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第50話 老兵と鍛冶親父

前回までのあらすじ!


筋肉エルフ無双!

 ドワーフ族のディル・グルーは頭を抱えていた。

 同じく、その隣では娘のククル・グルーが呆然とした表情で、金床に腰掛けている。


 ディル・グルーの鍛冶小屋――。

 かつては昼夜問わず金床で金槌を振り下ろす音が響き続け、踏み入るも躊躇うほどの高温を保っていた鍛冶小屋は、今や冷たく静まりかえっている。

 だが、ここへ来ると落ち着く。何か考え事があるときには、ディルはいつも作業用の簡素な椅子に黙って腰を下ろしていた。


 先ほどの筋肉ダークエルフの戦い方。あれは紛うことなく、鍛冶師としては考えさせられるものがあった。

 イルクレアの魔剣ドライグや、ユランの聖剣グウィベル、それにかつて自身が使用した魔剣ヘイロンであるならばいざ知らず。


「なあ、親父」

「ああ?」


 金床のクルルが、苦笑いで呟く。


「ミスリルって、あんなに柔らかかったっけ?」

「……知らん」


 ディルは不機嫌そうに吐き捨てた。

 ミスリルは竜の化身たるドラゴンウェポンに次ぐ硬度の金属だと思っていた。どれほど鍛えた鋼鉄の刃も通さぬ無敵の盾となり、どれほど重ねた鋼鉄の鎧をも貫く最強の剣となる。そう信じて槌を振るい続けてきた。


 だが、どうだ。

 悪鬼のごとき、あのダークエルフは。


 ミスリルの大槌を貸し与えられていたとはいえ、憤怒の様相にてミスリル騎士らの剣をことごとく一撃のもとに打ち砕き、身にまとうミスリル鎧をも破壊した。無論、中の肉体など言うに及ばず。

 さほどの時間もかけず、あの場に形を残している敵はいなくなったのだ。


 無惨に散らばりながらも残されたものは、鎧の隙間から飛び散った血と挽肉と、打ちつけられて歪となった鎧や盾だったものだけだ。

 ミスリルで作られたものは、クルルの大槌以外、すべてねじ曲げられたのだ。あの筋肉エルフに。

 世の不条理を感じざるを得ない。なんなのだ、あの筋力は。完全に並のドワーフ族の筋力を超えているだろう。

 しかし、だからといってミスリルがああもぐねぐねにされるとは……。


「ミスリルはヘイロンにも劣らぬ金属と思うておったが……やれやれ……」

「あっはっは! 笑えるね、あいつ! エルフってもっと華奢だと思ってたよ、あたし。ところでヘイロンって何?」

「なんでもない」


 神軍の暗躍や存在は、娘であるクルルには教えていない。無論、ドラゴンウェポンの存在も語ってはいない。


 何度か信頼のできる有力者に話して神軍に対する対抗措置を取ろうとしたこともあったが、そのたび、数日ともたず対象者はその記憶を失うのだ。不自然なほどに。


 これが神の仕業であるならば、どれほどの魔法的な力を有しているのか計り知れないものがある。大切な娘には絶対に話せない。記憶どころか存在すら抹消されかねないのだから。


 だが同時に、なぜ神軍の記憶を持つ自身、つまりディル・グルーだけが、記憶を奪われずにいるのかがわからずにいた。


 どこに線引きがあった……?


 人間族のユランは神軍存在の記憶を失ったままイルクレアに殺された。魔族のイルクレアもまた神軍存在の記憶を失っている。エルフ族のルーシャは死んだ。にもかかわらず、己は神軍が存在するという記憶まで保持したまま生きている。


 ヘイロンか? 同じ魔剣、ヘイロンとドライグの差はなんだ?


「ふー……無駄じゃの」

「何がだよ、親父? さっきからさあ。悩みならあたしが聞いてやってもいいぜ? へっへ!」


 ディルが掌で鼻を擦り上げる。


「ヘッ、ナマ言ってんじゃねえ。ガキが知る必要のねえこった」

「ちぇ、なんだよ。だったら酒も飲んでないのに酔っ払ってんじゃねえよ。この妄言爺」

「やかましいわ」


 考えるだけ時間の無駄だ。今は残された記憶で己に何ができるかを考えなければ。


 けたたましい音がして、鍛冶小屋の扉が蹴破られた。

 そこには魔剣ドライグを担いだ幼女魔王と、その背後に控える一行の姿があった。


「約束のものを獲ってきてやったぞ、ディル」

「ふむ」


 簡素な椅子に両腕を組んで座っていたドワーフが、膝に両手をついて立ち上がる。そのまま不遜にもイルクレアを片手で押しのけて、その背後にあった肉の塊を見上げた。


 そう、見上げたのだ。

 ディル・グルーの鍛冶小屋よりも大きな、亜竜ワイバーンの姿を。


「少々苦労をさせられた。何せ空駆ける亜竜だ。翼を持つネハシムとヨハンの弓がなければ、まともに殺り合うこともできなかった」


 長い首に大きな翼。鋭いかぎ爪に血塗られた牙。鱗は割れて剥がれ、肉体はところどころ焦げついてしまっている。


 だが、上々だ。

 肉は言うに及ばず、鱗も骨も牙も使えるだけ残っている。むしろ余るくらいだ。


「うっへえ……。マジでワイバーン獲ってきやがったのかよ……」


 クルルが目を見張って立ち尽くす。


 ワイバーンの尾を持って巨体をここまで引きずってきた魔族の男性陣が、その場に倒れ込むようにして崩れ落ちた。

 全身汗まみれで、地面が砂地であるにもかかわらず、ぐったりと仰向けに寝転がる。半裸二人はともかく、毛皮をまとったトロールなどは体熱の発散が追いつかずに、白目を剥いて泡を噴いている有様だ。

 そのトロールをパタパタと通り過ぎて、クルルが手にした手ぬぐいを、ダークエルフのヨハンの頭へとかぶせた。


「おつかれ、ヨハン」

「おお、ありがとうございます。クルル殿。……ふんふん、むふふん……この手ぬぐいからは、クルル殿のよき香りがしますなあ! ぺろぉ~りぺろりん」

「……え? それ、鍛冶仕事中に親父が首に巻いてる汗拭き用だぞ」

「ほげぇぇぇぇ……!」

「ちゃんと洗ってるって。汗まみれの親父の作業着と一緒にだけど」

「ほげぇぇぇぇ……!」


 ディルはワイバーンの死体の具合をたしかめてから、小さな魔王を振り返る。


「いいじゃろう。たしかに受け取ったぞ、イルクレア」

「ふん。ならばミスリルの武器を寄こせ」


 幼女が偉そうに胸を張って、ずい、と短い手を伸ばした。


「……イルクレア。おまえ、まるでユランのような物言いをするようになったのう」


 なぜかイルクレアの視線が泳ぐ。


「む……ぅ。よ、寄こしてくれ……さい……」

「ふむ」


 ディルは鍛冶小屋にとって返すと、両腕に武器をたくさん抱えて戻ってきた。


「すべてミスリル製だ。好きに持って行けい」


 そう言って乱暴に地面へとばらまく。

 己にとっては、もはやガラクタだ。あのダークエルフの戦いを見せられた以上、そう認めざるを得ない。

 ドラゴンウェポンですら打ち損じた神を相手取るにはあまりに心許ないところだが、それでもカナン騎士程度が相手であれば十二分に役立てるだろう。


 ミスリルでだめなら、それ以上の材を使うしかない。神を相手取るなら、なおさらのこと。

 ドラゴンウェポンに近いものを。たとえば亜竜素材だ。ワイバーンなどの。


 そんなことを考えているとはつゆ知らず、イルクレアはドレスの裾をつかんで腰を屈め、ガラクタの山を一つ一つ吟味している。


「連接剣はさすがにないか?」

「あるぞ。一応一通りの武器は打っておったからな。実用に耐えん珍品も店の展示のため、一つだけ作るようにしておった。…………これじゃ」


 その向かいに座ったディルが、武器の山から一振りの剣を引き出して、幼女魔王へと投げ渡した。受け止められた剣の刃が、しゃららと音を立てて無数にバラけた。


「そんなもん、扱えるのか?」

「問題ない。――ラミュ」

「はい」


 イルクレアが振り返りもせず、ミスリル製の連接剣を背後に立つ半裸の包帯女に渡した。

 半裸の包帯女は連接剣の柄をつかむと、一振りで形状を整え、手慣れた様子で細い腰に巻きつける。


「ほう……。そのような動きが可能なのか」

「あきれたな。貴様の作品だろうが」

「そう言うな。武器職人がすべての武器を扱うわけではないからな。いや、おもしろい。おまえの仲間は大したもんじゃ」


 肩までできっちりと切り揃えられた黒髪を揺らしながら、ラミュと呼ばれた女が頭を垂れた。


「蛇の女王ラミュ・ナーガラージャと申します。以後お見知りおきを。ディル様」

「ふん。そいつはワシが全盛期に打った稀少品だ。壊れるまでは大切に扱えぃ」


 ディルが鼻を鳴らして顔をしわくちゃに歪めた。


「承知いたしました」


 ラミュが下がったのを確認してから、イルクレアが再び武器の山に手を入れた。


「がちゃがちゃと掻き回すな。傷がつく」

「貴様、先ほどは自身でここにぶちまけたではないか。それに武器なのだぞ。どのみち打ち合えば傷など無数につくものだ」

「ワシが傷つける分にはいいに決まっておろうが。ミスリルを扱わせれば天下一のディル・グルーじゃぞ。で、次は何を探しておる」

「爪だ。手甲型のかぎ爪はあるか?」

「武闘家用か?」


 イルクレアが禍々しく顔を歪めた。

 これではまるで、ともに冒険していた頃のユラン・シャンディラだ。


「見てわからんのか。トロール用に決まっているだろうが」

「ど阿呆! トロール用なんぞ聞いたこともないわ! そんなもんはねえ! まったく! ――クルル、エルフなんぞとイチャイチャしとらんで工具持ってこい」

「……ちっ、はぁ~い……」


 クルルが鍛冶小屋に入り、すぐさま赤い工具箱を両手に抱えて戻ってきた。ディルはそこから工具を取り出すと、武具の山から大盾を取り出して腕に固定するための革ベルトを切ると、ミスリル製のかぎ爪を改造し始める。


「……これとこれを合わせて――それ、これでいいか?」


 乱暴に投げられたミスリル製のかぎ爪を受け取り、イルクレアが目を丸くした。

 ちゃんとトロールの太い腕に合わせて着脱できるようになっている。


「お、おお。……貴様、何気にすごい技術を持っているな。カナン騎士どもが欲しがるわけだ」

「何を今さら言うとる。ミスリルを扱わせたら天下一の――」

「それはさっき聞いた。何度も同じ事を聞かされるのは好きではない」


 ディルが眉をしかめる。

 ユランの口癖だ。己は二度同じ事柄を繰り返して言うくせに、他人から何度も同じことを言われると不機嫌になる。ひねくれた老兵だった。


「イルクレア、おまえ……本当はユランじゃあるまいな?」

「ば、ばか、そそんなわけなかろうがッ!! 目ン玉かっぽじってよく見ろ! 女だぞ!? 子供だぞ!?」


 幼女の赤い瞳がゆらゆらと泳ぐ。


「冗談に決まっておろう。何をそんなにムキになっている。それとも何か? 冗談は嫌いだ、とでも言うつもりか? やつのようにな」

「……大好きだ。大好きだとも、冗談は」


 老いたドワーフは幼い魔王を眺めて屈託のない笑みを浮かべた。

 やはり物言いはイルクレアというよりユランだ。だが、そんなわけがない。


「さて、次は? さっさと言えい」

「万能包丁を四本欲しい」

「包丁? 料理用のか? 剣でなくてよいのか? 短剣や短刀、ナイフもあるぞ?」

「ああ。料理用でいい。――それでいいな?」


 裸エプロンが威風堂々と、そしてメイド姿のレミフィリアがおどおどとしながらうなずく。


「うむ!」

「わ、わたしも、それがいい……です」


 ディルが苦笑いで呟いた。


「なんじゃい。メイドはともかく、あの変態ハゲは料理人だったんかい。無駄に筋肉なんぞつけおってからに紛らわしい」

「違うぞ、ディル。両方とも戦闘員だ。あの尻を丸出しにしている方もそこそこの手練れだが、戦闘能力はおそらくメイドの方が高い」


 イルクレアが困ったような表情で呟いた。


 何を言っとるんだ、こいつは……。あんなエプロンドレスをまとった小娘が戦闘……員……。


 生首の一件を思い出し、ディルは考えるのをやめた。深く掘り起こしてはいけない気がしたのだ。


「好きにせい。ところで剣はいらんのか?」

「いらん」

「なんじゃと? ディル・グルーの剣といえば、王都では莫大な価値が――」

「必要ない。四の五の言ってないで、さっさと包丁を四本寄こせ」


 不承不承、包丁を四本手渡しながら考える。


 イルクレアはこれほど横柄だっただろうか。いくら記憶を失ったとはいえ、性格がそんなに変わるとは到底思えない。

 ああ、やはり。やはりおまえは。いや、しかし。


「さて、最後は槌か」

「それなら必要ないぜ、親父」


 イルクレアの背後に、巨大な影が立つ。

 ミスリル製の大金槌を担いだダークエルフ族のヨハンと、そしてクルルだ。


「ヨハンにはあたしの槌を託した。こいつは、あたしの初めての客だ」

「馬鹿娘が。半人前のてめえが作った槌なんざぁ、ミスリルの剣とかち合ったらすぐに砕けちまうだろうがよ」

「親父、あんたおぼえてねえのかよ! この大金槌は、あたしがガキの頃に親父につきっきりで教えてもらいながら打った、初めての作品だ! あんたの監視下で作ったもんが、そんな簡単に折れるわけねえだろ!」


 おぼえてないわけがない。

 男手一つで育てた小さな娘が、己の背中を見て、初めて鍛冶をしてみたいと言ってくれた日のことだ。小さな手をこの無骨な手で覆い、ともに叩いて鍛えたミスリル槌だ。

 ……おぼえてないわけがないだろう。


「クルル、てめえは、そいつをそのダークエルフに託すんだな?」

「ああ」


 しばらく睨み合い、やがてディルは長い息を吐いた。


 視線を逸らし、「好きにしろ」と吐き捨てる。弛みそうになる頬を、必死で引き締めながら。

 成長とは暖かく、そして寂しくもある。


「さて、こんなもんかの。よもやこのディル・グルーの打った剣が一振りたりとも望まれんとは思いもせなんだが」

「クク。悪いな、ディル。剣ならば間に合っている」


 然もありなん。赤き刀身のドラゴンウェポンがあったのでは、ミスリルに出番はない。


「ああ、そうだ。ヘルムはどうなった?」

「おお、忘れるところだったわい」


 ディルは鍛冶小屋に入り、ミスリルで補強した羽根付きのヴァルキリーヘルムを取って引き返す。


「ほらよ、ヴァルキリーの嬢ちゃん」


 投げられたそれを、ネハシムが微笑みながら受け止めた。


「ありがとう。……ディル」

「いいってことよ。補修なんざ鍛冶のうちに入んねえやな」


 ぞんざいに手を振ったディルをしばらく微笑みながら眺めていたネハシムだったが、ヘルムを被ると仲間のもとへと戻っていった。


「それと、もう一つ注文がある」

「ふむ? 言ってみろ」

「貴様、黑竜魔剣(ヘイロン)はどうした?」


 やはり、と思う。

 ディルが静かにうなだれた。


「カナン騎士に奪われた。右腕を背後から落とされたときにな。ワシが預かっておったルーシャの聖剣レヴィアスもだ。今は両方とも、カナン騎士どもの手にある」

「なるほど……」


 幼女が口もとに手をあてて、人差し指を小さく噛んだ。少し焦っているように見えなくもない。


「思い当たる節があるようじゃな」

「ディル、カナンの勇者リントヴルムを知っているか? 女だ」


 有名だ。カナン国領にいて、その名を知らぬものはいない。

 姿を見たことはないが、聞いた話では常に仮面のヘルムを装着していて、素顔を見たものはいないとされている。

 それに、かつて戦友だった老兵ユランからは、それと同名の餓鬼女の面倒を見ていたとぼやかれたこともある。


「面識はない。名前だけだ」

「そいつが持っているロングソードが、おそらく青竜のドラゴンウェポン、聖剣レヴィアスだ」



魔王の仲間に一人、……リア獣がいるッ!!!

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