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第55話 老兵のいない廃墟

前回までのあらすじ!


やったね! 魔軍から勇者が誕生したぞ!(混乱

 廃墟と化した農村マルスでの滞在二日目。

 明日にはもう発たねばならないということもあって、裸エプロンは比較的年齢の高い子供らだけを引き連れ、野外学習のためにマルスを出た。


 留守番の五つ以下の子供は、チルム、レント、マイアの三名のみだ。

 ちなみに魔王イルクレアは「餓鬼の世話など面倒でできるか!」と宣って、蛇の女王ラミュを連れて早々に魔物狩りへと出かけてしまった。

 一見すれば無責任とも言える行動だが、たぶんあのツンデレ魔王のことだ。廃墟に置き去りにされた子供らのため、少しでも食料を増やしてやるつもりなのだろうと、レミフィリアは考える。


 だから自分にできることは。

 魔王が大型の魔物を仕留めてきても、保存食がすぐに作れるようにする準備だ。保存食の作成には時間がかかる。完成するまで一緒にはいられないけれど、やり方を教えてあげることはできる。


「チルム、塩はありますか?」

「ちょーみりょーは、いっぱいあるよ。まいにちみんなでたべて、なんねんぶんもあるって、ティンがいってた」


 スモークチップは裸エプロンが山ほど持ち歩いていたはずだ。こちらは彼がいればいつでも入手できるから、あれを半分ほど子供たちに残していくとして。


「レント、マイア、どこかに大きな壺はありませんか? 水を溜められるやつです」

「あるよー。どこにでも、いっぱい」

「いいですね~。みなさんが眠っている場所以外で、屋根のあるところにそれを集めちゃいましょう」

「きょうかいのおくのへやなら、たぶんだいじょうぶ」


 四人で大きな壺をいくつか運び、汲んできた水で洗い、煮沸した水を注ぐ。

 助手が五つ以下の子供三人では、これだけで大仕事だ。


「レミリア、もってきたー」


 歯の欠けた男の子が、両手に様々な調味料の袋を抱えて戻ってきた。


「ありがとうございます、レントくん。力持ちですねー」

「へへ」


 チルムがニヤニヤしながらレントをからかう。


「あー、レント、はずかしがってるっ。レミリアのことがすきなんだぁ」

「そ、そんなわけないだろー! すぐそういうこというから、おんなはきらいなんだ!」


 レミリアは塩の入った袋を、目分量で壺に溜めた水へと流し込んでゆく。次は砂糖だ。


「なにしてるのー?」

「ソミュール液を作るんです。お肉を消毒したり、下味をつけたりするための準備です。あ、このスパイスも使えますね。入れちゃいましょう」


 ほとんど適当に手製のソミュール液へとポイポイ放り込む。

 ラーツベルト家で暮らしていた頃、料理など自分からしたことは一度もなかった。けれどお尋ね者となって裸エプロンに連れ出されたとき、献身的に食材を集めて調理の全行程をしてくれる彼に対し、罪悪感が生まれた。


 だから教わったのだ。

 代わりに我流のナイフ戦術を教えることと引き替えにだったけれど。


 まだまだ味つけや材料の切り方なんかは、彼には敵わない。けれども乾し肉や燻製といった保存食にはちょっと自信がある。


「よし、ソミュール液は完成です」

「これ、おいしい? のむの?」

「舐めてもいいけど、長期保存用なので相当塩辛いですよ。正直飲めたものではありません」


 マイアが首を傾げた。


「そんなのにおにくをつけるの?」

「浸け終わったら、今度は綺麗なお水に浸けてきっちり塩を抜くんですよ。それからよ~く乾して、燻製用のチップで――」


 チルム、レント、マイアを集めて手順を話す。

 言葉だけでは心配だから、彼らが根城としていた半壊した教会の壁を引っ掻いて、石で絵を描いた。

 途中からはお絵描き大会のようになってしまったけれど、どうにか伝わったと思う。


 地面に絵を描いて遊んでいる三人の子供らを眺めながら、レミフィリアは長い息を吐いた。そうして瞳を閉じて考える。


 今さらながらだが、魔王と蛇の女王が獲物を獲ってこれなかったらどうしよう……と。

 貴重な調味料を大量に消費したとかでものすんごい責められるんじゃないだろうか。あまつさえ、これが原因で子供らの食料から味が消えて食べなくなって栄養失調が悪化したとかになったらもう目を当てられない。


 やっばい……どうしよう……。勇者とか言われて先走ったかも……。

 なんだかんだ言って、あの魔王もところどころ抜けている部分があるからなあ……。蛇の女王はあまり抜け目ないように見えるけれど……。


 急激に心配になってきたレミフィリアの聴覚に、瓦礫を踏みしめる音が聞こえた。

 レミフィリアが立ち上がるより先に、三人の子供らが彼女の前を走り抜けて叫ぶ。


「おかえりー!」


 が――。

 聞こえた足音が、鎧の音を伴っていることに気づいたときには、チルムもレントもマイアも、大あわてで走って戻ってきて、レミフィリアの足もとへとまとわりついた。


 鎧の音。魔王はドレス、蛇は包帯服、裸エプロンにエプロンドレス。鎧装備はいない。

 足音は増え続けている。それだけで一個師団(一〇〇人規模)だとわかってしまう。


 最悪だ……。


「こっちに行ったはずだが……」

「どうせ浮浪児だろ。放っておけ。見つけてもどうにもならん」

「おまえが育てりゃいいじゃねえか」

「冗談じゃない。犬猫を飼うのとはわけが違うだろ」

「静かにしろ。ガキに魔王レギドが混ざっているかもしれん。やつの姿は幼女だ」


 魔王捜索隊。よりによってこんなときに。

 騎士の姿が現れる。白く輝く鎧。ミスリル装備だ。


 どう……する……?


 先頭の一人と目が合った。

 レミフィリアが足もとにまとわりついた子供らを、両手で押して後ろへと下げる。


「おい、誰かいるぞ……」


 次々と騎士たちが半壊した教会の失われた壁から踏み込んでくる。無遠慮に、子供らの描いた落書きを踏み消して。


「メイドだ」


 やはり一個師団だ。一〇〇人全員が見えなくとも、教会を取り囲むように周囲に散った気配や音でわかる。


「メイドだと? なぜこんなところに……」

「物好きな貴族が浮浪児への施しでもしているんじゃないか?」


 どう……しよう……。


「バカか、油断をするな! 魔王の仲間にもメイドがいたはずだ!」

「非戦闘員じゃないのか? 身の回りの世話をさせるために連れ回しているのかもしれんぞ」

「だが他の魔族は見あたらん。ただの浮浪児だけだ。魔剣を持ったドレスの幼女なんていない」

「このメイド自身、武器を持っていないしな」


 チルムがエプロンドレスのスカートをぎゅっと握った。マルスで略奪が行われたときを思い出したのかもしれない。

 レントもマイアも唇を紫にして震えている。


 騎士の一人が声を上げた。


「おい、そこのメイド。ここで何をしている?」

「は、はい……。えっと……子供たちに……食料の自給……を……」


 上げっぱなしのバイザーから覗く目には、疑念が満ちている。


「あんたの他には誰もいないのか?」

「そ、それは……」


 ぐるぐる、ぐるぐる、頭の中が回っている。

 どうしたらいいのかなんてわからない。大切なことは、いつだって裸エプロンが教えてくれていたのだから。導いていてくれたのだから。


「どこから来た?」

「レ……」


 言葉が途切れた。

 レエルディアなどと言ってしまっていいわけがない。ガリアス砦の一件があってからは当然のようにガリアス連峰も、王都からの哨戒がなされている。そんなところをこっそり抜けてきただのと言えば、何かしら問題になってしまう。


「名前は?」

「レ……」

「レ?」


 言えない。レミフィリアなどと言えばもはや処刑は免れない。

 ならばレミリアを名乗るか。性はどうする? ラーツベルト? アウトだ。何か、何か考えなければ。レから始まる名前……名前……レギド! レギドがあった!

 って、アウトだわバカ! 究極アウト!


 どばどばと汗が滴った。

 質問にこたえなかったためか、騎士がさらに疑惑の声色で尋ねてきた。


「ならばどこの貴族に仕えている? 未成年なら身元引受人は誰だ?」

「そ……そそ、それは……」


 魔王の眷属になりましたなんてことを言えるわけがない。

 仕えている家? たぶんニーズヘッグ城になるんでしょうけれども! あーもー! あーもー!


「おい、何一つこたえないではないか」

「面倒だ。一旦捕縛して王都に連れていくか」


 だめ、だめ、王都なんかに連行されたら、レミフィリア・ラーツベルトであることがバレちゃう! ああ、ああああぁぁぁ、どうしよう、どうしよう、早く帰ってきてダーリン!


 がしゃ、がしゃ、ミスリルの鎧を鳴らして騎士が迫る。


 あわわわわ……ああぁぁぁぁ! もおおおぉぉぉぉ!


 白く輝く手甲がレミフィリアの肩へと伸ばされた瞬間、スカートをたくし上げ、目にも止まらぬ速さでミスリルの包丁を抜き放つ。

 真っ白な太ももが覗き、さらに下着まで露わにして――。


「~~ッ!?」


 いいや、抜き放ったのではない。

 それは抜刀と同時に、すでに、わずかのズレもなく極めて正確にヘルムと鎧の細い隙間に刃を滑り込ませ、ぷつりと皮膚を裂き、柔らかな頸部を斬り裂いて頸動脈を断っていた。


 カナン騎士がそれを認識するよりも疾く、エプロンドレスをなびかせながらその背後にいた騎士の肩に跳び乗り、白い両足を回して首を固定させ、身体を反らすと同時に一瞬で喉を掻き斬る。


「イヒヒ」

「な――っ!?」


 パシュ、と鎧の隙間から血液を噴出し始めたときには、メイドはすでにそこにはおらず、身を反らせた勢いのまま後方に一回転して着地、身を限界まで屈めて走り、三人目の騎士の上げられたバイザーの隙間に、ミスリルの包丁の刃半分までを埋め込んでいた。


「あ……?」


 騎士の腹を蹴って包丁を引き抜き、メイドは血塗れの包丁を両手でダラリと提げたまま、ギギギと首を傾げる。

 ガシャンと音がして、三名の騎士がほとんど同時に崩れ落ちた。

 首を傾げたままのメイドの目が厭らしく細められ、可憐な口もとには歪な笑みが浮かぶ。


「えへへ、殺っちゃいましたぁ~☆」



笑ってゆるして☆

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