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第4話 老兵の主張

前回までのあらすじ!


壁、どーーーーーーーーーーーーんっ!

老兵ドキドキ☆

 その女、魔族の女がユランの身体――かどうかは定かではないが、幼女の身体を離したのは、双丘にてユランの顔色が窒息状態で紫色に変色してからのことだった。


「わ、わわ、イルクレア様! だ、大丈夫ですか!? シャンタク鳥の羽毛みたいな色になってますよっ!?」

「……ぐ、く、貴様ぁ……っ」


 ユランはぷるぷると震える生まれたての子鹿のような足で、かろうじて玉座近くまで後ずさりし、聖剣グウィベルの手の届く距離まで退いた。

 その姿たるや、特殊性癖を持つ一部(ロリコン)の男性が熱狂してしまうほどに愛らしいが、残念ながら本人は気づきようもない。


「この糞魔族風情が、愚弄しおって……!」


 が、聖剣を手に取ることはできない。弾かれてしまう。先ほど掌に感じた激痛は、もう二度とご免だ。

 どうすることもできない。今の己は無力である。以前の肉体であれば、秒と経たずに肉塊へと変えてやれるのに。


 せめて睨む。幼い瞳をキッと向けて。どのみち一度は捨てた命。屈服だけはすまいと。

 その睨みたるや、特殊性癖を持つ一部(マゾヒズム)の男性が発狂するほどに愛らしいが、やはり本人は気づかない。


 そもそもなんだ、なぜ己はこんな姿になっている? この女はなぜ、己のことをイルクレアなどと呼んだ?

 イルクレア……。


 視線を下げて、おもむろに自らの身体を眺める。


「……」

「どうかなさいまして?」


 魔族の女は禍々しい笑みを浮かべ、今にもこちらに躍りかからんと睥睨している――ように見えるのはユランの視線であり、実際には満面の笑みを浮かべていた。

 ごくり、と喉を嚥下させ、ユランは呟く。


「……おい、貴様」

「はいなっ」


 包帯のようなもので先っちょだけ隠された巨大な胸の前で両手を合わせ、魔族女が、黒の瞳をぎらりと輝かせた。


「おれは誰だ?」

「……はっ?」


 魔族女が歓喜に戸惑いの表情を織り交ぜた。その後、真顔になる。

 沈黙。

 なんだ、この間は。


「先ほど貴様はおれをイルクレアと呼んだな?」

「はいっ」

「それは魔王イルクレア・レギド・ニーズヘッグのことか?」

「はいなっ。恐れ多くも、他にその名を冠するものは魔族にはいませんものっ」


 ユランは瞳を閉じて考える。そうして、しばし。


「貴様」

「はいっ」


 女魔族の尾が、ゆらゆらと揺れている。尾の先は鏃のように尖っており、あれに刺されれば死に至る病に冒される。

 戦う際には気をつけねばならない。


「おれの記憶では、イルクレアはもう少し……その~、なんだ、成長した娘だったはずだが?」

「はいっ。ですがそのお姿も、とってもかわいいですよっ。おっ似合いですっ!」


 女魔族が、たまらんとばかりに身体をくねらせながら応えた。

 だが、ユランはそういうことを言っているのではない。


 いや、たしかにその通りかもしれないけれど。己の身が魔王イルクレア・レギド・ニーズヘッグの若き時代を模したものだとするなら、それは相当な愛らしさであろう。なにせ、この老兵の心を初めて奪った女なのだから。


 だが、と。

 だが、己がイルクレア・レギド・ニーズヘッグ……? どうなっている……。夢か……?


「貴様の目から見て、おれは若き時分のイルクレアなのだな?」

「はいなっ。四〇〇年前を思い出しますねえ」


 なんだと!? やつめ、少女の姿をしていた癖に四〇〇歳だったのか!


 よもや自らは潜在的小児性愛者ではないかなどと密かに自虐していたが、まさかこれほど的外れな話だったとはな。やれやれ、取り越し苦労であったか。


 ユランは場違いな安堵の息を吐いた。


「なるほどな。ならばなぜ、おれはこのような姿になったのだ」

「ああ、イルクレア様……おいたわしや……」


 魔族女から表情が抜けたと思った直後、彼女は口もとを押さえて両膝をおり、よよよと涙を流しながら崩れ落ちる。

 ユランはその様子を冷徹な視線で見下ろした。


「あのにっくき鬼畜勇者に貫かれた衝撃で、そのようなことまでお忘れになられていただなんて……っ、ゆるせない……っ!」

「待て。鬼畜? 勇者? 誰のことだ?」


 魔族女が涙に濡れた強い視線を持ち上げる。


「あのユラン・シャンディラめ以外にありますでしょうかっ! あいつがっ!! あの腐れ外道の唐変木の石ころ脳みそに決まっているではありませんかっ!」


 おお……。おれ……? いや……え……? ……石ころ脳みそ……。


 背筋に変な汗が浮いた。

 魔族女はかまわず続ける。


「おぼえていらっしゃらないかもしれませんが、あのユラン・シャンディラめは穢れた聖剣グウィベルであなた様の心臓を貫き、あなた様はユランめの心臓を魔剣ドライグにて貫かれたのです。……なぜなのですか?」

「質問の意味がわからん」


 人間と魔族は相容れぬ存在。日常的に殺し合うものだ。

 だが、女の発した次の言葉にユランは目を見開く。


「どうしてあなた様は、ユランめに心臓を差し出されたのです? あの程度の剣士であれば、ものの数ではなかったはずですのに?」


 ぐらり、と世界が揺れた。

 片膝が力なく折れ、しかし玉座にもたれかかることで耐える。


 イルクレアがおれに心臓を差し出した? あいつもまた自ら死を望んでいたのか?

 そう、思い出した。イルクレア・レギド・ニーズヘッグの力は、ユラン・シャンディラを圧倒していた。

 なのに結末は相討ち――。

 脳裏にちらつくのは、イルクレアの最期の微笑みだけ。

 あのとき、魔王イルクレア・レギド・ニーズヘッグはおれに何かを告げた。あいつはおれに何を言ったんだ?

 思い……出せない……。


 どぐ、どぐ、と心音が高まる。

 思い出さなければいけないこと。忘れてはならないこと。




 ――いつか、思い出して、ユラン。




 なん……だ……?


 視界が明滅する。固く目をつむり、ユランは頭を左右に振った。ルビー・レッドの長い髪が激しく揺れる。


「イルクレア様? お体の具合がまだ!?」


 魔族女が近づく。玉座の段を上がり、その手でユランの肩に触れようとして。


「おれに触るな!」


 ユランはその手を乱暴に払い除けた。

 渇いた音が、魔王城ニーズヘッグの謁見の間に響き渡る。

 そうしてユランは、凶暴な戦士の笑みを浮かべた。幾千もの魔物を、幾百もの魔族を、幾十もの魔将軍を葬った、その笑みで。


「ハッ、残念だったな、この腐れ魔族め! おれはイルクレアじゃない! イルクレアを殺したユラン・シャンディラだ! 貴様らを根絶やしにする戦士ユラ――」

「――はぁ~いはいっ、わかっておりますともっ」


 脇に手を入れられ、ひょいと持ち上げられる。幼子のように。


「ま、待て、まだおれが喋っている最中だろうがッ」

「冗談を言えるくらいでしたら安心ですっ。びっくりするじゃないですかぁ、もうっ」

「や、違――ええぃ、とにかく放せ、放さんか貴様! むぃぃぃぃ!」


 短い手足をじたばた動かすも、持ち上げられた状態では何にも届きそうにない。ましてや魔族は女子供であっても怪力だ。


「先ほどから口調まで変えたりして。おれ、だなんて。うふふン、悪戯一つとっても、あいかわらずの凝り性なんですからぁ」


 勝手なことをほざきながら、魔族女は得意げな表情で続けた。


「でも、そぉんな演技、わたくしには通用しませんよ? ず~っと四〇〇年もの間、あなた様を見つめ続けてきたのは、この眼なのですから」

「ハッ、笑えるぜ。そいつはとんでもない節穴だな。いっそ埋めちまったほうがいいんじゃないか」


 魔族女は瞳を細め、にんまり微笑む。


「あはンっ、またまたそんなこと言ってぇ! そぉ~んな生意気なイルクレア様も、ス・テ・キ、ですっ!」


 そうして再びユランの顔面を、巨大な胸の谷間へと導いてクルクルと振り回し始めた。


 だめだ、これ……。話を聞いてもらえない……。




お年寄りの話を聞いてさしあげて!

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