第45話 老兵と記憶の穴
前回までのあらすじ!
予告なんて無視だ!
恋愛展開になど老兵はさせないのだ!
クルルの後に続いて、石造りの小さな家屋のドアをくぐる。
小さな家屋だ。七人全員は入れない。
「ラミュ。他のものと手分けしつつ周囲を警戒していろ。二人もしくは三人で動け。カナン騎士が現れたら殺してもかまわん」
「承知しました」
「あり得んとは思うが、もしもリントヴルムやエドヴァルド、ロスティアといった手に負えんやつが現れた場合には――」
「わたしがいるわ」
ユランが名を出すよりも早く、ネハシムが呟く。
「ああ。大声でネハシムを呼べ。――頼むぞ、ネハシム。どうにもならんときは、おれを呼びに来い」
「ええ。そうさせてもわうわね」
「それと、砕かれたヴァルキリーヘルムを出せ」
ネハシムが腰に吊しておいた羽根付きヘルムを、ユランへと手渡した。
「いいぞ。もう行け。――気をつけろよ、貴様ら」
ラミュとネハシムがうなずき合い、左右に散った。
ラミュの後ろからは裸エプロンとレミフィリアが、ネハシムの後にはトロロンとヨハンがついてゆく。
「待て、ヨハン。貴様はこっちだ」
クルルを説得するには、脈ありっぽいこのろくでもない青髭筋肉蛮族助平ダークエルフでもいないよりマシだ。
王都カナンを落とすには、ミスリル装備は絶対に必要なのだから。
「ハッ! マイリトルプリンセス」
ヨハンが立ち止まり、方向を変えて歩み寄ってきた。
「その呼び方はやめろと言ったはずだぞ」
「おお、ならばマイスウィートプリンセスとでもお呼びしましょうか」
芝居がかった態度で、褐色肌のダークエルフは白い歯を見せてニッカリ微笑む。どういうわけか、左右の大胸筋が交互にぴくぴくと動いている。
背筋に悪寒を感じ、ユランは顔に青筋を浮かび上がらせながら吐き捨てた。
「…………さっきの呼び方に戻せ」
「はっはっは!」
「笑うなぁ!」
憮然とした表情で、ユランはヨハンを引き連れて、クルルの鍛冶場へと足を踏み入れる。そこには小さな椅子と、加熱炉、そして部屋の隅には大量の石炭や木炭が置かれていた。
クルルはユランよりも憮然とした顔で、小さな椅子に腰をかける。
「さて、と。話を進めてもいいか、魔王レギド?」
「ああ」
「おまえたちにミスリル装備を作ってやったとして、おまえはあたしにどんな対価を払えるか聞かせてもらおうか」
幼女は胸を張って言い放つ。
「何もない。今はな」
「ハッ! 話にならない。それじゃ武器は打てないね」
「今は、と言ったはずだ。おれたちが王都カナンを陥落させた暁には、好きなものを好きなだけくれてやる」
「できっこない約束を担保にするのは反則だ」
ユランが額に青筋を浮かべて反論すべく、口を開けた瞬間だった。
「その通りでえ。ワシらぁこれでおまんま食っとるわけよ。と言いてえところだが――」
視線を向けると、奥の扉から小さな影がのっそりと現れていた。
重く強い気配は扉をくぐった瞬間から感じていたが。
「――それ以前の話よぅ。なぁ、クルルゥ」
「お、親父……!」
赤ら顔のドワーフ。クルルよりも一回り大きな、しかし人間から見ても小柄で筋肉質の亜人。生やした髭は胸のあたりまで隠し、無造作に伸び放題の眉から覗く眼光は、クルルとは比べようもないほどに鋭い。
小さな身体から漲る生命力が、とてつもない体熱を生み出している。
強い。肌でそう感じられる。
だが。そう、だが。
ドワーフは左手で、失われた右腕の肩口をぼりぼりと掻いていた。
隻腕。カナン騎士に落とされたという右腕。これはクルルの父か。
「てめえ、何を勝手に俺の鍛冶場に入ってやがる」
「う、うるさいな! あたしの勝手だろ! 親父の腕がなくなって生計を立てられなくなったから、代わりに打ってやろうとしてんじゃないか!」
「余計な世話よ。女に鍛冶ができるか。ごっこ遊びをしてるくれえなら、山行って木の実でも取ってこい。川行って魚でも捕ってこい。そいつが女の仕事ってぇもんだろ」
千鳥足だ。赤ら顔は、どうやら酒に依るものらしい。端から見ても説得力のない言葉に思える。
「なんでそんなこと言うんだよ! 昔は鍛冶のやり方だって教えてくれたろ!? あんたの娘だ、できるさ!」
「遊びよ、遊び。あんなもん、気まぐれの遊びだ。話にもなりゃしねえ」
棚に置いてあった瓶を手に取り、赤ら顔のドワーフは一気にそれを喉へと流し込む。
「あぁ~……。とにかくよぅ、もうおめえもいい歳よ。鍛冶なんざ忘れて、さっさとどこへでも嫁いじまえや……。俺をよぅ、もう楽にしてくれや、なぁ……」
クルルの顔が怒りに染まった。
クルルが手にしていたミスリルの大金槌を鍛冶場の床へと乱暴に叩きつけ、ずかずかとドアから出てゆく。
「ヨハン、追え」
「承知」
ヨハンがクルルを追いかける後ろ姿を見送って、年老いたドワーフは小さな椅子へとゆっくりと腰を下ろした。
「みっともねえところを見せちまったなァ、嬢ちゃんよ」
「嬢ちゃんではない。魔王だ」
「あ~ん? 魔王だぁ……?」
ドワーフが眉毛に埋もれた瞳をねじ曲げて、酒臭い顔をユランへと近づけてきた。だが、その瞳が徐々に大きく見開かれてゆく。
「……ま、まさか……イルクレアか……! ……おぬし、生きておったのか……!」
「ああ」
いや、待て。おかしい。
「貴様、なぜおれの顔を知っている!? それに名だ。イルクレアは人間領域の生物にはレギドを名乗っていたはずだぞ!」
「お、おお? いや、なんじゃその質問は……。……イ、イルクレア、おぬし、よもや記憶がないのか? ワシがわからんのか!?」
知っているのか? このドワーフはイルクレアのことを。
どくん、どくん。
心臓が高鳴っている。不自然なほどに。笑顔。作って。無意識に。
「あ、ああ……。すまない……。ユラン・シャンディラと相討ちになった際に大半の魔力を使い果たし、記憶を失った。それに、年齢も見ての通りだ。魔力が足りなくて、元の姿に戻れなくなった」
そう、知らない。知っているはずがない。
なのになぜ、己は笑っている?
喜んでいるのか。イルクレアの肉体が。このドワーフに逢えたことを。細胞の一つ一つがおぼえているというのか。
「なんと、ユラン……。哀れな勇者よ……」
「貴様、ユラン・シャンディラのことまで知っているのか!?」
「ああ……。知っておるとも。あたりまえだ……」
ドワーフの赤ら顔から、酔いだけが消えてゆく。代わりに浮かんだ感情は、歓喜。同時に悲哀。
そして、ドワーフは一筋の涙をこぼした。
それは絞り出すような声だった。
「やはりユランは……死んだのか……」
「ああ。死んだ」
知っている。このドワーフは、イルクレア・レギド・ニーズヘッグとユラン・シャンディラの両名を知っている。
なのに、イルクレアの肉体を持ち、ユランの魂を持つはずの己は、このドワーフのことを一切知らない。
「おお……おお……」
ドワーフの手から酒瓶が滑り落ちた。
けたたましい音とともに粉々に砕け散り、中の酒が石造りの床に広がる。
「こんな……こんな最期があってたまるか……たまるものか……。ああ……すまぬ、すまぬ……ワシがあのときユランを止められておったなら……」
虫食いとなった記憶。その一つを、このドワーフは持っている。
「ああ、イルクレア。おぬしもつらかろう。つらかろうに。ユランをその手で斬らねばならなかったおぬしは……」
なんだ、なんなのだ、こいつは。
どこまで、何を、知っている!
「お、教えてくれ。おれは、おれとイル――ユランのことで、貴様が知っていることを」
「……旅をした。ワシとイルクレアとユランと、ルーシャという名のエルフでな」
旅? 旅だと? そんな記憶は一切ない!
待て。だとするなら、イルクレア・レギド・ニーズヘッグとユラン・シャンディラは、あの日、ニーズヘッグで互いの胸を貫いた日よりも以前から、知り合いだったということになる。
――いつか思い出して、ユラン。
記憶の虫食いは、蘇りに依るものではなかった。あの日、ニーズヘッグで互いを殺し合った日には、すでに始まっていたのだ。
ドワーフがユランへと手を伸ばす。いや、違う。
小さな身体に立てかけられた、抜き身の魔剣ドライグへと。
「あ……」
ふだんならばあり得ないこと。己の得物を簡単に奪われるなど、あってはならないことだ。なのに、けれど。
ドワーフは太く短い左腕を伸ばし、ドライグの柄をつかんだ。
止められたはずだ。なのに、ユランはそれをゆるした。まるで心より信頼の置ける仲間であるかのように、それを預けることをゆるしたのだ。
なぜ?
自問を邪魔するように、ドワーフは語る。
「……この武器をおぼえておるか、イルクレア?」
「魔剣ドライグ。魔王の剣だ」
「ではユランの武器をおぼえておるか?」
「聖剣グウィベルだ」
ドワーフがゆっくりとうなずく。
「では、ミスリルよりも優れたこれらの剣の正体は、知っておるか?」
「魔法金属。自然界に存在しているときより、魔法の力があらかじめ込められた金属から精製された剣のはずだ」
ドワーフが今度はゆっくりと首を左右に振った。
「精製ではない。発掘じゃ。ドワーフであっても、エルフでもあっても、これらの形を変えることはできん。これらは古竜の血肉だ。金属などではない。古竜そのもの。通称ドラゴンウェポン」
ユランが眉をひそめた。
「ドラゴンウェポン……これは竜を殺すための剣なのか?」
「違う。竜を殺すのではない。竜が、神を殺すための剣じゃ」
神……。
神竜戦争の伝承を思い出す。神と竜との戦いは熾烈を極め、数日のうちに世界を灼き尽くし、大陸の一つを高熱で硝子に変え、大海をも干上がらせたという。
世界から神の姿が消滅したのは、竜が神を喰らい尽くしたからだというのが、あらゆる関連書物に記された最後の行だ。
「違う。竜は神を喰らえなかった」
ドワーフは語り始める。
「神は不老の存在。追い詰められても姿をくらませ、竜の寿命が尽きるまで身を潜めることができる。一方で、神竜戦争で個体数を激減させた竜は、もはや滅びの一途を辿るしかなかった。神の反撃に為す術もなく散ってゆく数少ない竜たちは、希望を残すべく自らの意志を捨て、その身が寿命尽きることなく永遠に変わることのないよう、剣へと姿を変えた」
「それがドラゴンウェポンか……」
馴染んだ赤き刀身の特大剣を、まじまじと見つめる
「イルクレアは赤竜の魔剣ドライグを持ち、ユランは白竜の聖剣グウィベルを持ち、ルーシャは青竜の聖剣レヴィアスを持ち、そしてワシは黒竜の魔剣ヘイロンを持って旅をした。ニーズヘッグ城の向こう側、澱みの森のさらに北、神の領域へとな」
なんだと? 未踏地域ではなかったのか!
いや、マグナドールは言った。北の地を監視している、と。
「まさか……」
「そのまさかじゃ。神を討つためにな」
幼女の赤い瞳が、大きく見開かれた。
シリアス「ただいま!」
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里帰りに関連に伴って数日間更新をお休みします。
再会は来週後半あたりの予定です。




