第49話 老兵は待つのが嫌い
前回までのあらすじ!
変態ダークエルフの筋肉語り!
石槌がミスリルの剣を擦り上げる。鋭い金属音と火花が散って、両手に持った剣を天に向けた体勢となった騎士の胸を、もう一本の石槌で殴りつけた。
重く、そして硬い手応え。
轟音を発しながらも、騎士は背後に数歩よろめくだけで耐える。必殺の一撃が、必殺にはならない。
先ほど殺した騎兵のように、足場の悪い高所で油断しているならばいざ知らず。
「ヨハン……ッ」
背後を確認することもなく、ヨハンは右手に持った石槌を背後へと薙ぎ払った。
小さなクルルの頭部上空を薙いだ石槌は、クルルを目掛けて斬り下げられたミスリルの刃を弾く。
「きゃあ……っ」
クルルの肩をつかんで引き寄せ、踏み込むと同時に騎士のヘルム目掛けて石槌を叩き下ろす――が、騎士はいち早くそれを察知して後退した。
肩で荒い息を整えるダークエルフを取り囲み、騎士らが嘲りの笑みを洩らす。
「くく、先ほどまでの威勢はどうした、筋肉エルフ?」
「ずいぶんと苦しそうではないか。森が恋しいか?」
「しょせんは魔族、大したことはない」
「油断で死んだやつには気の毒だが、誇り高き我ら騎士の相手ではなかったな!」
「はーっはっはっはっは!」
クルルが悔しげに叫んだ。
「黙れよ! おまえらなんて、ミスリル装備じゃなかったら、とっくにみんな死んでただろうが!」
その通りである。ヨハンの石槌には、フルプレートの鎧すらへこませ、中の肉体を破壊するだけの威力がある。
だが、ミスリルが相手ではそうはいかない。事実、ヨハンは最初に騎兵を殺したときから、一人も倒せずにいる。
どれだけ打とうとも、鎧には傷一つつくことがない。
狙うならば首。頭部の粉砕は不可能でも、頸椎をねじ切るかへし折れば中身は死ぬ。だが、そのようなことはミスリル騎士たちもわかっていることだ。
彼らが頭部に気を配っているのがわかる。
状況はよくない。
それどころか――。
ヨハンは自らの石槌に視線を落とす。
高密度の岩石を削り取って作られた石槌に、ひびが入ってしまっている。左右、両方ともにだ。長くは保ちそうにない。
ミスリルの剣ならばある。
最初に殺した騎兵の剣が、川に沈んでいるはずだ。だが、使えない。剣など握ったこともない。武器はいつだって鈍器だった。
「それに何が騎士だ! 多人数で一人を囲んで嬲ることのどこに誇りがあるんだ! おまえらみんなサイッテーだ!」
「……なんだと?」
騎士の一人がバイザーを跳ね上げてクルルを睨んだ。
「人外を相手に多人数でかかって何が悪い? ドワーフは狩りで犬も使わんのか? 魔物やデーモン退治も、たった一人でこなすのか?」
「あたしらは獲物じゃない! 言葉を話し、道具を使う! おまえたちと同等の生物だ!」
騎士がミスリルの剣を持ち上げる。
バイザーから覗く瞳が厭らしく歪められた瞬間、ヨハンは右手の石槌を手放して腰の矢筒から矢を抜いた。
「……いいや、おまえは獲物――イぎっ!?」
ヨハンの手から投げ放たれた矢が、騎士の眉間を貫く。騎士はミスリルの剣を振り上げた体勢のまま、仰向けに倒れて絶命した。
十一名の騎士と一名の騎兵が色めき立つ。
「く、この卑怯者め!」
「バイザーを上げるな! 狙われるぞ!」
「魔族め、油断も隙もない……ッ」
ようやく二人。
手放した石槌をつかみ、呼吸の回復を終える。
「クルル殿、川へ……!」
そう呟いた直後、ヨハンは包囲網の一方へと走り出した。一瞬遅れでクルルが続く。
「逃がすな!」
「やつを止めろ!」
「お退きなさい! ――そぉれぃ!」
「ひ――ぅがんっ!?」
目の前のミスリル騎士が剣をかまえるより早く石槌で強引に払い除けて転がし、両足を浅瀬につけて振り返る。
クルルの手を取って自らの背中へと導き、そして交信する。無論、精霊界とだ。
ヨハンの足もとで浅瀬の水面が小さく盛り上がった。いくつも、いくつも。
「くたばれ、ダークエルフ!」
追いついてきた騎士のミスリルの剣を受け止めた石槌が大きく欠けて水面に落ち、波紋を浮かべた。
「く……っ」
「ヨ、ヨハン!」
左手の石槌で騎士のヘルムを狙うも、騎士はミスリルの剣を立ててそれを防ぎ、しかし勢い止められずに水面へと叩きつけられた。
その隙にヨハンが叫ぶ。
「ウンディーネ!」
ぽこ、ぽこ、小さく不自然に盛り上がった水面から、半透明三頭身の妖精が六体、同時に出現する。
通常、黒妖精を召喚する際、四属性ある妖精の種類は選ぶことができない。それらは妖精が妖精界にて相談して決めることであって、召喚師が決めることではないからだ。
だが、方法はある。同族性の媒体を用意することだ。
たとえば水乙女を欲するならば、この足もとを流れる清流のような。
「おっほー、まいどぉ~」
「おお、これ、もう、とつげきや~ん」
「とつるん~?」
「わあ~~~~ぃ」
「ごーごー」
「つかまえて、ごらんなさぁ~い」
ヨハンの膝下すらない低身長の謎生物らが、怒り狂いながら向かい来る騎士の一団へと突撃し始めた。
あまりの緊張感の無さに、クルルが白目を剥く。
ヨハンの足もとから放たれたウンディーネたちは、己の十倍以上もの体躯を持つ騎士らを前にしても躊躇うことなく、勇猛果敢に短い足で突撃してゆく。
ウンディーネは妖精。騎士には見えていない。
騎士の一団とウンディーネの集団がトップスピードで交叉した瞬間――!
「ひぎいぃぃ」
「あかぁ~~ん」
「あへあへぇ」
「びしゃあぁぁ」
「あひぃぃ」
「あっふぅ~ん」
妖精は一体残らず粉々に砕け散って、無惨にも水飛沫へと変わった。一瞬の足止めにすらならない。
「……」
クルルが瞳を閉じ、あきらめたように天を仰いだ。
が――。
粉砕された水飛沫は地に落ちるよりも早く集結し、六体のウンディーネが一体の大きなウンディーネへと合体する。
「おっほー、まいどぉ~」
と言っても、ヨハンの腰以下の背丈だけれど。
ヨハンがミスリル騎士の剣を石槌で受け止めた瞬間、その口もとが不敵に歪んだ。
騎士の集団を走り抜けた一体のウンディーネは、その背後にいた騎兵の馬、それも鼻面を目掛けて跳躍し、その顔面でドパンと爆ぜたのだ。
「なん――ッ!?」
騎士には黒妖精の姿は見えていない。ゆえに、こう考える。
突然現れた大量の水が、よりによって騎馬の顔面で爆発した、と。
当然のように、騎馬は脅えていななく。後ろ脚で高く立ち上がって。
――ビヒィィィィィ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?
「う、うわ、落ち着け! どう! どう! ――く、ああ……!」
恐慌状態となった騎馬は背中の騎兵を振り落とし、騎士らの注目を集めながら上流へと向けて駆け出していった。
そこに視線が集中した瞬間、ヨハンが動いた。
馬から振り落とされた騎兵のヘルムへと向けて割れた石槌を渾身の力で投げつけ、こちらを振り返ろうとした騎士の首を刈るように左の石槌を叩きつける。
ゴッ! と嫌な音が響いた。
騎士らが再び振り返ったときには、最後尾にいた騎兵の首と、先頭にいた騎士の首は無惨にも真後ろを向いていた。
「貴様ぁぁぁ!」
一本となってしまったひび割れた石槌を両手でつかみ直し、袈裟懸けに振るわれたミスリルの剣の斬撃を、力任せの逆袈裟で迎え撃つ。
「死ね、怪物がぁぁぁ!」
「ぬぅあああっ!」
ついに砕ける。石槌が、粉々に。
だが、ヨハンはあきらめない。剣ごと両腕を跳ね上げた騎士の首をとっさに両手でつかみ、筋力にまかせてむりやり回転させる。
ごぎり、と骨の音がして、騎士の身体がゆっくりと前のめりに倒れた。ばしゃり、と水が跳ねて、騎士の肉体が浅瀬に沈む。
残り九名――。
ふぅぅぅと、ヨハンが長い息を吐いた。
「……クルル殿、武器を失いました。これより先、少々みっともない姿を見せてしまうかもしれません」
「…………え……」
ヨハンの呟きに、クルルが不安そうに大きな背中を見上げる。
「ですが、心配はご無用。このダークエルフ・ヨハン、たとえ死するとも守るべき女性が背中にある限り、決して倒れることはありませんゆえ」
「ヨ、ヨハン?」
剣を拾おうかとも迷ったが、やはりやめた。
軽すぎるのだ。うまく扱える自信がない。剣のように刃あるものは、もともとは非力なものが己より強い生物に対し、殺傷力を持つために生み出された武器だ。
己には合わない。この肉体一つあれば。
「大丈夫。もうすぐ我が主が救援にいらっしゃいます」
ニヒルな微笑みでそう告げて、最後にぼそりと付け加える。
「……………………シルフがちゃんと伝えてくれていればですがぁ~……」
そこらへんの自信はない。さらに言えば、シルフの謎言葉を我が主イルクレア様がちゃんと解読できるという自信もない。十年の眠りからお目覚めになられてからは、少々脳みその方が痛ましく変わってしまわれたようであり。
騎士が怒りに満ちた声を震わせながら吐き捨てる。
「ふんっ、愚かな蛮族めが!」
「貴様らに助けなど来るものか!」
「我らはガリアス連峰以降、貴様らの動きを逐一監視していた。当然、ディル・グルーの鍛冶小屋にも、鍛冶小屋の周辺を索敵している魔族どもにも、ミスリル装備の一団が派遣されている」
クルルが青ざめた顔で声を失った。
「そ――んな……お、親父……」
「万に一つの可能性もない。助けは来ない。あきらめろ」
だが、クルルとは対照的な表情で、ヨハンは褐色の耳をぴこぴこと動かしながら視線を流した。
その先――川縁と隣接する林から、声が響く。
「ほう、監視か。なるほど。それは迂闊だった。もう少し警戒すべきだったな」
幼く、甘く、可愛らしく。けれども、百戦錬磨の凄味を帯びた幼女の声が。
「ヨハン! 貴様、あの糞シルフどもに伝言を頼むとは何事だ! あまりにわけのわからんことばかりほざくから直接見に来てみればこの有様とは! 遊んでないで、さっさと終わらせんか、この愚図が!」
騎士らは見る。
振り返った先に、ルビー・レッドの頭髪をなびかせ、肩に魔剣ドライグと呼ばれる特大剣を担いだ深紅のドレス姿の幼女の姿を。
「ま、魔王レギドだと!? 馬鹿な!? 鍛冶小屋には四十名ものミスリル騎士を残してきたはずだぞッ!?」
幼女が耳の穴をかっぽじりながら不遜に返した。
「あぁ? ミスリル騎士だと? さっきの白いやつらか。だがそんなにいたか? あまりに手応えがなさすぎて、十名そこいらかと思ったぞ。戻って数えようにも、わざわざバラしてやった手足を拾い集めるのも面倒だ」
言葉の意味が浸透した瞬間、騎士たちが一斉に息を呑む。
「転がっておる首の数を数えれば早いのではないか、イルクレアよ」
幼女の背後から、のそりと隻腕のドワーフが現れた。
「ああ、その手があったな、ディル。だが面倒だ。おれの奢りだ。野犬にでも食わせてやってくれ」
ドワーフ・ディル・グルーは左肩に大金槌を担いでいた。
「ふん、あのような滓は野犬も食わん。無様に腐り果て、病原体をばらまくのが関の山よ。さて、と」
ディルが川の浅瀬に立つドワーフの少女に視線を向けて、大声で叫んだ。
「――クルル、この馬鹿娘がぁぁぁーーーーッ!!」
「お、親父……」
隻腕のドワーフは、持ち手までもがミスリルでできた大金槌を、まるで重さなどないかのようにいとも容易く投げる。
それは空中で大きく山なりに弧を描いて騎士らの遙か上空を通過すると、浅瀬に立つクルルの足もとへと着水し、大量の水飛沫を巻き上げた。
「てめえも一端の鍛冶師を気取るなら、金槌を粗末に扱うんじゃあねえ! ワシらのような鍛冶師はなァ、道具を託すものを選ばにゃならんのよッ! でねえと、ただの武器商人になっちまうだろうがよッ!」
「……っ……うん……うん! ごめん!」
クルルがミスリルの大金槌をつかみ、少し迷ってからそれを前に立つヨハンへと託した。
「……ヨハン。おまえが使え」
「よろしいのですかな?」
「おまえになら託せる……! 正しく使ってもらえるって! 信じられる!」
ヨハンが微笑みでうなずく。
「では」
クルルから手渡された大型のミスリル槌を片手で持って、ヨハンが前に立つ九名の騎士らを威嚇するように、ぶんぶんと振り回し始めた。
驚くほどに馴染む。重量もちょうどいい。
九名の騎士がたじろぎながら声を出す。
「く、ま、待て! まだだ! 貴様らは仲間を分けて索敵に出したはずだ! そちらの方にもミスリル騎士の一団が――」
「もういなくなったわ」
巨大な球体トロールの肩に乗って、下流からヴァルキリー・ネハシムが現れた。六翼の翼は折りたたまれ、ヴァルキリーヘルムを失った頭部からは美しい金色の髪がさらさらと背中に流れている。
「聖剣グウィベルにとっては、プレートメイルもミスリルメイルも、さほど変わらないから」
「そ……んな……、で、では、もう一方を追ったミスリル騎士は――」
あさっての方角から、跳ねるように興奮を含んだ女の声がした。
「それって、これのことですかぁ~?」
上流。
ラミュを先頭にして、裸エプロンとレミフィリアが水を蹴りながら下ってきている。
レミフィリアの手には、生首がぶら下がっていた。髪をつかまれたそれは高く掲げられていて、レミフィリアは生首のあちこちを指先で突いて続ける。
「ここ! ここ見てください! ここを刺激したら、ほら! 死んでるのに瞼がぴくぴく動くんですよぉ! あはっ、可愛くないですか!? それ、それそれそれっ! あはははははは、この人、生きてるときはすっごく叫んでうるさかったしものすごく口汚くわたしのダーリンを罵ってくれたけど鎧の隙間に包丁入れてすぅって滑らせたら死んじゃって静かになった上にすっごい素直になってこんなふうに反応だけ示してくれるようになって最高の生首さんだなぁってわたし思うわけででも放っといたらこれも腐っちゃうからできるだけ冷やして長持ち――」
幼女魔王が若干脅えた表情で、激しく首を振って叫んだ。
「も、もうやめてさしあげろ!?」
「はぁ~い……」
殺人鬼レミフィリアがしょんぼりしながら、ポイと川に生首を捨てた。
なんとも言えない空気があたりを支配する。
「さて、続けましょうか。ミスリル騎士の方々」
「ひ……っ」
「て、撤退……撤退だ!」
踵を返して逃げようとする騎士たちの前に、魔王が、その仲間たちが立ちふさがる。
「皮肉にもちょうど同数での戦いとなりましたが、これではあまりにお気の毒。ですから、この私、ダークエルフのヨハンが一人でお相手して差し上げましょう」
筋肉ダークエルフがミスリル槌をぶんぶんと振り回し、一歩踏み出すごとに川原の岩石を次々と破砕しながら迫る。
にっかりと、真っ白な歯を剥き出しにしながら、残虐な笑みを浮かべて。
うぉー! うぉっうぉっ、黒妖精ぃぃぃぃ! 活躍!ヽ(`Д´)ノ




