリスクの隣には、山ほどの山菜と野菜が堆く積み上げられているのだ。
「……なんだ、その……でかい肉は……」
「見ての通りバジリスクだ。昨夜戯れに設置しておいた罠にかかっていた。それはコカトリスか?」
敗北。圧倒的敗北に、幼女魔王の顔が真っ赤に染まる。羞恥である。
この獲物を見せれば、誰もが己に賞賛を浴びせかけ、感謝感激感動するものだとばかりに思っていた。
だが、あのバジリスク――!
戯れに。戯れに設置しただけの罠にはまった腐れ阿呆の魔物は、あきらかにコカトリスとは格の違う大物だったのだ。
「く……う……っ」
老兵幼女の口がへの字に曲がった。
ぷるぷる小刻みに震えるユランに、裸エプロンが首を傾げて尋ねる。
「どうした、イルクレアよ?」
「ど、どうしたもこうしたも……貴様……」
せっかく、せっかく頑張って獲ったのに。照れながらでも子供らの賞賛を浴びる覚悟でいたというのに。
サバイバル術では、この半裸の変態ハゲに敵わない――!
コカトリスにせよバジリスクにせよ、己では可食部と毒を切り離す処理もできないし、調理に至っては言わずもがな。焼いて塩を振って食うことしかできない。
その上で狩猟能力まで負けている、と。
救いを求めてラミュに視線を向けると、気まずそうな顔で目を逸らされた。
仕方なく、口を開く。
「あぁ……いや……。ん、んんう。お、おれは外の死体を片付けてくる。貴様はしっかり餓鬼どもに生きる術を叩き込むのだぞ」
そう呟くと、ユランは返事を待たずにドライグの先に刺さったままのコカトリスを足もとに落として、逃げるように教会を出た。
その後をラミュが「手伝いまぁ~す」と言いながらついてきた。
「はぁ~……」
「死体を片付けるって、こんな数どうやるんです? トロロンもヨハンもいませんし、以前のように大穴を掘って焼いて埋めるのはちょっと困難かと」
ため息をついて、手近な場所に転がっていた騎士の遺体にドライグの刃を軽く触れさせる。途端に遺体は炎に包まれ、熔解寸前にまで熱せられたミスリル装備だけを残して灰と化した。
「……使いこなしてますね」
「ああ。ようやくだ。ようやく、かつてのグウィベル程度には馴染んできた」
騎士たちの致命傷は大半が頸部のみで、ほとんどの遺体には他に目立った外傷はない。
本来ならば遺族に引き渡すためにこのまま転がしておいてやりたいが、数人程度ならばともかく数十名では騎士団も遠征先での弔いを選ぶだろう。遺体は持ち帰られない。
マルスの餓鬼のためにも、死んだ騎士のためにも、腐敗だけは避けておきたい。ゆえに、ドライグによる火葬だ。
「騎士のミスリル装備はどうするんです?」
「放っておく。二、三日もすればカナン騎士が回収にくるはずだ。餓鬼どもにも手を出すなと言っておくつもりだ」
「賢明ですね」
「再利用されようが、どうせここから先ほとんどの敵がミスリル騎士だ。何も変わらんし、無意味に怒らせて餓鬼どもにあたられても困る」
ラミュが意地の悪い笑みで呟く。
「困るんですか?」
ユランが少し頬を染めて、拗ねたように言い捨てた。
「何度も何度も言わされるのは好きではない。好きではないが、もう一度言ってやる。おれは餓鬼が嫌いだ。だが、餓鬼を殺す社会にろくなものはない。だから生かす。それだけだ」
死体の数はざっと見ておよそ六十ほどだろうか。一個師団が相手だとすれば、四十は逃げた計算になる。だとするならば、魔王一行のマルス潜伏をカナン騎士上層部に知られるのは時間の問題だ。
だが、ここから最も近い位置にある砦だとしても、帰還から再派兵まで丸三日はかかる距離だ。馬を使って二日。明日には発つのだから問題はない。
餓鬼どもには、魔軍に脅されていたと言わせておけば問題ないだろう。
「……とんだ休暇だな」
「ゆっくり眠れるだけいいじゃないですか。それにしてもこれ――」
見渡す限りの死体。最初は裸エプロンとレミフィリアの二人で行った愛の共同作業かとも思ったが、手口は一つだ。
「レミフィリアですかね?」
「たぶんな。どうやらおれはまだあいつを軽く見ていたらしい」
己やネハシムと同格か、あるいはエドヴァルドとも張れるのか。
危険だ。
もともとレミフィリアは、裸エプロンとは違って己に忠誠を誓ってついてきているわけではない。裸エプロンの言うことに従っているだけだ。
そもそもが、あの性向。
危ういところを歩いているように見える。ほんの少しバランスを崩せば、ただの快楽殺人鬼になりかねない。
むろん、仲間だからといってそのターゲットから外れるとも限らない。
「だが、見たところ肉体性能に精神が追いついていない。もうしばらく手元において監視する必要がある」
「…………うふふン」
ユランが憮然とした顔でラミュを睨み上げた。
「何がおかしい?」
「ユランったら、やっぱり子供が好きなんですね。だから道を踏み外させないよう――」
「莫迦を言え! 戦力として手元に置いている間に、面倒な事を起こされては困るから言っているだけだ! ――それに、あいつはもう餓鬼という年齢ではない」
十七だか十八だかと言っていたか。
王都での強硬派暗殺事件が何年前かは聞いていないが、考えれば考えるほどに業が深い。
もっとも、戦場で生まれ落ちた己は、もっと早くから人を斬っていたのだけれど。
「ラーツベルト家の一件は、子供の精神でなければ耐えられなかったんじゃないですか?」
「あまりの現実に、幼児返りでもしたか?」
「さあ、どうでしょう」
「ふん、いずれにせよ、おれの知ったことではないな」
「………………ツンデレ……」
かぁっと顔が発熱する。
「ツ、ツンデレではないっ!!」
声が裏返った。
ラミュは瓦礫に座って笑っている。
寒い季節に陽を浴びて、体温を高めている蛇のようだ。気を抜いているのだろう、眠そうなあくびまでしている。
「おい、何をくつろいでいる。貴様も手伝え」
「やーですよ。できることないですもん」
ドライグの刃を騎士の遺体にあて、鎧の中だけを燃やす。たしかに、何もやることはない。淡々と、ユランが行うだけで事足りる。
「貴様、おれは主だぞ」
「あら、わたくしはイルクレア様の僕であって、ユランの僕ではありませんけど?」
ユランは次の騎士を火葬して、また少し赤い靴で歩く。決して、遺体は踏まぬように。
「そうか。そうだったな」
「ああ、ですが――」
ミスリルの鎧や剣には、それぞれの騎士の名が刻まれている。ところどころ熔解させてしまっても、そこだけは消さぬように気をつける。
戦場は過酷だ。敵であれ味方であれ、戻る場所があるなら、戻れるところがあるなら、戻った方がいい。たとえ肉体でなかったとしてもだ。
己には戻る場所がない。だからこそ、イルクレアの魂を見つけた暁には、死をも厭わず、この肉体を明け渡すことができる。
イルクレアには帰る場所があり、仲間がいるのだから。
ラミュが少し照れたような笑みを浮かべながら、小さな声で呟く。
「――ですが、ユランのことは大切な友人だと思っていますよ。今は」
「あ、あぁ!?」
「イルクレア様を見つけて、その肉体からユランが去っていったとしても、きっともう忘れることはできないと……そう思ってます……」
突拍子もない言葉が意外なところから飛び出して、戸惑った。
戸惑って、しまった、と後悔したときには遅かった。
実に笑えることに、不意打ちだった言葉に、涙が一筋流れ落ちてしまったのだ。
ユランが慌てて顔を隠す。
「あら! あらあらあら?」
「こ、これは……っ……」
ラミュが半笑いの困惑顔で、覗き込んでくる。
迂闊。糞、見られた。
あんな冗談とも本気ともつかぬ言葉に。己のすべてを知って、それでも友人だなどと言われたのはもう、遠い昔。二十代の頃、愚かにも無謀な突撃をしてしまうよりも以前にしかない。
それは軽い言葉だった。だが、今発せられたラミュの言葉は、重い。
だから――。
「……灰が目に入っただけだ」
「でしょうね」
蛇の女王はニヤニヤしている。肩まででぱっつりと切り揃えられた艶のある黒髪を、左右に揺らしながら。
幼女魔王は苦々しい顔で憎まれ口を叩く。
「灰が目に入っただけだが、それでも他のやつらには言うんじゃないぞ、貴様」
「ええ。わかっていますとも」
「……絶対だぞ?」
「はいはい。言いませんよ、わたくしはあなたと違って子供じゃないんですから」
しばらく黙って、ドライグで騎士を火葬してゆく。
教会の崩れた壁からは、子供らの大はしゃぎする声が聞こえてきていた。人の灼ける臭いに混じって、味つけされた食べ物のよい匂いが漂ってきている。
やがて夕暮れとなり、空が赤く染まる頃、長い間沈黙を保っていたラミュがもう一度艶やかな唇を動かした。
「でもね、ユラン。たぶんもう、わたくしだけではなくなっていると思いますよ」
ユランはその言葉に振り返りもせず、一心不乱に騎士らを火葬してゆく。
やがて最後の一人を弔い、しばらくしてから視線を合わせぬまま、不機嫌な声で吐き捨てた。
「………………ふん、何の話だ……」
ラミュは優しい苦笑いで細い肩をすくめ、空を見上げる。
「さあ? 何の話でしょうね……」
老兵、嬉しすぎてお漏らししそう!




