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第31話 老兵と殺人鬼さん

前回までのあらすじ!


冷静に戦力分析したら絶望するぞ!

 レエルディアの街が魔族の支配領域に組み込まれてからおよそ三日。

 奪還をあきらめたか、あるいは最初からする気がないのか、未だカナン騎士は影も形も見せない。


 レエル湖砦の物見櫓から遠目にレエルディアの街へと視線を向けていた幼女は、砦の中庭で練兵に明け暮れる人間の兵士らに視線を向けた。

 その数およそ五百。十分とは言えぬ数値ではあるが、徴兵ではなく志願兵のみで構成されていることを考えれば上々だ。

 美人教官にしごかれることもあってか、士気はなかなかに高い。

 ニーズヘッグ城からレエル湖砦に移動してきた魔族とも、特に問題といった問題を起こすことなく共存できている。


「次に移る頃合いか……」


 ルビー・レッドの頭髪がレエル湖からの激しい風になびく。


「まおーさまーっ」


 呼び声に櫓の足もとに視線を向けると、ぼさぼさの長い黒髪をした幼女が手を振っていた。


「どうした、ラス?」


 羅刹のラスである。

 髪の本数が多いためか、それともレエル湖から吹き付ける風が強いためか、ニーズヘッグから砦に移動してきてからは常に頭を手で押さえている。


「はだかのおいたんが、ごはんできましたよ~って」


 裸のおいたん……。あンの露出系紳士め……。

 なんという卑猥っぽい呼び方を幼女にさせているのだ、まったく……。


「わかった。すぐに向かう。――ときに貴様、そのドレス、自分で染めたらしいな」

「そ、そめました~。まおーさまといっしょだと、みなさん、こまるかなって。……あの、どーですか……?」


 ラスがスカートの縁を指先でつまんで、くるりと回った。


 ユランが遠征前に、気に入ったものを持っていけ、と彼女に言った魔王のドレスだ。

 もともとは己が――否、魔王イルクレア・レギド・ニーズヘッグが幼少期に着ていた赤いドレスだったが、ラスは比較的古くほつれたドレスだけを選んで自ら繕い、多少形を変えてから色抜きをし、あらためて薄い黄色に染め上げたらしい。

 凝っている。実に。もはや別物だ。


 ユランが高圧的に鼻を鳴らした。


「ふんっ、まあまあ似合っている」

「わっ、わあっ」


 鬼の子が頬を染めた。


「くくっ。貴様はずいぶんと器用だな、ラス」

「えへへ……」


 驚くべきことに、戦場しか知らなかった老兵ユラン・シャンディラは、戦うこともできないこの小さな魔族を気に入り始めていた。

 いや、ラスだけではない。自分の中で、ニーズヘッグ城の魔族どもを守らねばという気持ちが芽生え始めている。


 驚くべきこと。そう、驚くべきことなのだ。

 己にもまだ、まともな感情が残っていたということか。人間嫌いのユラン・シャンディラが。己以外に興味を示さなかった老兵が。

 それともこれは老兵ユランではなく、この肉体、魔王イルクレアからくる感情なのだろうか。




 ――いつか思い出して、ユラン。




「……」


 空からの愛しき幻聴に少し自嘲して、ユランは物見櫓の梯子を使うことなく、手すりを跳躍で越える。

 高所からの落下に、赤いプリンセスドレスとルビー・レッドの頭髪が激しくなびいた。


「ま、まおーさ――!? …………ま……」


 とん、と着地する。ほとんど音もなく。平気な顔で。


「どうかしたか?」

「あ、う、ううん。なんでもありませ……ん」

「ならば飯だ! 貴様も付き合え、ラス!」

「は、はい」


 先に立って歩き出した赤い幼女の後を、ひまわりのようなドレスを着た幼女が、可愛らしい小走りで追いかけていった。


      *


「話とは何かね?」


 レエル湖砦、執務室――。

 今この場には、椅子ではなく執務机に行儀悪く(ちょこんと)腰をかけているユランを始め、事実上魔軍の副官であるラミュ、そして戦力の要であるネハシムがいる。


 開いたドアから入ってきたのは、裸エプロンだ。


「来たか、裸エプロン」

「呼ばれれば来るさ」


 裸エプロンはあいかわらずの裸エプロン姿だ。薄いエプロンの縁から凄まじい筋肉がはみ出ていて、その肉体からは常に闘気が立ち上っている。

 その巨体の背後から、ひょっこりと給仕のレミリアが顔を覗かせた。


「む? なんだ、貴様もいたのか、給仕。あ~……」

「レ、レミリアです……。……魔王レギド……様……」


 おどおどしている。まるで初対面時のラスのようだ。


「イルクレアだ。親しいものはそう呼ぶ」

「は、はい。イルクレア様」


 もっとも、ラスはぼろ布のようなものをまとった小汚い餓鬼だったが、レミリアは皺なくきっちりと整えられた小綺麗なエプロンドレスを着込んでいる。


「だが、今から始めるのは魔軍侵攻に関する軍議だ。貴様は席を外していろ、レミリア」

「え、え? あ……」


 裸エプロンがレミリアを庇うように、左の豪腕をすっと上げた。


「魔王よ。おまえは何か勘違いをしているな」

「……あ?」


 裸エプロンの鋭い視線が、ネハシムとラミュを行き来した。


「そこのヴァルキリーは知らんが、そっちの破廉恥娘がいるということは、武の話をするのであろう?」

「侵攻のための軍議だと言ったはずだぞ。何度も何度も同じことを言わされるのは好きではない」

「ならばこそ、レミリアを残しておくべきだと言っている」


 ネハシムとラミュが戸惑いの表情を浮かべた。

 ユランが不機嫌に吐き捨てる。


「貴様の言うことはさっぱりわからん。結論ありきで話すな。順を追って言え」

「俺は料理人に過ぎんぞ。レミリアとは違ってな」


 ユランが裸エプロンを睨み付けた――が、ただの可愛らしい上目遣いになってしまっていることに本人は気づいていない。その可愛らしい視線にレミリアが「ほあぁぁ……」と謎の声を上げたことにも。


「おれは貴様を一級戦力として迎え入れたつもりだ」

「勘違いに勘違いを重ねるな、イルクレア。俺は何も戦わぬと言っているわけではない。俺などよりレミリアの方が戦力になると言っているだけだ」


 ややあった。

 ややあって――。


「……あぁ?」


 幼女は赤い眉をあからさまにねじ曲げた。蛇の女王もだ。

 裸エプロンが片手でレミリアの背を押し、己の前へと出した。


「貴様の申し出を請けたのには、レエルディアを救うこと以外にももう一つ理由がある。この少女レミリア――いや、レミフィリア・ラーツベルトはお尋ね者なのだ。王都カナンのな。ゆえに、人間社会では極めて生きづらい身の上だった」

「ほう? 話せ」


 興味が湧いた。


「話すというほど長い話ではない。真実はいつだってシンプルだ。カナン王の代替わりの際に犠牲となった家族を仇を討つため、現王を擁護していた王都の有力貴族ら十七名を、その護衛騎士らごと城内の宴会の席で皆殺しにしただけに過ぎん」


 沈黙が訪れた。

 呆然と、開いた口が塞がらない。


「そのレミリアが?」

「このレミリアが、一人でだ」


 当のレミリアは、頬を赤らめてもじもじしている。


「てへへ……殺っちゃいましたぁ……」


 うっそぉ~……。


「……ぷつっとナイフで首のお肉を裂いたら、勢いよく噴き出す血がお料理の並べられた長テーブルのクロスを真っ赤に染めて、それがですね、割れてこぼれたワインと混ざり合う様はとっても幻想的だったんです。イルクレア様は知ってますか!? ちょっと色や粘度が違うの。ワインの透き通ったよい香りの赤とどろりとした鉄さびみたいな生臭い血の赤が渦のようにゆっくり混ざり合って、わたしはそれをずっと見ていたいのにオジサマたちがすごい声で鳴くものだから仕方なくもう一度つぷってやったら中から紐みたいなのがぴろんって出てきてそれを両手でつかんで引っ張ったらずるるって色々ついてきてなんかだんだん楽しくなってきて……」

「い、いや、もういい」


 ユランがこめかみを挟み込むように押さえながら呟いた。

 凄まじい早口だった。それ以上に凄まじい内容だった。さらにそれ以上に凄まじい不安をおぼえた。

 幼女、震える。


 咳払いを一つして、裸エプロンが再び口を開く。


「そしておれは、ラーツベルト家に仕えていた料理人に過ぎん。カナン騎士から追われるレミフィリア様を匿って旅を続け、数年前に王都から離れたレエルディアの街に流れ着き、長き愛の逃避行の果てに二人で場末の食堂を始めたのだ。人間社会を去った身だ。もはや隠しておく必要もなかろう」


 レミリア――レミフィリアが丸太のような豪腕にか細い両腕を絡め、裸エプロンにしなだれかかる。


「ごめんね、ダーリン。こんな殺人鬼が恋人だなんて。気持ち悪いよね。お願いだから捨てないで? そんなことしようとしたら中身をずるっと引きずり出して殺すからねえ?」

「フ、気にしていないさ。ハニー」


 裸エプロンが、一点の曇りもない笑顔で親指を立てた。


 そこは気にしろ……。貴様は物事に対して頓着がなさすぎる……。


「ゆえに、料理人である俺の包丁戦術など、王都史では最凶最悪の殺人鬼と言われるレミフィリアの真似事に過ぎん」

「やだ……恥ずかしいです……」


 ダーリンの不気味なほどに発達した大胸筋に人差し指をくりくりあてて、レミフィリアがもじもじしながら頬を赤らめる。


「……」


 老兵と蛇の女王だけではなく、六翼のヴァルキリーまでもが白目を剥いていた。


 老兵は思った。

 情報が多すぎて、なんかもう、ちょっと頭の回転が追いつかない……と。


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ランクS

●レミフィリア・ラーツベルト[要注意・危険人物・虚乳メイド]


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ヤンデレとかいうレベルではなかったそうです。

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