第53話 老兵に包囲網
前回までのあらすじ!
リア獣=トロロンだぞ!
この数日、各地でカナン騎士の集団に遭遇すること三回。撃破には成功しているが、いずれも一〇〇人規模の一個師団クラスだ。うち、ミスリル騎士団が一度。
ミスリルの普及は、思いの外早く進んでいるらしい。
食料などの物資補給という意味では助かってはいるが、こうも昼夜問わず絶え間なく攻め立てられては疲労も蓄積する。
特に夜襲は最悪だ。眠りを妨げられた挙げ句、撃破には成功しても、すぐさま方角を変えて長距離を移動せねば、追加の師団がやってくる。むろん、方角を変えてしまうのだから王都カナンまで一直線というわけにもいかなくなる。
自然と人間領域を彷徨うこととなり、補充した物資にも終わりが見えてきている。
どういうわけか、空で哨戒をし続けている六翼のヴァルキリー・ネハシムは平然としているが、彼女とユランを除くその他の面々の疲労は、すでに限界を迎えていた。
ユランはディルから受け取った地図を広げて、近くの街を探す。
お尋ね者の身だ。本来ならば人里に寄るなど避けたいところではあったが、もはやそうも言ってはいられない。
とはいえ、トロールやダークエルフ、ヴァルキリーはあまりに目立ちすぎる。
「二手に分かれ、明日は一日休息を取る」
小さな街を前にして広大な林の拓けた場所で立ち止まり、ユランはそう告げた。
「ネハシム、すまないが、トロロンとヨハンを頼む。なるべく動き回らず、可能な限りこの林で身をひそめて休ませろ。人間の容姿に近いやつらは補充と休息のため、近くの集落を目指す」
「仕方ないわね。ベッドは恋しいけれど、この翼があったのでは街には入れそうにないもの」
美しい金髪のヴァルキリーが、小さく肩をすくめる。
「悪いな」
「いいえ。わたしは平気。それほど疲れてはいないから」
問題は……。
どこからどう見ても純粋培養の変態である裸エプロンと、王都のお尋ね者である殺人鬼レミフィリアだ。
ラミュはローブでも着せればいい。だが、裸エプロンは頑として服を着ない筋金入りの糞野郎だ。レミフィリアの手配書も、王都の外のどこまで広がっているか。
万全を期すならば置いていくべきだが、それでは意味がない。そもそも、己は別に疲れなど感じてはいないし、裸エプロンがいなければ物資を補充しても運ぶことができなくなる。
それに、レミフィリアは顔色が悪い。足取りも危うく、気づくと彼女だけが遅れていることが多くなった。最も休息を必要としているのはレミフィリアだ。
「レミフィリア。貴様はおれと来い」
「は、はい……」
戦闘時とは違って、ふだんはいつもおどおどしている。
「裸エプロン」
「なんだ?」
「貴様は~……あぁ、う~む……どうしよう……?」
ハゲ頭の筋肉ダルマ。下着もつけずに裸エプロンで、ミスリル包丁を二本常に持っている。己ならばレミフィリアよりよっぽどお近づきになりたくない容姿だ。
「む? 私に何か問題でも?」
「ああ。頭の先から足の裏まで問題しかない」
なぜ靴を履かん。なぜ下着をつけん。なぜ服を着ん。なぜハゲている。なぜ堂々としている。なぜ名乗らん。
というか、なぜ裸エプロンなどと呼ばれたまま受け容れているのだ。そのような呼ばれ方をされるくらいなら、己ならばお尋ね者であろうと速攻で名乗るのだが。
もしやその呼称、気に入っているのか……?
「?」
違和感の塊である。
だが紳士である。
いつも仲間に気を遣い、どれほど激しい戦闘があったとしても、ご子息様をポロリさせることもない。調理は裸エプロンがほとんど一人でやっている。レミフィリアは裸エプロンの指示に従っているだけだ。
尻は丸出しだが、いいやつではある。服装以外は常識人でもある。料理もうまい。少ない材料でよくやりくりしていると感心させられる。それに、食べられる野草の知識は非常に助かっている。
「やれやれ、魔王よ。何を心配することがあるのだ。私はもともとレエルディアで暮らしていた一般人なのだぞ」
そんな一般人がいるか、糞莫迦が。
尻を丸出しにしている輩が食堂を営んでいたのも驚きだ。王都だったら問答無用で営業停止、運が悪ければ牢屋行きだ。
「レエルディアの住民はずいぶんと寛容だな」
「ぷっ、ぷぶぅ……っ」
噴き出した音に振り返ると、笑顔を慌てて真顔に戻したネハシムが視線を逸らせた。
「……失礼」
視線を戻す。
「まあいい。貴様も来い。貴様がおらんとレミフィリアが何をしでかすかわからんからな。よく見張っておけ」
「フ、よかろう」
そしてなぜ偉そうなのか。己が言うのもおかしいが。
「では、ラミュ、レミフィリア、裸エプロン、ついてこい。その他の者には悪いが、ここらで十分に休息を取れ。何事もなければ三日後には合流だ」
裸エプロンが二つ担いでいたギーヴルの革袋のうち、片方をネハシムへと差し出す。
「三人で分けて五日分ほどの保存食が入っている。適当に食べてくれ」
「ありがとう。いただくわ」
「少し重いぞ」
「ええ――きゃあっ」
ヴァルキリーはそれを両手受け取って前につんのめった。倒れないようにするためだろうか、ネハシムが翼を大きく広げてばたばたと動かした。
「う~~~っあ~~だめだめだめ!」
すかさずヨハンが革袋を片腕で支える。
「はっはっは! 戦乙女のなんと可憐なお姿か。私がお持ちいたしましょう、マイスウィートエンジェル」
「お、お願いね、ヨハン」
ヨハンは軽々と革袋を肩へと担いだ。
おそらく純粋な重量ではネハシムの持つ聖剣グウィベルの方が重い。だが、グウィベルは魔力を通せば持ち主にとって最適な重量となり、振るうことができる。
ネハシムが胸を撫で下ろす。
「おい、ネハシム。何かあればすぐにおれに知らせろ。無理はするなよ。貴様が勝手に死ぬことは、おれがゆるさん」
「わかったわ、イルクレア。あなたも気をつけて。勝手に死んだりしたら、わたしがゆるさないから」
ユランがうなずく。
若干、顔が赤くなってしまったのはなぜだ。
「それと、ヨハン」
「なんでしょう? マァ~イスウィートプリンセス」
「貴様、緊急を要するとき以外は、間違ってもシルフなぞに伝言を頼むんじゃあないぞ。あの阿呆のツラを見ているだけで殺意が湧く」
「おお……。ではノォォームたちに行かせ――」
「貴様を殺す」
「無慈悲!」
なおも罵声を浴びせようとすると、突然レミフィリアの身体が揺らいだ。エプロンドレスをなびかせて倒れ込む寸前、ラミュが腕を回して支える。
そのラミュの眉が寄せられた。
「……イルクレア様。わたくし、人間の体温がどれほどのものかは知りませんが、これは正常なのでしょうか?」
ユランと裸エプロンがほとんど同時にレミフィリアの額に手をあてた。
呼吸は荒く汗ばんでおり、異様に熱が高い。
「む……」
「これはいかんな」
裸エプロンがすぐさまレミフィリアを背負った。
「急ぐぞ、ラミュ、裸エプロン。最寄りの集落までそう遠くはない」
「承知しました。――裸エプロン、もう片方の革袋はわたくしが持ちます。あなたはレミフィリアを」
「うむ、頼む!」
そうして林の中を走り出したのはつい先ほど――。
一行は呆然と立ち尽くしていた。
なぜならその小さな集落は、すでに崩壊していたから。
「……なんだこれは。何が起こった……」
村を吹き荒れる風にルビー・レッドの頭髪を押さえて、ユランがぽつりと呟いた。
ここにはマルスという農村があったはずだ。己の記憶がたしかなら、マルスは農業と畜産業で成り立つのどかで小さな村だった。
ところが人間はもちろん家畜の姿はなく、放牧地は草が伸び放題、囲いも完全に失われている。田畑も同様だ。荒れ地との境目すらわからない。
居住区を歩けば家屋の大半は倒壊し、舗装の痕跡のある道路は割れて水溜まりとなっていた。さらに壊滅から年月が経過したらしく、苔生していて雑草は生え放題だ。
いつの間にこんなことに……?
「……休めそうにありませんね」
ラミュがぽつりと呟くと、レミフィリアを背負ったまま片膝をついた裸エプロンが口を開けた。
「見ろ、魔王。家屋に燃えた痕跡がある。自然に滅んだわけではあるまい」
「魔軍の仕業ではありませんよ。当然ですが」
村の中央へと歩を進める。
そこには木でできたいくつもの墓が雑然と並べられていた。その奥には屋根と内壁の半分を失った建造物がある。
「どうします、イルクレア様? 戻りますか?」
「いや、身を隠すにはかえって都合がいい。ネハシムたちを呼びに――」
視線――。
あまりに希薄な気配に油断した。すでに囲まれている。
気配を断ってのこの配置。敵だとするならば、恐ろしいものが潜んでいるかもしれない。
己の様子にようやく気づいたのか、ラミュが、裸エプロンが背中合わせとなった。
「……どこだ?」
「……わからん……わからんというより、わかりづらい……」
「……殺気が感じられません。自ら気配を断っているのだとしたら、相当危険です……」
ゆえに、恐ろしい。迂闊には動けない。
じわ、じわ、暑くもないのに汗が滲む。
風と、互いの呼吸。雑草のざわめき。微かに水の流れる音。他には何も聞こえない。
どれくらいそうしていただろうか。日が傾き始めた。
相手の正体が判然としない以上、根比べだ。
こちらから先には動けない。だが、レミフィリアは一刻も早く休ませねばならない。
「やむを得ん。突破するか」
そう呟き、ユランと裸エプロン、そしてラミュがうなずき合った瞬間。
「――ッ」
根負けしたように、彼らは自ら、その小さく痩せ細った姿を現した。
「…………だれ……ですか……?」
不安そうな声を、弱々しく上げて。
腰に巻いていた連接剣をとっさに抜き放とうとしたラミュの手を、ユランの幼い手が強くつかむ。
「待て、ラミュ!」
それを皮切りにして、瓦礫のあちこちからみすぼらしい格好をした小さな子供たちが次々と顔を覗かせた。
裸エプロンの評価は散々だ!




