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第33話 老兵と女王蛇

前回までのあらすじ!


チィィーーーームワァァーーーーーーーーーーーーーーーーークッ!!

抜☆群ッ!!

 亜竜ギーヴルの皮で塩漬けにした可食部の肉を包んで担ぎ、一人の幼女と四体の魔族と二人の人間はひたすら南下する。

 レエル湖砦を出立して七日。草原を行く一行の目には、ようやっと次の目的地が映り始めた。


 レエルディアの街やレエル湖の存在する、澱みの森から続く広大なセプナ草原は、東西を横断するルパーダ山脈によって遮られる。

 通称、神の腕とされるこの山脈は、かつて北の魔族領域と南の人類領域を分け隔てていた。なぜならば山脈のほとんどが登頂に適さず、唯一、その中央に位置するガリアス連峰にのみ、抜け道が存在しているからだ。


 だがそのガリアス連峰ですら、騎馬では越えることができない。人が、魔が、自らの足と手を使って、道なき道を這い上がるしかないのだ。麓にて馬を乗り捨てることはもちろんのこと、並の体力程度では装備まで捨てて。


 ゆえに、天然の鉄壁要塞――。

 かつてはガリアス連峰を確実に押さえた種族が、人魔戦争に終止符を打つだろうとまで言われていたほどである。


 もっとも、十年前に老兵ユラン・シャンディラが単身でここを越えたときには、まだ魔族がガリアス連峰を押さえていたけれど。


「……ちぃ。人間どもに砦を造られているな。ずいぶんとあっさりレエルディアを見棄てたと思ったら、ここにこもっていたか」


 山風になびくルビー・レッドの頭髪を後頭部で束ねて、幼女魔王ユランは吐き捨てた。

 その視線の先には、ガリアス連峰の岩肌を削って、あきらかに人工物と思しき巨大建造物が築かれている。

 その壁は高く、幅は広く。人間軍を送り込むための大鉄扉は、当然のように固く閉ざされていた。


 遠眼鏡をラミュに投げて返し、ユランは赤のスカートを揺らして歩き出す。


「あの規模の砦ならば収容人数は一〇〇〇が限度。氷雪期であれば糧食運搬の都合上、おそらく半数以下にはなるが……」

「氷雪期のガリアス連峰に挑むのはさすがに無謀です」

「……そう……だな……。……無謀だった……ああ、そうとも……」


 氷雪期が訪れるまで、まだしばらくかかる。


「いかがされました? ユラ――イルクレア様?」


 ユランがラミュを手招きで引き寄せ、その耳に唇を近づけた。


「……おれがかつて二度にわたって魔族領域に踏み込んだときは、氷雪期の只中だった。魔族の防衛ラインが薄くなるからな……」


 まだ老兵ユラン・シャンディラだった頃の話だ。

 一度目はカナン騎士独立遊撃隊の仲間を連れて。そのうち何人かはガリアス連峰の氷河に呑まれ、さらに何人かは亀裂に落ち、足を滑らせて崖下に転落したやつもいた。

 いずれも、再会は果たせなかった。

 もっとも、ガリアス連峰を越えた仲間たちも、結局は英雄を夢見た若き時代のユランの無謀な突撃によって、たった一体の魔将軍に全滅させられたのだけれど。


 それに比べれば、二度目は気楽だった。

 自ら死に場所を求めていた。だから単身で越えるガリアス連峰は怖くなかったし、数十体の魔将軍にも、いつ殺されてもいいという不退転の気分で突き進むことができた。


 にもかかわらず、己は土壇場で自らの罪と立場を忘れ、魔王と恋に落ちてしまった。

 そして、互いを殺し合った。


「……ここには愚かだった頃の、苦い想い出しかない……」


 己の罪を思い出す。


 珍しく。ああ、それはとても珍しく。

 老兵幼女は複雑で気弱な笑みを浮かべていた。


 少し渋い表情をして、ラミュが人差し指を艶やかな唇にあてた。


「あ~。正直に言いますとですね、わたくし、蛇の一族ですので、氷雪期になると戦闘力が落ちるんですよ。多少の寒さであれば平気なのですが、雪の上での戦いとなりますと足手まといになってしまうので、氷雪期には動きたくないと言ったのです」


 ああ、と気づく。だからか、と。

 ユラン・シャンディラの一騎駆けの際に、これほど魔王イルクレアに心酔しているラミュが迎撃に出てこなかったのは。


 臆病風に吹かれたからではなかった――。


 種族の体質。ゆえに、やむなく。

 そしてそれを決して見せない矜持。岩よりもなお硬い矜持。


 老兵はまた少し、この蛇を気に入った。


「ふんっ、ならば服を着ろ」

「ほほ、ご冗だ――ご勘弁を」


 外連味のある表情で大げさに両手を広げたラミュの胸を、ユランが掌でパァンと叩いた。


「ぁ痛ッ!?」


 巨大な胸がばるんばるん揺れている。


「ええ、ええええぇぇ……? なんで叩いたんです……」

「……貴様のようなやつが気を遣うな。似合わんぞ。ああ、まるで似合わんっ」


 幼女が咳払いをする。

 同じく、蛇の女王もまた。

 ややあって。


「そうですか? わたくし、これでも結構優しい方だと自負しているのですが」

「ふんっ。寝言は寝てから言え。そのようなことに気を回す暇があったら、貴様はガリアス砦を落とす算段でも考えていろ、この阿呆が」


 二人で立ち止まり、後続を待つ。

 もう日も暮れる。丸七日、ほとんど足を止めずに歩き続けてきたのだから、疲労は限界だ。


 やがて伸びていた隊列が縮み、全員がそろった。ほとんどが疲労の表情を浮かべる中、六翼のヴァルキリー・ネハシムだけは平然とした顔をしている。時折空からの哨戒を命じているにもかかわらずだ。

 おまけにネハシムは、遅れたものに常に気を遣い、手を引くように前を歩く。


 やはり底知れぬ存在だと、ユランは考える。もっとも、以前のように危険視することはもうない。今はただただ、頼もしい。


 金色の髪を傾けて、ネハシムが口を開く。


「どうしたの、イルクレア?」

「なんでもない。いつもより少々早いが、今日はここらで火を熾して休む」

「火を? ガリアス砦から見られてしまうわよ?」

「今夜だけは魔物を寄せつけんようにして、疲れを完全に取り去っておきたい。明日は丸一日、過酷になるからな」


 ユランは遙か高所のガリアス砦に視線を向けてから、射線を切るように巨大な岩石の裏へと回り込んだ。


「ここならば問題あるまい。あまり強い火でなければ見られることはないだろう」


 レミフィリアがエプロンドレスのエプロンを両手でぎゅっと握りしめ、不安そうな表情で尋ねてきた。


「あ、あの、魔王様……か、過酷って……?」

「昼間のうちにガリアス連峰を登頂し、日暮れとともにガリアス砦を急襲する」

「え、ええ……! 山登りの後なのに……!?」


 絶望的な表情をしたレミフィリアの背後で、裸エプロンが眉を寄せた。


「むう、正面から落とすのか? 料理人の素人目から見ても、そうそう簡単にまな板にのるような砦には見えんぞ。迂回することはできないのか?」

「無理だ。ルパーダ山脈は、ガリアス連峰の中央のみが、唯一越えることのできる神の腕だ。他のルートは生物が通れたものではない。ネハシムのような翼を持つ種族以外はな」


 ラミュが裸エプロンに向けて呟く。


「砦攻略の方法はわたくしがこれから考えますから、今は休みましょう。どちらにしても疲労を取ることは必要です。もちろん、栄養を摂取することも」

「そうだ。理解したら料理人どもはすぐに野営の準備に取りかかれ。もうギーヴルの炙りは飽きたぞ」


 裸エプロンが顎に手をあて、「ふむ」と呟く。

 背負っていた巨大なギーヴル製の革袋を広げて材料を眺め、しばし考えるような素振りをして。


「ならば今宵はギーヴル肉のとろとろ煮込みにでもしてみるか。少々手間と時間がかかるが、スープも同時にできるし、道中で掘った芋や根菜もたっぷりある。登山ならば荷物は極力減らした方がよかろう?」


 ユランがうなずく。


「ああ。大荷物を持って越えられるような山ではない。今晩と明朝で可能な限り減らす」

「よかろう、ならば豪勢にいくか! ――レミフィリア、刻みはまかせたぞ!」

「はい、ダーリン」


 レミフィリアがエプロンドレスの内側から、するりと二振りの包丁を抜いた。

 まるで戦いに挑む戦士のように手の中でくるくると取り回し、連続殺人に挑む前の殺人鬼のように興奮で頬を染め、恍惚とした表情で曇りなき刃を見つめる。


「……うふふ……きれい……」


 ユランは思った。


 おまえそれ、人間斬った包丁じゃあないだろうな、と……。



たまにはまじめな話だ!

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